星降る鍵を探して
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2003年07月03日(木) 星降る鍵を探して3-3-6

「――追えっ!」
 高津が怒鳴った時には梨花はモニタのそばにまで来ていた。必死になっているからか、マイキの重さは全く感じなかった。モニタの置かれた机のそばには、先ほど卓の出現をわめいていた男が、でくの坊のように立ち尽くしている。邪魔な椅子を蹴飛ばして、梨花はそこからわざと卓の方を向いて、叫んだ。
「卓くん! 鍵を見つけた! 今開けるわ!」
「え――?」
 男の戸惑ったような声がして、ほんのわずかにだけ男の視線が梨花を離れて揺らいだ。それは彼自身意識もしていないくらいの反射的な動きだった。梨花は目の隅でそれを見ていた。男の視線が、モニタのそばに置かれた小さな籠に注がれる。あそこか――とはっきり考える間もなく、用の済んだ男にためらいもなく体当たりを食らわせた。ここまで走ってきた勢いと二人分の体重で男を押しのけて、籠に、手を伸ばす。
 籠を開けると果たして鍵が、むき出しのままぽろりと置いてあった。
 マイキの体を片手で支えてそれをつかみ上げる。
 と、
 バン!
 耳をつんざくような破裂音が響いた。振り返ると高津が黒いものをこちらに向けているのが見えた。あれは。たぶん。拳銃だ――うわあ、と梨花は思った。撃たれちゃったよ。初めての経験。
 そこまでだ、と高津の低い声が聞こえる。
 だが梨花は高津の言葉に対しては何の感想も抱かなかった。そして実際は撃たれてもいなかった。床を見れば、梨花の足の数センチほど隣にこすれたような痕がついているのがわかっただろう。こすれたような痕だけで、床そのものが抉れたわけでもない。そこまで硬い素材を使ってこんなだだっぴろい地下室を作ったのか、と、勘のいい梨花ならそこまで推測することも出来ただろう。が、あいにく梨花は床を見ていなかった。高津の姿も一瞬だけで視界から外した。梨花はマイキの体を、モニタの載っている机の下に押し込みながら、卓の方を向いて右腕を振りかぶった。
 視界の隅で、高津がきょとんとした。
「動くなって――え、あ?」
「卓くん! いくわよ!」
 鍵はゆっくりと、綺麗な放物線を描いて、起きあがっていた卓の手元へ飛んだ。
 卓の爪に鍵が当たる、ちり、というようなかすかな音が聞こえた。

 そして、鍵が開いた。

 それと同時に銃声が数発、梨花の体の周りで響いた。高津が発砲したのだ。梨花がマイキの体を庇うように机の下に縮こまると、机の脚に弾が当たって甲高い音と振動が響いた。当たったら死ぬかな、死ぬんだろうな、そりゃそうだよな……などとぼんやり考えながらも、梨花は良かった、と思っていた。卓に渡した鍵がもし違う鍵だったら、万事休すと言ったところだった。いや、今だって窮地には変わりがない。何しろ今撃たれている真っ最中だ。だが先ほど蹴飛ばした椅子がちょうど高津との直線上にあるものだから、少し狙いにくいらしい。拳銃って結構当たらないものなんだわ、なんて考えている内に、きい、と鉄格子の扉が開いた。
 ゆっくりと、卓がそこから出てくる。その顔はここからは見えない。どうしてあんなにのんびりしているのかしら、と思いながら、梨花はこちらへの発砲が止んだのに勇気づけられて、机と椅子の間から少し顔を覗かせた。
 机の上のごたごた越しに、卓と高津がよく見える。
「止まれ、撃つぞ」
 高津の低い声が聞こえる。恐らく先ほどこちらに向いていた銃口は、今は卓に向けられている。が卓の前進は止まらなかった。まっすぐに高津を見据えてゆっくり歩いてくる様は、普段の卓とは思えなかった。その、作りは厳めしいくせに妙に人好きのする顔からは、今はその優しげな雰囲気が全く抜け落ちていた。
 ――うわあ……怒ってる……
 卓は普段は穏和である。穏和の上にお人好しだ。でもそう言う人間ほど、一度切れたら恐ろしいものなのである。高津の恫喝にも全く反応を見せることなく前進を続ける卓の迫力に気圧されたように、高津の周りの男たちが身じろぎをする。高津は周りの反応に腹立たしさを感じたのかひとつ舌打ちをして、出し抜けに発砲した。銃口は下を向いていたから、恐らく足を狙ったのだろうが、それにしても二人の間はもはや二メートルと離れていない。高津は射撃はあまり上手くはなさそうだったが、いくら下手でも外す距離じゃないだろう。


相沢秋乃 目次前頁次頁【天上捜索】
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