星降る鍵を探して
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2003年06月30日(月) |
星降る鍵を探して3-3-4 |
「無駄だよ。さっきからずっとその調子だ」 少女を取り囲んでいた一人の男がそう言った。高津は意に介さなかった。この少女が反応しようとするまいと、今の彼にはあまり関係がなかった。要は憂さ晴らしが出来ればそれでいいのだ。 その時、部屋の隅にいた男が、「ん?」といぶかしげな声を上げて腰を浮かせた。彼は少女を取り囲む輪には加わっておらず、侵入者に備えてずっとモニタを覗いていたのだが、何かを見つけたのだろうか、椅子を回して高津を振り返った。 「おい、今――」 「こっちを見ろ。聞きたいことがあるんだ」 高津は男の声には構わずにそう言った。少女は全く反応を見せていなかった。あまりの反応のなさに舌打ちしたとき、先ほどの男がまた言った。 「おい、高津、今な」 高津はため息をついた。面倒くせえ、と彼は思った。何か気になることがあるのなら、もったいを付けていないで早く叫べばよいのに。 「何だよ」 振り返りざまに少女の体を投げ出すと、彼女は椅子を巻き込んで床に倒れた。無防備に四肢を伸ばして首をこちらに向けたその子の姿は本当に壊れかけた人形のように見える。
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「な……」 梨花は細く開いた扉越しにその光景をのぞき見て、息を飲んだ。 信じがたいものを見た、と彼女は思った。あの高津という男が、マイキの髪の毛を掴み上げている。マイキの小柄な体がほとんど宙に浮きかけるほどに容赦のないつかみ方。マイキの表情は変わらなかった。でも、許されていい行為ではない。 ――あんの野郎、マイキちゃんに何すんのよ……! 消火器をぶっかけたことは少し悪かったかな、と思っていたのだけれど、とんでもなかった。どうして消火器本体でめった打ちにしてやらなかったんだろう。 「おい、今――」 部屋の隅から男の声がしたが、梨花の意識には入らなかった。 「こっちを見ろ。聞きたいことがあるんだ」 高津が低い、舌なめずりするような声でマイキに話しかけている。梨花は周囲に目を走らせた。相手は大勢だ。扉の隙間から見えるだけでも五人はいる。比べて梨花は一人きりで、武器になりそうなものは何もなかった。消火器攻撃を再び考えたのだけれど、それではマイキを巻き込んでしまう。 「おい、高津、今な」 端から投げられた声に、高津はため息をついた。 「――なんだよ」 そして高津はマイキの体を無造作に床に投げ出した。椅子を巻き込みながら、彼女は四肢を投げ出して床に叩きつけられる。痛そうな音。 ――こんの……! 梨花は思わず我を忘れた。一人だけで飛び込んでどうなるのだという冷静な考えも頭から消えた。梨花は立ち上がるやためらいもせずに扉を蹴り開けた。仁王立ちになって、叫ぶ。 「マイキちゃんになにすんのよこの大馬鹿者!」 高津を初めとする男たちが驚いたようにこちらを振り返る。一際高い場所から高津の鋭い視線が梨花を射抜き、そして、 「……そんなところにいたのか」 嬉しそうに微笑んだ。なんて醜悪な笑顔だ、と梨花は思った。まっとうな人間ならこんな顔はしないだろう。 「やっぱりこいつの仲間だったんだな」 高津はゆっくりと歩み出てくる。その背後で、 「あのな、地上のな、落とし穴にな」 一生懸命高津に語りかけている男がいたが、高津も梨花も彼を無視した。 「今日は不審者が多い日だよ。記者ってのも嘘だろう。一体何者なんだ」 「あんたなんかに答える義理はないわよ」 「……そうかな?」 高津はニヤリと笑った。 そして、床に転がったままだったマイキの、 「……やめて!」 体を蹴飛ばした。すごく厭な音がして、マイキの体が床を滑った。梨花は一瞬呆然として、そして叫んだ。 「何やってんのよこの唐変木! 変態! 無抵抗の子を蹴飛ばすなんて!」 「人にいきなり消火器を浴びせるのもどうかと思うが。……おい」 高津が周囲の男たちに合図をした。それで今まで呆然と成り行きを見ていただけだった男たちが我に返る。彼らは今の状況がほとんどよくわかっていないようだったが、とりあえず梨花を拘束するためにかこちらに向かって来ようとする。梨花はマイキに駆け寄ろうとしていたが、たどり着く前に行く手を男たちに阻まれてしまった。その梨花の目の前で、男たちの体の向こうで、高津がマイキを拾い上げた。 「お前たちが何者なのか、早めに話したくなった方がいいぞ」 拾い上げた、としか言いようがないようなぞんざいな手つきだった。高津がマイキの襟首を掴んで持ち上げると、マイキの唇の端から血が一筋流れているのが見える。 「落とし穴に! 誰か一人! 今落ちてくる最中なんだってば!」 もはや悲痛な色を帯びた男の声が、梨花の耳に届いた。届いたが素通りした。高津も同様だった。 「さあて、どうしようかな」 高津が嬉しそうにそう、言う。 その、瞬間だった。 高津の向こうの空間に、大柄な若者が降ってきた。
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