星降る鍵を探して
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2003年06月29日(日) |
星降る鍵を探して3-3-3 |
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地下への階段は、狭くて暗くて長い。 高津は飯田梨花にぶっかけられた消火器の痕も生々しいスーツ姿のままで、地下への階段を急ぎ足で降りていた。彼のはらわたはぐつぐつと音を立てそうなほどに煮えくり返っていた。顔と目と口と鼻の中まで洗ってようやく人心地がつけたが、当然のことながら、視界を取り戻したときには梨花は既にその場にはいなかった。 記者というのも嘘だったのだろう。 逃げるのはやましいことがあるからに決まっている。 考えながら高津は延々と続く階段を下りていく。今彼が地下へ向かっているのは、地下にある尋問室にとらえられた少女が連れてこられた、と連絡が入ったためだった。高津の携帯電話は誰か――恐らく須藤流歌だろうが――に奪われたままだが、奪った者はどうやら電源を切っているようで、それをいぶかしく思った仲間は気を利かせて無線連絡に切り替えてくれたのだった。ともあれその無線連絡で、仲間はこう言っていた。 「まだ幼い女の子だ。髪が長くて日本人形みたいに見える。身元を表すものは何も持ってないようだし、話しかけても反応がない。どうしたらいいかと思ってね」 聞かされた少女の外見に心当たりは全くなかった。しかし飯田梨花に続いて二人目の不審者である。ここまで来れば何らかの関係があるはずだとしか思えなかった。こんな日に何人もの不審者が入り込んで、それが個々に独立した組織から来ているなんて偶然が起こり得るはずがない。それならば、と高津は唇を歪めた。自分を気絶させて逃げた須藤流歌と、自分に消火器を浴びせて逃げた飯田梨花への、出頭を呼びかける餌に使えるというものではないか。 そう思うと少し胸の支えが降りたようだ。折良く地下にもたどり着いた。高津は足を早めて、最後の数段を降りた。 がちゃり、と扉を開ける。 中はがらんどうだった。何度来ても殺風景なところだ。ここは大規模な機械を設置するために建設された地下室なのだが、途中で研究の方針が変わり、機械は別の場所に移されたため、この部屋はがらんどうのまま放置されているのだった。研究の質が特殊であるため、この地下室の存在を知る者は研究所内にもほとんどいない。知っているのはほんの一握りの職員と、所長、そして桜井が率いる護衛部隊だけである。 地下の空洞には煌々と明かりが灯され、中央の辺りにいくつかの机と椅子が設えられている。 高津の同僚たちがひとつの椅子を取り囲むようにして立っており、その椅子には黒髪の少女が一人、ぽつんと座っていた。 「おう、高……津っ?」 研究所の守衛として入り込んでいる男の一人が振り返って、高津の姿を見て驚きの声を上げた。高津のスーツは無残にも、消火器の泡――というか粉というか――に塗れていた。頭髪も洗ったばかりのために濡れている。 「どうしたんだ、それ」 「なんでもないんだ」 「なんでもないって……お前」 高津はじろりと男を睨んだ。高津は仲間内では年下の方だが、桜井の直属であるということとその体格の良さとで、周囲の声を黙らせるくらいのことはできる。男は高津に睨まれて、まあいいさ、と肩をすくめた。 「それより、この子だ」 彼が身をずらせたために、座っている少女の姿がよく見えた。高津は仲間を押しのけるようにして少女の前に立った。か細い体だな、と高津は一瞬で値踏みをした。ほっそりして華奢で、本当に日本人形のようだ。顔立ちは驚くほどに整っていて、こちらも人形めいた雰囲気を醸している。彼女は本当に無表情で、周囲を取り囲んだ男たちが口々に話しかけたり脅したりしているのに一切反応を見せていない。 「階段の途中で座り込んでいたんだ」 と、先ほどの男が後ろで言った。 「初めから話そうか。六時頃、門をすごい勢いで駆け抜けた道着姿の男がいてな」 何だそれは。高津は男を振り返った。冗談を言っているのかと思ったが、男はまじめな顔をしている。 「……道着姿の男だって?」 「そう。それがすさまじい勢いでな、気がついたら門を通り過ぎて後姿が見えていたというほどだった。まるでイノシシだ。猪突猛進を絵に描いたようだった。まだ職員が帰る時間だったから門も開いたままだったし、いきなり物陰から飛び出してきたものだから、止める術が何もなかったんだ。で、その男の肩の上にこの子が乗っていた。同一人物だ。多分間違いない」 畳み掛けるように言う男の額には、どうやら汗が流れているようである。そういえばこいつは正門守衛の責任者だった、と高津は思った。不審人物にまんまと門を突破された言い訳をしたいものらしい。 ふん、と高津は鼻を鳴らしたが、今はこの少女が何者かということの方が先だ。高津は少女に視線を戻した。 少女は呆然と座り込んでいる。 その目は何も見ていなかった。ちょっと気後れがするほどに整った顔立ちに加えたその忘我の表情は、彼女を人間離れした存在に見せている。しかし高津には彼女がいかに華奢で小さくて可愛らしくても、容赦する気は全くなかった。 何しろ若い女性には、今日はひどい目に遭わされ続けているのだ。 加えてこの少女はおそらくあいつらの仲間だ。とすれば遠慮なんてする必要は全くないということじゃないか。 「……おい」 高津は少女のつややかに長い黒髪を掴みあげた。少女の小柄な体が半ば宙に浮きかけるほどにしたのだが、少女の表情は全く変わらない。
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