星降る鍵を探して
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2003年06月24日(火) 星降る鍵を探して3-2-3

 宮前さんはてきぱきと動く。その手腕はとてもなめらかで、まるで魔法を見ているみたいだった。流歌がようやくひとつの本棚を埋める内に、宮前さんは残り二つを全て埋めた。床に落ちていた本を全て片づけ、散乱した書類を整える。まるで本や書類が我先に定位置へと滑り込んでいくような鮮やかさだ。先ほど片づけたばかりだったから、見た目に反してその作業はそれほど大変ではなかった。見る見るうちに部屋が綺麗に整えられていくのを横目で見ながら、変なところで凝り性な流歌は、本をアイウエオ順に並べ替えたくてうずうずしていた。が、今はそれどころじゃないと自分を戒める。
 しかし、やりたい。うずうず。
「流歌ちゃんさー」
「は……はいっ?」
 背筋を伸ばして振り返ると、掃除機をがたごとと出してきた宮前さんは、机の下を覗き込んでいた。
「ハウスダストのアレルギーとか、ある?」
「いえ」
「そっか。良かった。じゃあ、これ、広げてくれない? あたし掃除機かけるから」
 そう言って机の下から埃まみれの寝袋を引きずり出してきた。先ほど流歌が潜り込もうかと悩み、その埃のひどさに一瞬で諦めたあの巨大な寝袋である。
「机の下まではね、一人じゃとても、気力が湧かないのよね。始めたら最後までやらなきゃどうしようもないじゃない? だからつい放っておいたんだけど、でもずっと気になってたの。たぶん何も生えてないと思うんだけど」
 生えてない、って……?
 キノコとか? 想像して流歌は身震いした。恐ろしい。
 おそるおそる手を伸ばして、寝袋を引っぱり出してみる。灰色だと思った寝袋は実は黒だった。埃が積もって灰色に見えていただけで、広げると、ぼあっ、と……
「きゃー」
 悲鳴が棒読みだ。
「すごい」
「……やっぱ捨てようか、それ」
「それがいいと思います……」
 舞い上がった埃を宮前さんが吸い取ってくれる。息を止めて寝袋を丸めてゴミ袋に突っ込み、埃が出てこないように口を縛り終えると、二人はようやく息をついた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 やれやれ、と言った様子で宮前さんはかがんでいた身を起こし、掃除機のスイッチを入れた。邪魔者がなくなった机の下に、丹念に掃除機をかけていく。見る見るうちにふわふわした埃の固まりが吸い込まれていき、最後に満足げなため息を残してスイッチを切った。
「任務完了。お疲れさま」
「お疲れさまでした〜」
 流歌はすっかり美しくなった部屋を見回して、思わず顔をほころばせた。先ほどと同じ部屋とは思えないほど、部屋中がぴかぴかになっている。そんな流歌を振り返って、宮前さんはニヤリと笑った。
「やっぱりね」
「……何が、ですか?」
「その目はお人好しだと思ったんだ。何があったか知らないけど、逃げてる最中じゃないの? あたしにつきあって、こんな魔窟をのんきに片づけてる場合じゃないでしょうに」
「……」
 そう言われればその通りだ。流歌は少し考えたが、あなたが手伝えって言ったからでしょうが、ということに思い至った。反論を試みる。
「だって、手伝ったら、黙っててくれるって……」
「拳銃持ってるでしょ。あたしを脅して下まで人質にして逃げればいいじゃないのよ」
「だ、だって、人を呼ばれたら」
「だーかーらー。まず予備の白衣を持ってこさせて、自分はそれを着る。で、ポケットに拳銃を入れてね、そこから撃つぞって脅しながら、端からみたら研究者が二人歩いているように見せかけて、買い物行くふりして門を出て、周りに人がいなくなったらそのまま逃げればいいわけよ。その方がよっぽど簡単よ? 今頃はここから出てバスにでも乗れていたはずだわ」
「……」
 そ、その手があったか。流歌は口を開けてしまった。そんなこと考えもしなかった。宮前さんが流歌を見てにっこりと笑う。
「あたし、お人好しって大好きなの。ね、何があったの? 悪い子じゃないってことは充分わかった。出来ることなら協力するわよ」


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