星降る鍵を探して
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2003年06月19日(木) |
星降る鍵を探して3-1-1 |
1節
剛とマイキが研究所にたどり着いたときには、既に夜になっていた。 懐具合のせいでタクシーに乗ることが出来ず、バスを使ってきたのだが、剛の焦りとは裏腹にバスはなかなか来なかった。学園都市に勤める人々が帰路につくこの時間、駅へ向かうバスの本数は多いのに、逆方向へ向かうバスは一時間に一本あるかないかというスケジュールになっていたのだった。こんなことなら新名兄弟を待って車で来た方が速かったかも知れない、とバスを降りながら剛は思ったが、ともあれ無事に着いたのだからそんな些細なことは後回しだ。剛は簡単に後悔するのをやめ、周囲を物珍しそうにきょろきょろするあまり遅れがちになるマイキの襟元を掴みかねない勢いでずかずかと門に近づいた。 そして、問題に気づいた。 職員が帰宅するピークは既に過ぎたのか、人影はまばらである。門はまだ開いているが、守衛の詰め所に人が三人ほどおり、門から出る人に挨拶をしたりなどしている。あそこを見とがめられずに通るのは難しそうだ。しかしあんなところで止められては元も子もない。剛は思案を巡らせた。 ――どうしたものか。 どうしてもっと普通の格好をしてこなかったのだろう、と、その時になって初めて剛は思った。この汚れた道着姿では嫌でも彼らの目を引くだろう。普通の格好をしてくればまだ研究所員になりすますこともできたろうが……しかしそれは到底無理だ。自分はともかくこのマイキという少女は、顔を見なければほとんど小学生にしか見えない。 ――ううむ…… 腕組みをする剛の横で、マイキがうろうろしている。彼女としては剛が思っているほど周囲のものに興味を持っているわけではなく、もう卓がその辺に来ているのではないかと思って探していたのだった。こんなに卓と離れたのはあの事件以来初めてのことで、心細い気持ちも手伝って、卓なら何とかあそこを無事に通る方策を示してくれるのではないかと思っている。実際のところその方策を示すのは克だろうが、卓がいれば何とかなるというのはマイキにとっては信仰のようなものだった。 (すぐる、まだかな) うろうろと周囲を見回すマイキの襟首を、剛ががっと掴んだ。 驚く間もなくマイキの体は剛の屈強な肩の上に担ぎ上げられていた。慌てて丸刈り頭にしがみつくと、剛が、少し我慢しておれ、と言った。 「こんなところで思案を重ねても仕方がない。通さぬのなら押し通るまでだ!」 そして突撃を開始する。剛にとってはマイキの体重などほとんど問題にならぬほどの軽さであり、日頃鍛えた脚力はいよいよ流歌を助けに行けるのだと言う期待に普段以上の力を発揮した。守衛の詰め所にいた人々は目の前を猛然と通過する白い道着の残像を見た。慌てて目で追ったときには少女を担いだ道着姿の男は帰路につくためこちらに向かう職員たちをはねのけ、はね飛ばし、ぶんなげながら、白々と明るい研究所の入り口を目指して走って行くところで。そこに至って彼らはようやく、今自分が見たものを分析することが出来た。三人は示し合わせたように顔を見合わせた。 「何だ、今のは」 「道着姿の」 「丸刈り頭の」 「肩の上に女の子が」 口々に今見たものを報告し合うと、今見たものはどうやら目の錯覚などではないことがようやくわかる。 「……くせ者だ!」 三人が一致して下した結論はそれだった。大時代的な名称だが、他に何と言えと言うのだ。やっと呪縛から解き放たれた彼らはそれぞれの職務を開始した。一人は通報、二人はその「くせ者」を追うのである。しかし彼らが追跡を開始したときには「くせ者」は既に研究所の入り口に踏み込んでおり、人々が上げる悲鳴や怒号に混じって突撃する「くせ者」の轟くような足音が小さくなっていく。一体何なんだ、と彼らは思った。今日は「銃を持った不審者」が所内をうろうろしているという通報があったが、この時点ではどうやら悪戯だったらしいということで既に警戒が解かれていた。それでようやく安心したと思ったら再び不審者の騒ぎである。今度は悪戯などではありえないだろう。不審にもほどがある。三人一緒に見ていなければ、夢だったとしか思えないだろう。 剛は研究所内に踏み込んだ。ここもそれほど人が多くはないが、そもそも逃げまどう人々の姿など剛の目には入らない。流歌はどこにいるのだろう、とそこに至ってようやく彼はそう思った。思ったが、既に彼の体はマイキを担いだまま人々を蹴散らして走り出している。左手に向かうと階段があり、階段を見つけてから、恐らく上に違いないと思った。階段は地下へ向かうものと上へ向かうものと両方合ったが、囚われの姫君は上にいると相場が決まっている。彼は思考よりも先に行動に移るタイプである。結果は後からついてくるものだ。何も考えていないくせに、ちゃんと流歌のいる方へ向かって走り出せる辺り、実はものすごく幸運な男なのかも知れない。
------------------------------- 3章開始です。 マルガリータの独走はどこまで続くのか!(笑)
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