星降る鍵を探して
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2003年06月17日(火) |
星降る鍵を探して2-4-3 |
こんなに饒舌な奴だっただろうか、と克は思った。「圭太」と呼んでいるところを見ると、何か――『怪盗に金時計を盗まれた相手』というだけの関係ではないような気がする。それならば怪盗の妹を断定してさらうことができたのもおかしくはない。もしかしたらさらわれたという妹とも顔見知りだったりするのだろうか。 克は目まぐるしく頭を働かせながら口を開いた。 「桜井」 しかし、 「待て」 克の呼びかけを遮って、桜井は胸ポケットから何かを取りだした。銃かと思って身構えたが、取りだしたものはどうやら携帯電話だったらしい。ぱちりと開いて片手でボタンを押しながら、桜井の目は油断なくこちらに向けられている。 「もしもし――玉乃か」 やがて出た相手に呼びかけ、桜井は腕時計をちらりと見た。 「あの子は? そうか。探せ。見つけたら」 向こうの声は聞こえない。桜井は克を正面から見た。暗くてよく見えないのに、桜井がはっきりと笑みを浮かべたのがわかる。 「もう殺していい」 そして電話を切った。克は桜井をまじまじと見つめた。正気だろうか、と思った。あの子、というのは怪盗の妹のことだろう。殺してしまっては、金時計を手に入れることが出来なくなると言うのに。桜井は克の視線を受け流してぽつりと呟いた。 「――お前が相手だと、面白いことになりそうだよな」 「どういう……」 「圭太に伝えてくれ。妹を助けるなら早い方がいいってね。会えて良かった。再会の祝いにそれはやる。向こうで会おう」 それというのは恐らく爆弾のことなのだろう。ちらり、と回収した爆弾を入れたスポーツバッグに視線をやると、桜井は笑って頷いた。 「こっちは大勢でしかも人質を取ってる。それくらいのハンデは当たり前だろ」 そしてきびすを返した。背中越しに軽く手を挙げてみせる。克はその後ろ姿に、声をかけた。 「いいのか」 「なにが」 「俺を――」 「ああ」 桜井は立ち止まり、振り返って、苦笑紛れに言った。 「一対一でお前に立ち向かえるほどの度胸はないんだ」
* * *
バン! 玄関の扉が盛大に開かれて圭太は薄目を開けた。部屋の中はもうすっかり暗く、剛とマイキが出て行ってから一時間ほどが経っている。ようやく新名兄弟が帰ってきたのかと思ったが、それにしては物音が盛大だった。自分の家に帰ってきたのだからもっと落ち着いて歩けばいいのにと思う内にも玄関で靴を脱ぎ散らかして廊下をどどどどどとかける音が続き、 バタン! リビングの扉が開け放たれた。圭太は身を起こして目を見開いた。新名兄弟ではなかった。一人しかおらず、珍入した男は黒づくめの服を着ており、全力疾走を続けてきたのか激しい呼吸を繰り返している。 「し、」 黒づくめの人物は卓の声で喘ぎながら言った。 「死ぬかと思った……!」 そして床にくずおれる。やっぱり卓だった。克はどうしたんだろうと思いながら圭太はソファの上に完全に起き直った。何と言って良いのかしばらく判断に迷った末、当たり障りのない言葉が口からこぼれる。 「……お帰り」 「……」 卓はくずおれたままこちらを見上げた。怪盗は夜目がすぐに利く。この時点では既に黒々とした闇の中に漆黒の服を着た卓の、普段より白く見える顔が浮き上がって見えていた。卓は何とも形容しがたい顔をしていた。その感情の大半を占めるのはどうやら安堵であり、他に疲労と、何故か怒りが見て取れる。 「……水、飲むか」 やっぱり克の行為は「下見」などというものではなかったんだろう、と圭太は簡単に結論づけて、立ち上がった。キッチンへ行ってコップに水をくんでいる間に、背後の卓の呼吸は少しずつ収まり始めている。 どうやら怪我はないようだ。 まあ卓のことだから当然だ。 そんなことを考えながら戻っていって水を差し出すと、卓は床の上に起き直っていて、コップを受け取った。一気に飲み干してから、ため息と共に言葉を吐く。 「……ありがとうございます」 「どういたしまして。お兄さんは?」 ぴくり、と卓の肩が震えた。 「克兄? 知るもんか。克兄なら――」 「ただいま」 「うわあっ!?」 唐突に声をかけられて卓が飛び上がった。圭太が見やるといつの間に戻ってきていたのか、新名克その人が靴を脱いでいるところだった。こちらもやはり卓と同じような黒づくめの格好をしていて、出ていったときにはひとつだけだった重そうなスポーツバッグが二つに増えている。 「い……いつ……!?」 「たった今だ。お前も今のようだな。だいぶ手間取ったのか」 「当たり前だろ! ていうか! そうだ! こんのくっそ兄貴ー!」 叫ぶなり卓は跳ねるように立ち上がって兄に向けて突進した。剛のよくする、重戦車のような突撃だった。剛ほどの重量はないが、卓にはスピードと技がある。おまけに廊下は突撃に向いた地形をしている。卓の突進は速くて正確で、勢いに乗って繰り出された拳はひどく的確だった。克が「まあ待て」「話を聞け」「悪かったよ」とか軽い口調で言いながらひらりひらりと身をかわし、圭太はその双方の身のこなしに感心した。 ――やれやれ。 圭太はため息をつき、とりあえずコップを戻しにキッチンに向かった。あの卓があそこまで怒るのだから、克はよほどの仕打ちを実の弟に向けてしたものらしい。圭太の予想を肯定するようなわめき声が背後で聞こえる。 「よくも人を囮にしやがったなこのくそ兄貴くそ兄貴くそ兄貴!」 「しょうがなかったんだ。ああしなきゃあの展望室に入り込めなかったじゃないか」 「だからって何であんないきなり! わけを話せよせめてさあ!」 「敵を欺くにはまず味方から」 「欺くにもほどがあるだろ!?」 「悪かったって。だが目的のためには手段を選ばずと言うのが俺の主義なんだ」 「そんな主義は今すぐどぶにでも捨ててしまえ!」 ……事情がだんだん飲み込めてきた。 キッチンから戻ってきた圭太はしばらく様子を窺っていた。卓は本気で怒っている。珍しいこともあるものだ。普段なら克の方がずっと強いのだが、もしかしたら卓の身のこなしというのは既に兄に匹敵しているのではないかと思われた。普段はその単純さと律儀さと親切さとが仇となって実力を出せないだけなのかも知れない。本気で怒っている卓の攻撃は普段よりもいっそうそのキレを増しており、克はその攻撃を紙一重で避け続けてはいるものの、次第に追いつめられつつある。これまた珍しいことだった。このまま眺めていたら、一発くらいは殴れるかも知れない。 ――……一発くらい、待っててやってもいいのかもしれないけどなあ…… 傍観しつつそう思ったが、今はそれどころではないのだ。剛とマイキは既に向かっており、梨花と流歌にも全く連絡の取れない状態が続いている。圭太としては今ここでこの二人が体力の削り合いを続けるのを放っておくのは得策ではなかった。 「新名くん」 声をかけると卓は律儀にも答えを返した。 「後にしてください!」 「それがそうも行かないんだ。剛がマイキちゃんを連れていった」 その言葉は劇的な効果をもたらした。部屋の中に一瞬で沈黙が落ち、このよく似た兄弟は、よく似た仕草でこちらを見た。 「……何だって?」 訊ねる声までよく似ている。これで性格だけが似なかったのが、卓の持つ一番の不幸なのかも知れない、と圭太は思った。
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