星降る鍵を探して
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2003年06月15日(日) |
星降る鍵を探して2-4-1 |
4節
山田という男が持っていた図の、示すとおりの場所を覗くと、考えていた通りのものが隠されていた。克はニヤリとして、山田から奪ったばかりのポーチに手をかけた。こう言ったものを解除するのは実は初めてだったのだが、やり方は知っている。見たところそれほど複雑な作りになっているわけでもないらしい。これくらいなら簡単なことだ。切るコードさえ間違えなければいいのだ。さて、赤と青とどっちを切ろうか。 「克兄……」 山田を縛り上げて物陰に隠し終えた弟が後ろから遠慮深げに声をかけてくる。克は瞬時ににこやかな笑顔を作り上げ、この上もなくさわやかに振り返った。 今見ていたものが見えないようにその長身で隠しながら、立ち上がる。 「ご苦労だったな卓」 キラリと歯が光る。 「お、おう」 卓は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに半眼になった。探るような視線。『こんな笑顔を見せるときの兄は要注意だ』と自分に言い聞かせる思考の流れさえ手に取るようによくわかる。『何をたくらんでいるのか』『またなんかやらかす気なのか』『これ以上の面倒ごとはごめんだからな』と全身で訴えかけてくる弟の様子に、こいつもなかなか俺のことがわかってきたじゃないか、と内心で舌を巻いたが、そんなことを卓に悟らせるような克ではない。克はにこやかな笑みを見せたまま卓に言った。 「先へ進もう。頂上はもうすぐそばだ」 「……そこに何かあるのか?」 卓は克の背後を覗き込もうとしたが、克はそれを許さなかった。卓に見られては、この小心者の弟のこと、今すぐ帰ると言い出しかねない。それでは何のためにこいつをつれてきたかわからないではないか。と内心で悪魔のような思考を働かせる克の顔には、自分でも知らない内に怪しい笑みが浮かんでいた。 「何もないさ、卓。さあ行くぞ。お兄ちゃんについてこい」 「……あのさ」 弟が何か言いかけたが克は強引に卓の腕を引いて階段を上らせた。ここに来た目的はあの地図を手に入れたことで八割方は達成した。あとはこれらのブツを拝借するだけなのだ。ここまできて帰ったら何もかもが水の泡だ。 「やっぱりタワーに来たからには頂上に登らないとなっ」 ぐいぐいと卓の腕を引きながら階段を上がっていく。ここは本当にタワーの頂上に近く、階段の終点が見えていた。終点は扉になっている。あれを開けば展望台に上がることが出来る。そこにはきっと敵の主力がいるのだろうが、構うことはない。要は見つからなければいいのだ。俺が。 と、卓が腕を振りほどいた。 「克兄。何隠してるんだよ」 真剣な口調だ。視線は睨んでいると言っても良いほどに鋭く、卓は珍しく大変真剣だった。克はその真剣な表情を見て、卓が事情を説明してもらうまでは一歩もここを動かないというつもりになっているのに気づいた。 仕方がない。 出来れば、隠したままでいたかったのだが。 克は卓を見つめた。必殺・『真剣な表情』を浮かべる。 「そうだな。……隠してきて悪かった」 「……うん」 卓は克が真実を語ろうとしていることに気づいたのか、神妙な顔つきになった。 「秘密を打ち明けよう。実はな」 「うん」 話しながらも階段を上る。この会話はささやき声だけでかわされている。卓は素直についてきて、先ほど克が隠したもののことはすっかり忘れたようだ。……我が弟ながら行く末が心配だ。 「ここへ来たのは、実は下見のためじゃないんだ」 「……」 「……」 「……それが秘密?」 卓が探るように聞いてくる。克は重々しく頷いた。 「そうだ」 「……知ってんだよそんなことはとっくに!」 卓が語調を荒げる。しかし大きな声を出さないのはさすがだった。克は放たれた卓の拳をひょいと避けた。わざとらしく眉を上げてみせる。 「へえ、気づいてたのか。さすがだな弟よ」 「バカでもわかるよそんなことは!」 「すごい自信だな」 「どういう意味だ!」 「しっ」 克は低い声で卓を制した。ちょうど階段の一番上までたどり着き、克は用心深く扉の向こうに耳を澄ませた。向こうの話し声は聞こえない。聞こえないが気配はわかった。三人、もしくは四人だろうか。まだこちらに気づいていないのか、それとも仲間が来たのだろうと思っているのか、こちらを警戒している様子はない。 扉に手をかける。山田が降りてきたばかりだからだろうか、鍵はかかっていなかった。 『……卓』 スピーカーを通して弟に呼びかける。卓はつられたように身をかがめてきた。 『相手は三人、多くて四人だ』 『……何でわかるんだ』 この質問は無視する。 『この部屋に入り口は三つ。ここと、反対側の階段と、中央のエレベーターと螺旋階段。向こうの階段と中央のとどっちを使うかはお前の自由だ。……でも向こうのにして置いた方がいいと思うぞ。中央のは下につくまで身を隠す場所がないからな』 『……何の話?』 『下までたどり着いたら先に帰ってていいぞ。丸刈り男がそろそろ目を覚ましてるかもしれない』 『待ってくれ――』 卓が言いかけた言葉を最後まで聞かず、克は扉の影に隠れる場所に移動して、一気に扉を開け放った。 ばん! 派手な物音が鳴り響き、既にすっかり暗くなった町並みの明かりが流れ込んできた。扉の真ん前に卓がいて、弟はいきなり開かれた扉の向こうを呆然と眺めている。 『走れよ。この服はどうやら防弾らしいが、いくらお前だって銃で頭でも撃たれたら死ぬぞ』 「な」 そして卓を部屋の中に蹴り入れる。勢い余って卓は部屋の中に転がり込み、展望室の中にいた黒ずくめの男たちがようやく狼狽の声を上げて、 「誰だ!」 「仲間か――いや、違う」 「撃て!」 一瞬の間をおいて銃声が響いた。卓が跳ね起きて部屋の向こう側へ向かって走り出すのが聞こえる。動揺していても呆然と立ちすくんで撃たれるままにならないところが我が弟だ、と思いながら先ほどの戦利品の場所へ戻ろうとする克の耳に、卓の叫び声が聞こえた。 「このくっそ兄貴ー!」 「今頃わかったか」 呟く内にも卓が出口にたどり着いたらしく、部屋の中にいた男たちが卓を追い始めた足音が聞こえる。まあ防弾服を手に入れたし、暗いし、なにしろ卓だから大丈夫だろう、と克は階段を下りながらそう考えて、先ほど聞こえた「撃て!」という声を思い出して眉をひそめた。あの声はどこかで聞いたことがある。前の仕事をしていたときに聞いたのだったか。いや、そんなに最近じゃないような気がする―― 「桜井か……?」 思い至って、克は足を止めた。まさか、あいつが。 「……あいつが相手だと、卓も危ないかな」 一応兄らしく呟いてみたが、どう考えても卓がおめおめと殺されるとは思えない。卓なら弾が避けて通りそうな気がする。だからこそここに卓をつれてきたわけだったが、俺もだいぶ素直になったもんだねえ、と他人事のように呟いて、克は足早に階段を下りた。卓があいつらを引きつけてくれている間に、このタワー内に点在する爆弾を回収しなければならない。
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