星降る鍵を探して
目次|前頁|次頁
人気投票(連載終了まで受付中)
2003年06月11日(水) |
星降る鍵を探して2-3-1 |
3節
その頃の須藤流歌。 彼女は15階までたどり着いたところで、下へ続く階段がそこで終わっていることに気づいて慌てた。勢いのついていた体を、手すりに手をかけて止める。階段の表示は確かに15階を示しているのに、まるで一番下にまでたどり着いてしまったみたいだ。一体どうなってるんだろう。15階から下へ続く階段は、また別に作られているのだろうか。 テレビ局とかってこういう作りになってるって、何かで読んだ記憶があるけれど。 あれはテロリストに占拠されることを防ぐためだったはずだけど。 じゃあこの研究所でも、テロリストを警戒してるというわけ……? ウィィィィィ……ン。 少し前から鳴り始めたサイレンが流歌の焦りをかき立てる。彼女はため息をついて、15階の廊下へ滑り出た。こんな事態を引き起こしてくれた厄介な拳銃は、ジーンズの背に挟んである。重いし冷たいしかさばるし、いっそ捨ててしまいたいのだけれど、そこまで吹っ切ることもできなかった。撃つ気はなくても牽制になるんじゃないかと思うと。でもそんな事態、できるなら起こって欲しくはないわけで。ああもう、今日は厄日だろうか。 この警報のおかげでか、廊下には人影がない。 でもこの階にも、人が溢れている気配がしている。同じ間隔で並んだ扉の風景は今までの階と同じだったが、扉の向こうに人がいる。低い、意味のない振動にしか聞こえないが、話し声もしていた。 ――どうか、誰も、扉を開けませんように。 ドキドキしながら、その扉がずらりと並んだ廊下を進む。 この廊下の向こうには、きっと下へ続く階段があるはず。そう自分に言い聞かせながら歩いていくのだが、普通に足を動かしているはずなのに、まるで夢の中でもがいているみたいにちっとも前に進めない。いや、進めないのではなく果てがないのかと思うほどに長いのだ。向こう端は見えている。「非常口」を示す緑のランプも見えている。見えているのに、恐ろしく遠い。 こういう場所で、靴を履いていないと言うことが、こんなにも心細いものだったなんて。 無意識のうちにむき出しの二の腕を手のひらで覆って暖めながら、流歌は歩を進め―― ウィイィイィイィイィ、というサイレンの音が彼女の脳裏をかき乱し―― 目を閉じてサイレンを振り払うように頭を振ったその瞬間、彼女の目の前で、扉が開いた。 「あああ、うるせえなあ!」 憤慨したように吐き捨てる声が聞こえる。 扉を開けたのは背の高い男の人、だったらしい。為す術もなく立ちすくんだ流歌の目の前を、くたくたの白衣を着たぼさぼさ頭の男がのっそりと通り過ぎていった。 「だったらしい」というのは、流歌にはその人を観察している心理的余裕が全くなかったためである。悲鳴を上げるか、逃げ出すか、しゃがみ込むか、攻撃するか――という選択肢が浮かびはしたがそのどれをも取ることが出来ず、彼女はただ口に手を当てていた。切羽詰まったときにただ立ちすくむしかできないという自分のていたらくが情けなくもあったが、結果的にはそれで良かった。出てきた男は信じがたいことに、流歌に気づきもしなかったのである。サイレンに毒づくのに忙しかったのか、それとも他のことに気を取られていたのだろうか。ともあれ流歌が我に返ったときには男は向こうに向けて歩いていくその背中を見せており、流歌は安堵の吐息を漏らす暇もなく閉じかけた扉の中に滑り込んだ。
|