星降る鍵を探して
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2003年06月06日(金) |
星降る鍵を探して2-1-3 |
でも、俺は行く。 動かない圭太の背中に、頭の中だけで言い捨てて、剛はきびすを返した。起こす気はなかった。起こしたら止めるだろう。制止の言葉など聞きたくはなかった。止められずとも、自分がどんなに馬鹿なことをしようとしてるのかということはよくわかっている。でも、行くしかない。そう、あの兄妹の間に割り込める立場にはないけれど。もしかしたら、彼女を助けにいくということすら、差し出がましいことなのかも知れないが。でも、彼女が無事でいなければ、この世に何の意味もない。 マイキはもはや肩を叩いてはいなかった。心配そうに剛を見下ろしてくるその視線から逃れるように、剛は玄関に向かった。 玄関で靴を履いてから、マイキを下ろす。手荒な真似をして悪かった、と囁くと、マイキはふるふると首を振った。思わず笑みがこぼれる。このマイキという少女はひどく可愛らしくて、同じ年頃の女生と言うよりは子供か――もしくは小動物のようだった。良く懐いている子犬に見送られているような気分で玄関を開け、外に出る。暮れかけた夕闇の空気は少しずつ冷えはじめ、寝起きで火照った頬を心地よく撫でていく。 ため息をついて、歩き出す。 すると、閉まったばかりの玄関の扉が開いた。 振り返る。 靴を履きながら、不安定な足取りでマイキが追いかけてくる。 「ど、どうした」 囁くとマイキはなにやら決意を秘めた顔つきで、両手に持っていたものを差し出してきた。ひとつは剛の携帯電話だ。リビングに置きっぱなしになっていたものだ。もう一つはこれまた剛の財布である。 恥ずかしい。 「ああ……すまん」 財布も持たずにどうやって行くつもりだったのかと自分を責めながら受け取って、ポケットに入れて、じゃあな、と声をかけて歩き出す。とことこ、と小さな足音がついてくる。まだ何かあるのかと振り返った剛の道着の裾を、マイキが掴んだ。 「つ、ついてきてはいかん」 狼狽して少し大きな声を出す、と、マイキはこちらを見上げた。ふるふる、と首を振る。いや、それはどういう意味だ。剛は途方に暮れた。マイキの表情は乏しくて、何を言いたいのかわからない。 「今から危険なところに行くのだ。貴様を連れていっては、新名卓に言い訳が立たん」 その細い肩に両手を置いて、諭すように言ってみる。保父さんにでもなった気分だ。マイキは先ほどまでよりもさらにきっぱりと、首を振った。一緒にいる、と言われた気がした。 剛は知らなかったが、卓が剛を気絶させた後、克がマイキに言っていたのである。『こいつを見張っててくれ』と。マイキとしては出来れば見張ったまま克と卓を待ちたかったのだが、剛が起きてしまい、止めてもあっさり外に出られてしまった。マイキの力ではこの巨大な男を制止することはとてもできない。だから、ついて行くしかない。見張っているためには。 「……」 「……」 「……」 二人の間を息詰まった沈黙が流れていく。 折れたのは、剛の方だった。
*
誰もいなくなったリビングで、圭太は深いため息をついた。彼は眠っていなかった。眠れるわけがなかった。いっそ卓に気絶でもさせてもらえば良かった。卓の手並みはとても鮮やかで、あれでは痛みを感じる暇もなかっただろう。いつも平和そうな顔をしているから忘れてしまうが、ああ見えても卓は空手で全国大会のいいところまでいった男なのだった。さすがはあの兄の弟と言うところだろうか。 剛とマイキが出ていって、五分ほどが経っていた。圭太は張りつめていた息を吐き、ごろりと仰向けになった。剛は圭太を起こそうとしなかった。起こしたら止めるだろうと思ったのだろうが、止める気はまるでなかった。剛が羨ましい、とさえ思う。剛は何も知らない。流歌を助けに行くことは、流歌のためではなく自分自身のためなのだと言い切ることの出来る単純さが、今はひどく羨ましい。 「猪突猛進」 呟いてみる。 「単細胞」 次第に夜の闇が濃くなってくる。 「……あそこにはあいつがいるのに」 桜井が。 桜井昇は、七年前は大学生だった。今の圭太と同じくらいの年齢だっただろう。表情が抜け落ちたような、どことなく茫漠とした男。それでいて冷たくて……何か、とても、存在感のある男。 圭太は目を閉じた。ふつふつと、胸の奥に沸き上がるものがある。桜井のことを思い出すだけで、ひどく冷たい気分になる。それでいてふつふつと沸き返る感情は、どろどろとして、熱い。 「見てろよ」 圭太は目を閉じたまま呟いた。 「人の妹をさらったら、どんなことになるか教えてやる」
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