星降る鍵を探して
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2003年06月03日(火) 星降る鍵を探して1-3-4

「どこから入った?」
 男はじろじろと梨花を眺め回しながらそう言った。梨花は呼吸を整えた。
「見学者に紛れ込んで入って、で、途中から階段を使って。エレベーターがここまで来てないなんて思いも寄らなかった。普段エレベーターを使う人たちは、もしかしたら二十五階まであるってことすら知らないかも知れないわよね。建築に詳しい人ならともかく、普通の人って、二十階建てにしてはビルが高すぎるとか考えたりしないもの。あのう――」
「質問はなしだ。ここには記者の注意を引くようなものは何もない」
 切り捨てるような言い方に、この人はあまり頭が良くない、と梨花は思った。こんな言い方をしたら、何かあるって言ってるようなものじゃないか。梨花は黙って首を軽く傾げて見せた。男が眉を上げる。
「下まで送ろう。立入禁止のところをうろうろされちゃ迷惑だ」
 立入禁止、ね。
 梨花は辺りを見回した。両側に扉のずらりと並んだ、殺風景な廊下。あの扉の向こうには、一体何があるんだろう。
 記者になりきらなければならないという必要性を抜きにして、隠密活動部の血がうずき始めた。人には大っぴらに言えない研究を続ける研究所と、どうやらその研究を守るのが仕事らしい、どう見てもその道のプロの、居丈高な男。こういう奴らが隠している情報こそ、盗み出してみたいと思うのが隠密というものじゃないだろうか?
 こちらを促すようなそぶりを見せて、男が先に歩き出す。その後に付いて行きながら、梨花は頭を働かせる。この研究所に、記者が入り込んだことはあるのだろうか。どこかのマスコミが、ここの研究の存在をかぎつけているということはあるだろうか。セキュリティは万全なのだろうか。
 嘘をつくときは、肝心なところだけ嘘にして、他は出来るだけ真実を話しておくに限る。梨花は足早に男に追いついて、言葉を紡いだ。
「私、”怪盗”を追いかけてるの」
 そうだ。そうしておけば、ここの研究がどのようなジャンルのものなのかすら、知らなくてもおかしくない。
 案の定男は食いついてきた。立ち止まって振り向いた目はこちらを射抜くほどに鋭かった。
「……何だと?」
「最近少しずつ有名になってきてるのよ。知ってるでしょ? タキシード着て、シルクハットかぶって、マントを羽織った――これぞ怪盗! ってスタイルの。ねえ、何か知らない? 何日か前、この辺に忍び込んだって情報があったものだから――きゃっ!」
 いきなり男が梨花の襟元をつかみあげた。間近に寄せられた顔は憤怒と憎しみに歪んでいる。
「どこで知った」
 まるで遠雷のような――抑えてはいるが、ひどく威圧感のある声音だった。襟元を掴んで持ち上げられて、足が地面から離れてしまった。両手をその厳つい手に掛けて、何とか呼吸を確保する。
「……ニュースソースは明かせないわ」
「答えろ!」
「友達がいるのよ。残業で遅くなったときに見たって。ねえ教えて、彼は何を狙ってるの?」
 男は梨花の襟元を掴み上げた体勢のまま、じろじろとこちらを睨(ね)め回している。その腕は梨花一人の体重を片手で支えたままびくともしない。その形相にと言うよりは、その怪力に背筋が冷える。ごくりと唾を飲み込んだとき、男は舌打ちをして振りほどくように手を離した。
 何か言うかと思ったが、彼は何も言わずにそのまま足早に歩き出す。梨花は追いすがった。
「ねえ――」
「質問はなしだと言っただろう」
「さっきアナウンスがあったわよね。銃を持った不審人物がうろついてるって。その不審人物って……」
「無事に帰りたいだろ」
 男の声は胸の中に突き刺さるほどに冷たい。これ以上何か嗅ぎ回るつもりなら容赦はしないとその後頭部が雄弁に物語っている。後は何も言わずにずかずかと階段の方へ向かう。梨花は彼がすっかり記者だと思い込んだらしいことにホッとしながら、その後を追った。

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これで第1章は終了であります。
人気投票中間発表やりたいなあ。


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