星降る鍵を探して
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2003年06月01日(日) 星降る鍵を探して1-3-2

   *

 高津はよろめきながら立ち上がった。
 一体何が起こったのだろう?
 首筋がうずいていた。自分はどうやら鉄格子の側で倒れていたようで、見やると鉄格子の扉が開いていた。その向こうはもぬけの殻で、あの須藤流歌という女は影も形も見えなかった。
『鍵を持っているなら』
 かすれても怯えてもいない、しっかりした綺麗な声が耳に甦ってくる。
『言ってくれれば良かったのに』
 鉄格子を掴んだ自分の手首に添えられた、あの女の柔らかな手のひらの感触。
 ウィィィィィィィ……
 緊急事態を示すサイレンが先ほどから絶え間なく響いている。
「くそ……っ!」
 事態を把握し終え、高津は鉄格子を蹴りつけた。ごわん、と鉄格子が音を立て、それが更に腹立ちを煽った。気絶させられていたのだ。誰に? 決まっている。あの怪盗の妹に、だ。
 あの怯えた様子も全て演技だったというのか。
 失態を犯したのだ、という事実が次第に鳩尾に落ち着くにつれ、彼の体は次第に震え始めた。恐怖のためではなく、怒りのためだった。桜井があれほどあの女を警戒していた理由がようやくわかった。鍵を見せるな、鉄格子に近づくな、絶対にあの子をそこから出すな。苛立つほどに繰り返された注意。それにも関わらずまんまと計略に引っかかって逃げられてしまった。須藤流歌を逃がしたことを桜井が知ったら、あの男は何と思うだろう? あのいけ好かない上司は。いつでも平然と構え、間違いなど一度も犯したことがないような顔をして、人を見下すような目をした、あの男は。
「……畜生!」
 もう一度鉄格子を蹴りつけて、高津はきびすを返した。何としてでもあの女をこの手で捕まえなければ。出来るだけ研究所員と接触するなと言われていたが、非常事態だ。仕方がない。高津は憤りを出来るだけ抑えながら、扉へ向かった。

   *

 梨花は足早に廊下を走っている。長い廊下だったが、そのうち端が見えてきた。トイレの表示と非常口の表示が白一色の世界に浮かび上がるように見え、梨花はいっそう足を早め――
 その時、梨花の目の前で、扉が開いた。
 それは階段に一番近い扉だった。目の前に立ちはだかるように開いた扉に激突しそうになって慌てて飛びすさる。スニーカーがきゅっと音を立てた瞬間、扉の向こうから男が姿を見せた。
 新名兄弟や清水剛ほどではないが、大柄な男。
 漆黒のスーツを着た、凶悪な顔をした男だった。彼はただでさえ厳つい顔を忌々しげにしかめていたが、梨花のスニーカーの音に驚いたようにこちらを覗き込んできた。目があった。その男は一瞬虚を突かれたように梨花を見、そして――
「お前――!」
 低い威嚇の声を上げた。その声と顔が余りにも凶悪で、梨花は一瞬立ちすくんだ。梨花にはその男が流歌を見張っていた高津という男であり、流歌にまんまと気絶させられて鍵を奪われて逃げられたということなどわからない。わからないが、やばい、と思った。後ずさる。危険だ。
「あの女の仲間か」
 男が扉から手を離して、自分の懐に手を入れたのが見えた。映画でよく見る動き。銃を出すのだろうか。
「あ……の女、って?」
 じりじり後ずさりながら、出来るだけ刺激しないように、訊ねる。男は懐に手を入れたままゆっくりと扉から出てきた。鍛え上げられた体つきだ、と梨花は思った。梨花は流歌ほどの戦闘能力は持ち合わせていない。一般の大学生なら後れをとるような梨花ではないが、こいつはたぶんプロだ。素手ではきっと勝てないだろう。その上どうやら銃を持っているようで、それを出されたら終わりだと思った。怪盗だったら銃で撃たれてもひらりひらりとかわしてのけそうな気がするが、そんな化け物のような身のこなしも持ち合わせていない。


相沢秋乃 目次前頁次頁【天上捜索】
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