星降る鍵を探して
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2003年05月24日(土) 星降る鍵を探して1-1-4

「ま、落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか! うぬう貴様兄であることをいいことに須藤流歌を……須藤流歌を……!」
 ソファの上にうずくまって何とか圭太の腕から逃れようとするが、圭太はほとんど力を入れているようにも見えないのに腕はねじり上げられたままだった。ただ、もう痛くはなさそうだった。動けなくしているだけらしい。
「うちにはうちの事情があるんだ」
 圭太は先ほどまでと変わらぬ穏やかな口調で言った。
 しかし。
「よその奴に口を出されるいわれはないね」
 言葉を続ける圭太を見ながら、卓は、圭太は本当は怒り狂っているのではないかということに気づいた。剛に対してではなく、もちろん、妹を連れ去った相手に対してだ。言葉も口調も表情も態度も、普段の彼と変わらない。だが、気づいてみればわずかに目が違った。ふつふつと煮えたぎる何かがその目の奥に隠れている――
 マイキが、立ち上がった。圭太の横に回って、そっと、剛の腕を掴んでいない方のひじを引っ張る。最近少し豊かになってきた彼女の表情は、今は心配げな憂いを帯びていた。圭太はマイキのその表情を見ると、笑って手を放した。
「大丈夫だよ、こいつ頑丈だから」
「貴様あ――っ!」
 腕を放された剛ががばっと跳ね起きる。マイキが飛び上がる。圭太は剛の目の前に、自分が食べかけていた甘い甘いケーキの皿を突き出した。
「悪かったよ。これやるから」
「こ、こんなもんでごまかされる俺だとでも!」
「そうか、いらないのか」
「誰がいらないと言った!」
 皿を奪い取る。一口食べられてはいるがケーキの大部分は健在で、甘い香りが鼻腔をくすぐり、こうなると戦闘的な気分と言うものはあまり長続きしないものである。甘いものを食べながら怒れる人はそれほどいない。ソファの上に座り込んでわしわし食べ始め、見る見るうちにケーキが消えていく。その気持ちいいまでの食べっぷりは一言も発さずとも「美味い」と熱烈に語りかけてくるようで、マイキは心底嬉しそうにそれを見つめている。
「質問がもう一つだ」
 兄はマルガリータの食べっぷりを横目に、ため息混じりにそう言った。圭太も苦笑する。
「はい、なんです?」
「この金時計はなんなんだ? ただの金時計じゃないだろう。確かに高価そうだが、こんなもののために人一人誘拐するなんて考えられないからな。一昨日これだけ狙って盗んだのか? それとも他の財宝と一緒に?」
「もちろん他のも一緒に。二人で持てるだけの量だから、それほど多くはないですが」
「さっき研究所って言ったよな? 国立の? 何の研究だか知らないが、研究所に怪盗の注意を惹くような宝物があるのかなあ。しかもこんな純金のね、ただ金であるだけがとりえと言うような、趣味の悪い時計。趣味が悪くてもロマノフ朝の財宝だとか言うならともかく、裏にくっきり日本製って書いてあるし。しかも昨年作られてる。こんな趣味の悪い時計の、いったい何が怪盗の注意を惹いたんだろうな。中に何か入ってるのかな。分解してみたいなあ」
 兄は黙り込んだ圭太を見つめて、人の悪い笑みを見せた。
「今更隠し事はなしにしようじゃないか。この時計はなんだ?」
「それは、協力してくれると言うことですよね?」
 圭太もニヤリと人の悪い笑みを見せる。二人の間で何か火花のようなものが散ったようで、卓は思わず身をすくめた。そのとき、ケーキを食べ終えたマルガリータが満足の吐息と共に皿を置き、そして、
「……話はまだ終わっとらん!」
 いきなり割り込んだ。相変わらず場の空気の読めない人である。しかし兄は圭太の方を見たまま自分の目の前にあった手付かずのケーキをずいっと彼の前に差し出した。
「俺のもやろう。遠慮するな」
「ありがとう」
 素直だ。
「……で?」
 兄が促すように圭太に問いかけ、圭太はあっさりと答えた。
「鍵です」
「鍵? 何の」
「さあ、そこまでは。ただ、その研究所には秘密裏に大がかりな装置が作られていまして。その装置を発動させるための鍵のようです。そしてその研究というのがどうも、「人様に大っぴらには言えない」研究のようなんですよね。俺にとっては宝さえ手に入れば奴らがどんな研究をしてようと知ったこっちゃないんですけど、黙って返すのもつまらないし。お兄さんの初仕事としても不足はないと思いますが?」
「俺も行くぞ」
 ケーキを食べ終えたマルガリータが、重々しい口調で言った。
「どんな理由があろうと、須藤流歌を拐かすなど言語道断。俺のこの手で鉄槌を下してくれる」
「頼りにしてるよ」
 圭太がニヤリと笑って、そして、兄を見た。促すように口をつぐむ。場の視線が兄に集中した。
「……奴らだって馬鹿じゃないだろう。一昨日お前たちが忍び込んだその場所に、妹を連れていったとは考えにくいな。十二時までに妹のいる場所を探り出すのは大変そうだが」
「さっき連絡がありましてね。同じ建物ではなかったようですが、同じ敷地内にいるそうですよ」
 兄が眉を上げた。
「連絡? ……誰から?」
「梨花ちゃんです。妹がさらわれた時刻に、ほんのすぐ側にいたそうで。そのまま追いかけてくれたんですよ」
 それを聞いて、卓のすぐ側で、がたん、と立ち上がった者がいる。見るまでもなくマイキだった。マイキはその可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべて、私も行く! と言わんばかりに大きく手を挙げた。そしてすがるようにこちらを見た。卓はため息をついた。マイキに促されるまでもなく、圭太ばかりでなく梨花まで関わっているとなると、「金時計を返せばよいのに」などと言っている場合ではなかった。
「俺も協力しますよ」
「新名卓……!」
 マルガリータが感極まったと言うように声を上げる。圭太は何も言わなかったが、マイキと卓に嬉しそうに微笑んで見せ、そして、兄を見た。
 兄は大きく息をついた。お手上げ、と言うように両手を上げてみせる。
「いいよ」
 そしてニヤリとした。
「面白そうだ」


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