星降る鍵を探して
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2003年05月23日(金) |
星降る鍵を探して1-1-3 |
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卓も加えて、マイキも座ると、応接セットは満員だった。狭いテーブルの上にケーキと紅茶が所狭しと並べられている。マイキは卓と克の間に座り、皿を抱えてぱくぱくケーキを食べている。克は全く手をつけていないし、圭太は一口食べてからはフォークをおいていた。卓は普段なら食べるところだが、今は起き抜けなのでなかなか手が出ない。剛だけは昨晩からの緊張が、先ほどの卓との一戦でいい具合に解け、糖分の補給を感じたのか、ぺろりと綺麗に平らげていた。食事も喉を通らなかっただろうと想像すると、当然なのかも知れない。 ともあれ、そのようにケーキの状態が移り変わっていく中で、事態を整理し終えると、圭太は再び話を始めた。 「妹を無事に返して欲しくば、お前の盗んだ金時計を戻せ、というわけですよ」 昨晩の電話はそれを指示するものだったという。警察に言うなとは言わなかった。当然だ。 そこまで聞いて、卓は手を挙げた。 「ちょっと待ってください」 「なんだい」 「盗んだ? 金時計を?」 「盗んだとは言葉が悪いが、有り体に言えば、そうだよ。今ここに持ってきてる。売り払う前で良かったよ」 圭太は言って持ってきていたらしい新聞の包みを持ち上げた。開くと中から出てきたのは、どっしりと重そうな置き時計だった。細長いが、人間の肘から手首までくらいの長さがあり、どうやら純金である。そういうものには全く関わりのない人生を送ってきた卓にも、一目見ただけで非常に高価なものだとわかった。 「何で、盗んだんです」 我ながらばかげた質問だと思いながら、口に出さずにはいられなかった。圭太が予想通りにニヤリと笑う。 「野暮なこと言うなよ新名君。怪盗たるもの悪の組織に忍び込んでお宝をいただかずにどうする」 「……どうしましょう」 またしても我ながらまぬけな返答だと思ったが、他にどう言えと言うのだ。まあこの人はこういう人だから……と思いながらため息をつくと、克が呟くように言った。 「悪の組織、ね」 「そう。俺は怪盗ですから、金持ちが隠している、人に言えないような宝しか狙わないんです」 圭太は言って胸を張った。怪盗には怪盗の矜持というものがあるらしい。 「それに妹とはいえ流歌は年頃の女性ですからね。女性をさらって脅迫するような奴らを悪と言わずしてなんと言いましょう」 女性限定か。そう内心で突っ込みながらも、それはそうかもしれない、と納得しかけている卓である。「そもそも盗まなきゃトラブルも起きなかったのに」という考えなど、言っても仕方がないことはよくわかっていた。怪盗は宝を盗む生き物である。本能と言ってもいい。その矛先が「金持ちが隠している、人に言えないような宝」だけに向いているのなら構わないじゃないかと思ってしまう辺り、彼もだいぶ怪盗という生き物に慣れてきたのかも知れなかった。 克が続きを促す。 「で? 電話は何と言ってた。何時にどこへ持ってこいって?」 「今夜十二時に、芸術館の、あの折れ曲がったタワーがあるでしょう」 圭太の言葉に全員が頷いた。マイキまでつられたように頷いている。圭太の言うタワーというのはこの近辺で一番目立つもので、ニュースや天気予報でよく使われる風景なので、誰でもよく知っているものだった。結構な高さがあり、入場料を払えば上に上がることが出来る。しかしこの町を一望できるというその高さよりも、その不思議な形の方が目を引いた。昔流行ったパズルの一つ、「マジックスネーク」を伸ばしたような、「芸術的」に折れ曲がった形をしている。 「十二時ね。いかにもな時間だな」 「だから、それまでに流歌を助け出してしまおうと言う魂胆なんですけどね」 「ほう」 「一口乗りませんか」 圭太はこれでもかと言うほどに満面の笑みを見せた。 「結構面白いと思いますよー。相手はとある国立の研究所です。筑波にあります。ま、俺はもちろん流歌だって忍び込めたんだから、それほど難しいセキュリティじゃないですけど、少なくともここの事務所でいつ鳴るかわからない電話を待つよりはうきうきできるんじゃないかなあ」 「……」 克は黙り込んだ。腕組みをして難しい顔をしている兄を見ながら、卓はそっとため息をついた。一月前の事件で圭太には大変世話になっている。今こそその借りを返すときだとは思う。ただ、卓はまだ怪我が完全に癒えていないということもあり、あのときの事件で死に掛けたということもあり、この平和な生活に慣れてしまったということもあり……進んで冒険に身を投じたいという気分にはどうしてもなれなかった。他に手段がないというのなら、もちろん、圭太のために労力を惜しむような卓ではない。しかしどうして素直に金時計を返さないのだろうか、と思わずにはいられなかった。何もわざわざ危険を冒し、忍び込んで助け出さなくても、十二時に返せばそれで済むのではないかと。見たところ圭太はあまり金時計に執着している様子はないのだ。圭太にとっては盗むことが最大の目的であって、盗んで自分のものになった宝にはあまり関心を抱かない。それならば、返してやったってかまわないようなものなのに。 「また質問ができた」 兄はようやく口を開いた。圭太が眉を上げる。 「なんです?」 「盗んだのはいつだ?」 「一昨日の夜ですね」 「『俺はもちろん流歌も忍び込めた』っていうのは?」 圭太はニヤリとした。 「もちろん、一昨日、仕事に出かけたときには流歌も一緒だったということですよ」 「な・にいいいいいい!?」 打てば響くような反応をしたのはマルガリータだった。立ち上がって圭太に詰め寄ると、彼の胸倉をつかみ上げる。マルガリータの剛力はすさまじく、決して小柄ではない圭太の体が半ば宙に浮いた。 「き、き、貴様、須藤流歌を悪の道に引きずり込みおったな……!」 圭太は宙にぶら下げられたまま、平然として言った。 「だって妹だし」 「何がだ!?」 「流歌がに決まってるだろう。お前大丈夫か?」 「違うわ! 妹なら悪の道に引きずり込んでもかまわんと言うのか!?」 「兄の活動をサポートするのが正しい妹の姿」 「嘘つけえ!」 ぶん、と圭太の襟元をつかんだままの丸太のような腕を振り回す。しかし黙って振り回されるような圭太ではなかった。彼は振り回されつつ剛の腕をはずし、腕を握ったまま剛の背後に回り、そのままねじり上げた。この間わずか二秒である。卓が気がついたときには剛が痛そうなうめき声を上げてうずくまっており、彼の背後で、まだ腕を極めたまま、圭太が相変わらず平然とした口調で言った。 「ま、落ち着けよ」 「これが落ち着いていられるか! うぬう貴様兄であることをいいことに須藤流歌を……須藤流歌を……!」
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