人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2002年07月20日(土) メニエール病とセックスワーカーのおねいさんとあの日看護婦だった私

総合病院の、予約制の耳鼻咽喉科外来で働いたあの頃、私はそれほど性に興味が無い時期で、色々な意味で幼かったのだと今は思う。
あれはもう、3年前の出来事。


患者さんで、メニエール病という病気を持った人がいた。メニエール病は原因不明の病気で、めまい・耳鳴り・難聴が3大症状。これに付随して吐気や嘔吐がある人も多い。
これは珍しくない病気で、罹患している人も多い。大抵、メニエール病の人はうちの外来で受診後、点滴を受けて帰っていた。
その中に、色白の、そこそこきれいなおねいさんがいた。薄幸、という言葉が似合ってしまうような、そんなおねいさんだった。カルテを見たら36歳となっていたが、すっぴんでは27・28歳に見えるおねいさんだった。彼女の職業は、セックスワーカーだった。

彼女がメニエールの症状緩和の点滴を受けに来るときは、もうフラフラでどうにもならないほど具合の悪いときだけだった。予約をしていても、耐えられそうなときには受診しに来ない。朝方まで働いていることもあるので、昼間起きられないときもあると言っていた。けれど、予約が無くても、辛いときには朝一番に電話してきて「お願いできませんか?」と言う人だった。
本来、そんな受付はしてはいけないことになっている。けれど、彼女だけは特別だった。私たち耳鼻咽喉科外来ナースは、彼女のことがとても好きだったのだ。心配だったのだ。

いつも、具合がどん底に悪い状態での対面なので、ベッドに誘導し、毛布をかけ、点滴準備をしてドクターを呼びにいく。その後は液漏れはないか、つまりは無いかと点滴管理と、具合悪くなっていないか等の体調管理をする。彼女は点滴の間、眠っていることが多かった。

けれど、彼女と話す機会が一度だけあった。
彼女は泣きながら、自分のことを話してくれた。

3度中絶していること、膣が弱くなっていて仕事でもプライベートでも性交が辛いこと、お付き合いしている人がいるけれども結婚はできないこと、田舎のご両親のこと。
私も一緒になって泣いてしまった。その日の午後最後の、外来ベッドで。

まるで、小説やドラマの中のことのような、そんな話しだった。
けれど、彼女が帰った後、カルテをそっと見たら、産婦人科の欄に、彼女の中絶手術をしたドクターの名前などが記載されていて、私は泣いてしまった。
ドラマなどの話にしやすいものは、現実によくあるからこそ題材にしやすいのではないかとはじめて気がついた。



セックスワーカーになる女性にも様々な思いがある。
お金儲けをしようという人、性の対象として見られたい人、楽な商売だと思っている人、それしか選択する道が無かった人。

私は、彼女に出会えてよかったのだと思う。セックスワーカーを自分の人生の選択肢に入れていない私と彼女は、ああいうところでもなければ話もしなかった。



意味のない出会いなどないと、私は思う。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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