人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2002年03月26日(火) 学歴で人を見るということ

私はこの3月で「4大卒」という肩書きを頂戴した。しかし、その内訳といえば、私は大学に3年次編入しているので、実質2年間しか「大学」には通っていない。
入試だって、数学だの生物だのの教科はなく、看護学科だったので看護婦国家試験に準じた選択問題と小論文と面接だった。それでも、その学校を無事に卒業すれば「4大卒」という肩書きなわけで。
そんなに大学卒っていう肩書きは立派なのかな、と思うここ最近。

私の出た公立高校は、学区内で下から数えた方が早いほど偏差値の低い学校だった。偏差値だけが人間を計る物差しではないとはいえ、分数を小数点に直すのも危うい者が大半を占めるほどの高校とは、何を勉強するべき場なのかちょっと分からない。実際、授業についてこられない者が多すぎて、教科書など1年でまともに終わった教科は皆無だった。これでは、大学受験どころの騒ぎではない。しかし、塾にいくなどして自己学習を進めたからといって、毎日の勉学の場である高校の授業内容が受験を意識したものではないというのは、もう大学には行くなといっているようなものであった。
通っている高校は何処かと問われて「K高校」と答えれば、「ああ、あの」という顔をされた。それは、バカにしているような表情だったり、同情しているような顔だったりした。
実は私は、母校であるK高校が第1志望校だったわけではなかった。第1志望校に落ちて、定員人数に達していなかったK高校に入っただけの話だった。併願で私立も受けていたが、家計を考えて公立高校を選んだ。
中学時代の私の成績は可もなく不可もなく、ちょうど学年の中央に位置していた(ほぼオール3だった)。だから、K高校の学力というのは私にとっては少しばかり低いものであった。
入学した当時は、自分がK高校に通っていることをことを人に告げることがとても恥ずかしかった。私にもそれなりにプライドがあった。
けれど、学校名を告げる機会を何度か乗り越え、K高校を第1志望で入った友人たちを持ち、私は成長した。

母方のおばは、学歴重視だ。
7年前、私が推薦で短大の看護学科に入ったとき、おばは言った。「ああ、そう、短大なの。そう、短大」
「短大」の単語をやけに連発してくれた。家族全員と高校の担任と進路指導教員とで、涙を出さんばかりに喜んだ短大入学を汚された気がした。
おばには私と年の近い娘がふたりいて、ふたりとも1浪して4年生大学に入っていた。おばにとって、短大と四年制大は全く別物のようであった。(ちなみに、私はこのいとこたちと非常に仲が悪いので、近寄らないようにしている。)
そんなおばと先日法事で会ったならば、「看護婦免許を持っていれば就職もたくさんあるし、いいわねえ」と言われた。いとこたちは就職でかなり苦労したようだった。
また、おばは言葉を続けた。「就職しやすいのに、それでもなお勉強しようと大学に編入してただなんて、奎佐ちゃんたらえらいわあ」
向上心を持ち勉学に励んだことをえらいと言っているのか、大学に行ったということに対してえらいと言っているのか、私には判断つきかねた。

人が長年持った意識というのは、そう簡単には変わることはないだろう。
しかし、学歴って本当、なんだろうね?


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佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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