Sports Enthusiast_1

2006年04月11日(火) 2010年への期待

W杯開催年だといのに、筆者の心は燃えていない。その理由は当コラムで何度も書いたので繰り返さない。先の短いわが人生、4年に1度のW杯を経験できる回数は限られている。ドイツ大会をこんなにも虚ろな気分で迎えようとは想像だにしなかった。そんなわけで、Jリーグを見ると、どうしても2010年に心は飛んでいく。
筆者の虚ろな視線に対して、いくつかのJリーグクラブが光を与えてくれている。とりわけ、清水、F東京、名古屋、千葉、鹿島がいい。光とは、若手の抜擢・起用にほかならない。清水では青山、枝村、兵頭、藤本らが、F東京では徳永、鈴木、伊野波、梶山、栗沢、増嶋らが、名古屋では本田、平林らが、千葉で水野、山岸らが、鹿島では内田篤、増田、青木、田代らが出場し活躍している。ドイツ大会終了後、彼らのうちの多くがきっと、2010年を目指した、新しい代表チームの主軸になっているはずだ。2006年のドイツ大会では彼らの先輩に当たる、阿部、巻、今野、茂庭、駒野らの世代で代表の主軸を構成してほしかった。
なんとなれば、2006年、ドイツ行きメンバーに100%選考されるであろうヒデは29才にして、所属クラブ・ボルトン(英国プレミア)から戦力外扱いされたという報道があった。Jに復帰した柳沢、小野はケガ、体調不良が原因とはいえ、Jリーグで結果を出していない。2002年(日韓大会)で活躍したヒデ、稲本、鈴木、中田浩らの海外組は峠を越えた選手のように筆者には見えてしまう。
さて、2002年フランス大会直前、当時の岡田代表監督はカズ、北澤を代表から外した。カズ、北澤は、フランスへ行く代表チームの目指す方向性と合致していなかったからだ。さらに、その2002年・フランス大会代表チームが解散した後、新任のトルシエ監督は柳沢、鈴木、稲本らの新しい才能を発見し、彼らを主軸にすえた。もちろん、最終選考でゴン、秋田の2人のベテランを選んだものの、筆者には二人が日韓大会のピッチに出た記憶がない。日韓では余興ではないけれど、人気者・俊輔の落選があった。高原の病気落選という悲劇もあったっけ。
W杯は4年に1度。その4年という年限が曲者だ。W杯出場メンバーを4年間さらに鍛え上げ経験を積ませれば、4年後にはより強大な代表チームができあがると考えがちだが、どうもそうではないようだ。たとえそうであったとしても、筆者は4年前と同じ顔ぶれの代表チームを見たくない。
“新しければすべて良し”とはいわない。けれど、サッカーチームは4年程度を時間の単位として切り替わることの方が自然であり、見る側に期待を抱かせる。
なにもかもが「劇場型」の世の中、サッカーW杯の代表選考にドラマがないなんて・・・ドイツ大会は退屈そのもの。このまま幕が下りたんでは「カネ返せ」でしょう。おっと、本番は選考ではなく試合だったけ。


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tram