迷走するジーコジャパン。こんどは3−5−2にシステムを戻すという。戻すこと自体は悪くない、というよりも、もともと変更する必要はなかった。 ヒデを入れたいから4−4−2にするというのがジーコ監督の発想らしいが、「黄金の中盤」など、これまで機能したことはないし、これからも機能しない。何度も繰り返し述べてきたことだけれど・・・ そればかりではない。ジーコ監督は「固定メンバー」でコンビネーションの熟成を図りたい、と言った。これも代表試合では無理な話。このことも当コラムで何度も繰り返した。 思い出してほしい。トルシエ前監督は、日韓大会の代表選考で中村俊輔を落とした。俊輔は人気があり、代表に選ばないトルシエは非難された。けれど、中盤の、いやチームのバランスを保つためには司令塔は1人だ、という決断を下した。人気よりも、3−5−2というシステムを優先したのだ。 ジーコジャパンに求められているのは、これまでもこれからも、チームの原型なのだ。3−5−2のシステムで機能するのが日本代表なのだから、ヒデが調子のいいときは俊輔を控えにすればいい。02年(日韓大会)は、ヒデは絶頂期にあり、さらに、森島という運動量の豊富な中盤がいたので、俊輔は選考されなかったのだ。 4−4−2が日本代表で機能しない理由はわからない。サイドバックが育たないからだろうが、その理由がわからない。サッカーの歴史が浅いため、サイドバックを育成できるコーチがいなからかもしれない。仕事が明確なほうが力を発揮する国民性からきている、という人もいる。 さて、05年、ヒデは調子を落としている。俊輔は調子が悪くない。小野はボランチに定着しているので、トップ下は�―喨紜��▲劵尿��FE弔僚腓乃�用することが自然だ。もっとも筆者ならば藤田を代表に選ぶことはないが・・・ そうした自然な競争と選択によって、システムが熟成する。ヒデが調子が良くても、イエロー累積で欠場することもある。そのとき、選手が代わってもシステムは揺るがない――そんなチームを構築すべきなのだ。 構築とはコントロールを利かすことで、それは規律によって生まれる。ジーコ監督は、構築⇔規律という、監督がやらなければいけない仕事を放棄し、アメーバーのようにグニャグニャとした、場当たり的チームをつくってきた。しかし、就任後、なぜかアジア杯では偶然というか自然にチームが構築され、選手が規律を自主的につくりあげ、運にも恵まれ、勝ち進んできた。アジアで無敗を続けたのだ。そのことがジーコ監督の失態を隠してしまった。ジーコ監督をギャーギャー批判してきたのは、当コラムだけだった。 肝心なのはドイツ大会に出場することだ。それは分かりきったことだけれど、日本サッカーは永続的に発展しなければいけない。行きつ戻りつのジグザグ路線で時間を浪費してはいけない。素質のある若い選手にチャンスを与え、彼等が世界に羽ばたく手助けをしなければいけない。代表監督にその資質がないことは明確なのだから、早く代えたほうがいい。
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