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2004年11月11日(木) ヒールに“正論”は似合わない

苦境に立つ元読売ジャイアンツオーナー・W氏が、月刊誌にいまの心情を吐露していた。立ち読みなので全貌を理解していないので、印象を記すにとどめる。誤りがあったらご指摘をいただきたい。
印象としては、ヒールが“正論”を吐き始めたのでがっかりした、といったところ。W氏は、�.廛輒邉紊琉賚△料�動――オリキン合併から1リーグ制のシナリオを書いたものの、�◆屬燭�が選手」発言で世間の顰蹙を買い、�A�手会のストを「正当化」させ、�い修慮紊離薀ぅ屮疋◆�楽天、ソフトバンクの新規参入の動きを促進させたばかりか、�イ弔い砲蓮▲札傳隠乙綯聴飮�を実現させた。プロ野球の災いを福に転じた、最大の「功労者」だ。W氏の「たかが選手」発言がなければ、プロ野球を巡る現在の活況はない。
ところが、元政治部記者のキャリアをもつW氏が、あの発言は記者に「はめられた」もので真意ではない、と自己弁護をしているから笑わせる。W氏の発言が「はめられた」もので、政治部記者が得意とする政治家の「失言スクープ」が「はめられた」ものでないものなのかは、部外者である私にはわからない。けれども、新聞記者が政治家の前後の脈絡を無視して、世間で話題になりそうな言葉だけを切り取って報道するのは世の常だ。「失言」をした政治家たちは、報道後、本意ではないと釈明するが、新聞がそれを受け入れて、訂正記事を出した記憶は、私にはない。
新聞記者はだから、でたらめを記事にするのかと言えば、そうとも言えない。なぜならば、政治家の近くにいる新聞記者ならば、政治家の本音の思想を知っている。新聞記者が報じる「失言」「放言」は、その政治家が持っている思想・信条の象徴だと考えていいからだ。「失言」は、前後の脈絡を無視した報道だと失言者から反論があるが、新聞記者がその政治家を象徴する言語を切り取って、その人となりを読者に伝えることは許される。
月刊誌のなかでW氏は、「たかが選手」と発言したことはない、と報道を否定している。自分はそんなことは言っていないと。がしかし、W氏は、たとえば、契約更改に係る代理人問題で、選手にもっとひどい発言をしている。読売の上原投手が契約更改の席に代理人を立てようとしたとき、W氏は「オレが上原の代理人になってやる」と言い、上原投手の正当な主張を馬鹿にした。その他、選手の権利や要求を無視したり、馬鹿にしたりした発言を数え上げれば切りがない。そのすべてが、新聞記者に「はめられた」と、W氏が言うのならば考え直すが、いくらいまの新聞記者にモラルが欠如しているとは言え、そこまでひどいことはまずあるまい。
W氏の「たかが選手」発言はW氏の本音であり、W氏のレゾンデートルにほかならない。W氏はそうしたコワモテぶりを発揮して権力をふるい、権力を維持してきたのではなかったか。
このたびの選手会スト、一場投手栄養剤騒動で世間から批判を浴びたW氏。初めて挫折を味わったようだ。世間はW氏の日ごろの言動を知っている。選手の権利を考えたり、要求に耳を傾けたことがないW氏は、選手のスト権行使についても、まともに取り合おうとしなかった。W氏のプロ野球選手に対する態度・気持ちは、「たかが選手」以外の何ものでもないし、いまでも変わっていないに違いない。それを「はめられた」と言うのであれば、ヒールが“正論”で自己正当化を図っているわけで、“正論”を使って自己弁護に転じた姿は哀れである。W氏はプロ野球の選手について、「たかが選手」という気持ちを抱いていたのだから、最後までその姿勢を貫けばよかったのだ。
私はプロ野球選手会の主張を支持しなかったし、彼らが行った「スト」には反対の立場をとってきた。W氏が提唱したと言われるプロ野球「1リーグ制」が考えるに値しない方策だとも思っていないばかりか、リストラ策としては賢明な策の1つだと思っていた。だが、W氏の選手に対する人権軽視は我慢できないし、人格蔑視も許せない。W氏の月刊誌発言には、そうした部分の反省が見当たらない。それがW氏の限界であり、時代錯誤である。


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