選手会とオーナー側の話し合いの結果、日本のプロ野球史上、初となるはずのストが回避された。「ファン」とマスコミは満足だが、私は不満だ。すべてが先送りされたにすぎないからだ。まず、来季はセが6チーム、パが5チームの変則で、パが今季から導入したプレーオフ制度は自然消滅の様子だ。チームが減ることを承知しながら、昨年プレーオフ制度導入を決定したパリーグの球団経営陣の頭の中を心配する人は、私だけではないだろう。 また、新規参入の足枷になっていた加盟料の見直しについては、評価する報道が多いが、私はプロ野球の発展とは関係ないと思っている。何度も繰り返すが、プロ野球機構が球団の単独所有にこだわる限り、球団数の減少は避けられない。加盟料に代わる保証金制度が何か新しいことのように言われるが、保証金は球団が消滅したときに有効な担保であって、球団維持に有効な手段ではない。 さて、ご承知の方が多いことだけれど、日本のプロ野球を創設したのは読売の社主・正力松太郎だった。正力はプロ野球黎明期から、読売巨人軍の強化に努め、読売新聞販売拡張手段として、「巨人」を利用してきた。新聞で書けば知名度が上がり、付加価値が上がり、人気が出る。 正力のプロ野球構想は、「プロレス野球」だった。このことは何度も書いたことだが。 強い「巨人」を中心にプロ野球を運営すること――そのためには手段を選ばなかった。正力の構想が現実として花開いたのが、「巨人」のV9だった。同一チームが9年間も日本選手権をとり続けることなど、他のスポーツでは考えられない。「巨人」は、ONという二人のスーパースター、有望新人、「巨人」ブランドに憧れた他球団の実力派選手を無制限に加入させ、チーム強化に励んだ。その間、資金(カネ)こそすべてのプロ野球体質が生まれた。新人選手の契約金が高騰し、契約金にシンクロして選手の年俸が高騰し、球団経営を圧迫した。そこで、ドラフト制度が設けられ、有望新人の均等配分による戦力平均化が促進された。ドラフト効果により、「巨人」が優勝できないシーズンが続いた。読売が意図した、「プロレス野球」が崩壊しそうになったのだ。慌てた読売は、「江川事件」でドラフト制度を形骸化させ、逆指名だか自由枠だかを新設し、さらには、FA制度を導入して、選手漁りを始めた。ちょうど国民的英雄・ミスターが「巨人」の監督に復帰したころだった。こうなれば選手の年俸アップは避けられない。だから、ミスターは読売に対して貢献度の高い人物であることは間違いないが、真に球界のために尽力したかどうかは大いに吟味する必要がある。 読売の“常勝巨人軍構想(=「プロレス野球」の完成)”こそ、今日のプロ野球の退潮――オーナー企業のプロ野球球団からの撤退現象の根源だ。阪急がオリックスになり、近鉄がそのオリックスと来季合併して撤退する。さらにダイエーというゾンビ企業が、そのうち撤退する。このまま経費増(年俸アップ)が続けば、撤退する企業はまだまだ続く。そうした流れを見越して考案されたのが、1リーグ構想だった。これこそ、「プロレス野球」を容認するオーナー側のリストラ策だった。「巨人」に群がり、放送権料等の収入にありつこうという「構想」だ。構想というより、「たかり」といったほうが適切だと思うけど。 選手会とオーナーの話し合いの結果、このまま2リーグ制が続き、撤退企業と新規参入企業の入れ替わりが続くとどうなるか言えば、数年は2リーグが存続する可能性はあるが、選手の年俸アップに耐え切れなくなる球団が続出し、ますます、「巨人」に有力選手が集中する。そのときこそ、かつて正力が目指した究極の「プロレス野球」完成のときだ。「巨人」の常勝が戦力上保証され、V9どころか理論上V∞が続く。 だが、読売の巨人軍V∞のプロ野球が万人の鑑賞に耐えられる娯楽であるかどうかははなはだ疑問だ。多分プロ野球の視聴率は現在の本物のプロレス並みになり、深夜録画放送で一部マニア(「プロレス野球ファン」=巨人ファン)が見るだけだろう。プロ野球のマイナースポーツ化が定着する。いまの選手会の主張は、このような「未来」に向かっている。 プロ野球はいずれにしても、「巨人」という遺産を食いつぶして終わるのだ。終わる前に少しでも遺産にありつこうというのが1リーグ制。自分達だけで遺産を食い潰そうというのが、セリーグ主導の選手会が主張する2リーグ制。ヤクルトはもともと「巨人」と一体の体質で、選手会長のF選手はヤクルト=セリーグであることがそのことを象徴している。パの選手は、1リーグ制を支持した方が、現実的だと思うのだけれど… 真の選手会ならば、その目指すべき方向は、プロ野球をスポーツとして再構築することだ。選手会は頭を使って、日本における、本物のベースボールを提案しなければいけない。もちろん、現役のプロ野球選手が具体的な構想を描く時間がないことは百も承知だ。だから、現役を退いたプロ野球OBが、現役選手たちに代わって、読売の呪縛から離れて自由に発言し、スポーツとしてのベースボールに向かう道筋を語らなければいけない。 そればかりではない。いまこそ、スポーツジャーナリズムの果たすべき役割が大切なときはない。真のスポーツジャーナリストならば、読売の圧迫から離れて自由なベースボール構想を語らなければいけない。さらに、日本に野球解説者と称する人が何人いるか知らないが、彼らが本当の解説をするのはいまをおいてほかにない。プロ野球OB、スポーツジャーナリスト、解説者が真にスポーツとしてのプロ野球の未来を構想するならば、そのあるべき姿が見つけれらないわけがない。
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