Sports Enthusiast_1

2004年09月10日(金) スト?勝手にやればー

プロ野球選手会とオーナーが対立している。日本のマスコミは選手会が「善」でオーナー側が「悪」となっている。もちろん、選手にも生活があるし、これまでの安易な球団経営に非がないとは言えない。だが、選手会を組合と考え、彼らの雇用を確保せよ、という論理はなじまない。一般企業の組合員のなかに、年収にして億を超える組合員はいない。プロ野球選手というエリート集団を一般組合員と同等に考えることは間違っている。
さて、いま現在、日本のプロ野球球団の多くは、スポンサー企業の宣伝費(換算)で運営されている。日本ではジャーナリズムは中立と考えられ、特別な企業の名を伏すのが慣例となっている。たとえば、いま問題になっている公共放送では、化学調味料の代名詞となっている「味の素」という商標名を番組中に使用しなかった。生活過程では、「ちょっと味の素を入れて…」なんてと言うころを、放送では、「化学調味料を小匙一杯」なんて言ったものだ。この論理に従えば、公共放送から大新聞に至るまで、ダイエー、近鉄、オリックス…と、企業名を無料で報道してくれるのだから、プロ野球球団を宣伝費換算すれば、十分黒字と考えられる。
だが、こうした「宣伝」の甲斐もなく、近鉄、オリックス、ダイエー等の本体の経営は思わしくない。これ以上、球団を維持できなくjなった。広告宣伝費を削る必要が生じたのだ。経営を見直すのは企業の使命であり、経費圧縮は当然の策だ。かりに赤字部門の存在により消費者が高い商品を買わされたり、株主が配当を得られないとするならば、企業(経営者)の責任が問われる。球団を手放すか、球団経営から撤退することは仕方がない。宣伝費の削減で売上を減らした広告代理店は数え切れないし、倒産したPR会社や契約を切られたデザイナー、AD、CD等の広告マンもいる。広告代理店には組合のないところも多いし、彼らの年収は概ね、一般勤労者程度だろう。大新聞やファンとやらは、彼らに同情の声を寄せたことがあるのか。一般生活者のリストラを無視して、年収億を超えるエリート達に同情を寄せるのか。そんな、おかしな「倫理観」は私の倫理基準からは遠い。
経営者にリストラの自由は許されないのか。一般企業ならば、組合員を含めた話し合いが行われるのが普通だろう。年収が1千万円に満たない勤労者が大半を占める一般企業の場合、不当な解雇は許されない。経営側、組合員側が痛みを分け合うことが普通だ。
近鉄の場合はどうか。オリックスとの合併という選択から1リーグ制の流れというのは、当コラムで書いたけれど、縮小均衡であり、最善策ではないけれど、現状の窮状を脱する手段である点では評価できる。
最悪なのは、合併はだめ、1リーグはだめ、苦しい近鉄とオリックスの合併もだめ、という無責任な現状維持の主張だ。球場に足を運んだこともない「庶民」とやらが、「ファンの声を無視するな」と、「被害者意識」を表に出し始めた。プロ野球を「市民」がのっとろうとしているかのようだ。
私は近鉄が球団を手放すことは、当然だと思う。いずれ、西武も手放すだろう。それは、東急、西鉄、南海、阪急…と電鉄系企業が球団経営する意味を失ったからだ、とすでに当コラムで書いた。電鉄系の業界団体・社団法人都市開発協会は、すでにその役割を終えたとして、2年前に解散している。それが時代(経済)の流れなのだ。
私は雇用確保から選手会がストをすることは、支持しない。「スト」の主張が、いままで球団から高い報酬をせしめてきた「勝組」の声だからだ。勝組が「実力で競争に勝ち抜いた」のならば、大リーグの門はいくらでも開いているのだから、解雇が予定されている選手達はそこで勝負をしたらいい。いまの選手会の選手達は、競争に敗れた無名の元選手たちを踏み台にして、レギュラーの地位を確保し、高い年俸を得てきたのだ。所属球団がなくなるなら、再び競争が始まるだけだ。それがプロの勝組の論理だろう。いまさら、競争はいやです、などという泣き言は聞きたくない。だから、選手会会長のF選手がテレビに出てきて、正義の味方づらして政治家みたいな応対をするのを見ると、いやな感じがしてしまう。
こいつらの年収はいったいいくらなんだ、組合?ジョーダンジャーネーや、スト?やりゃーいいじゃねーか、勝手にー、おれはどーせ、サッカー見るんだから。


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tram