Sports Enthusiast_1

2004年08月23日(月) 歪んだ「プライド」

書くまいと思っていたが、我慢できない。「プライドGP(グランプリ)」の地上波放送(15日の録画)をたまたま見て、怒りが再燃した。もちろん、小川直也のことだ。小川はこのイベントの準決勝でヒョードルに1分弱で負けた。しかも、負け方が「柔道王」にあるまじき、腕十字だった。「柔道王」が柔道技で秒殺されたのだ。
小川については、総合サイドから「一度、あちら側に行ったやつ」と揶揄されていた。「あちら側」とは言うまでもなく、プロレスリング(ショー)のことだ。小川はテレビタレント。「ハッスル」というアクションで、国民的人気者になった。知名度、露出度は申し分ない。だが、しょせん、「あちら側」で有名になったまで。総合格闘技の実力については、疑問視されていた。さもありなん、6月21日付の当コラムで書いたとおり、怪しげなマッチメークでここまで生き延びてきたが、15日の大会では実力どおり、1分もたなかった。
ここまでは仕方がない、プロなのだから。「プライド」が興行を成功させるために小川の人気を利用したことを非難できない。敗戦も仕方がない。一歩間違えば生死にかかわる大会に出たのだから、小川の負けを非難するつもりもない。
だが、負けた小川にマイクを持たせ、観客に「ハッスル」を強要する演出はひどい。見ていて悲しくなった。スポーツにおいて、敗者が勝者を差し置いて観客と一緒になって騒ぐなど、聞いたことがない。やっている小川の顔も歪んでいた。敗者は静かに去るべきだ。
プライドの主催者が、観客にとって「ハッスル」は「お約束」だと思うのならば、それこそ勘違いというものだ。「プライド」がそこまで大衆迎合路線をとるならば、裏切りだ。プライドは、プロレスを否定して「本物」を志向したのではなかったのか。だから、「プライド」は、本気の勝負を見たい人に対して、常に本物のコンテンツを提供する義務がある。
小川が注文どおり勝つのを見て喜びたい人、そして、「ハッスル」をやりたい人はプロレスに行けばいいのであって、本気を標榜する「プライド」の志向とそれを望むファンとは異質だ。
それはそれとして、将来小川は「プライド」に再び参戦することがあるのだろうか、それとも、「人気タレント」で終わるのだろうか――私の興味はそこにあるのだが。


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