Sports Enthusiast_1

2004年08月01日(日) アジアはいま・・・

しばらく日本を離れているうちに、アジア杯ベスト4が決まった。準々決勝の結果は、ウズベキスタン 2 - 2 バーレーン(成都)、PKでバーレーン。中国 ○3 - 0● イラク(北京)。日本 1 - 1 ヨルダン (重慶)、PKで日本。韓国 ●3 - 4○ イラン(済南)となり、▼バーレーン、▼中国、▼日本、▼イラン――の4ヵ国が勝ち残った。PK決着とは、大会を進めるための単なる手続きにすぎない、と言われる。準々決勝2試合が延長PK戦決着となったということは、この8チームの力の差はほとんどないことを示している。
準々決勝を全然チェックしていないので論評する資格はないが、報道によると、日本はヨルダンに相当苦しんだようだ。ヨルダンに辛勝とは、日本のアジアにおける地位を端的に表している。私は今回のアジア杯、日本は予選で敗退すると予想していたので、伏兵ヨルダンに敗けても驚かないし、日本がPK戦で上に進めたのは幸運だったと考えている。予選リーグのオマーン戦も内容的には似たようなもので、いま現在、日本とオマーンの力の差はほとんどない。
大会途中での総括とはおかしいが、アジア杯のここまでのところを振り返るならば、日本のアジアにおける実力は、ベスト10以内と結論づけられる。もちろん、勝負は時の運、サッカーの勝負はどう展開するかはわからないから、優勝もあるし、それ以下もある。結果はともかく、以前からくどいほど言ってきたように、日本サッカーの実力は、世界規模で見れば、60〜40位程度。30位以上に上がることはない。もっともサッカー市場という経済的指標を用いるならば、現在の20位前後というのは妥当だが。
さて、本来の「スポーツ」に戻って、いまの日本代表が抱える問題を挙げるならば、以下のとおりとなる。
まず、三都主について――私は以前から日本代表の核は三都主だと言ってきた。彼はこれまでの代表戦のほとんどでフル出場を果たしており、まさに、中心中の中心選手。しかも、一時期、左SBへのコンバートという不運に会いながら、このたびのシステム変更でサイドハーフへ復帰。その途端に日本代表の戦いぶりに勢いが戻ったものだから、私の三都主=チームの核という見方は当たっていたようにも見えた。が、実はそうではなかった。私の誤りとは、真剣勝負における〈チームの核〉と、試合における〈攻撃の核〉とを混同していたことだ。三都主は、〈攻撃の核〉ではあるが、〈チーム全体の核〉ではない。その理由は、外部の素人の私にはわからない。言葉(コミュニケーション)、人格、統率力…いろいろな表現があると思われるが、私には三都主がチームをまとめているようには見えていない。
では、チームの核は誰なのかと言えば、私見では、中村俊輔だ。俊輔中心の日本代表は、残念ながら、本来の戦い方をしていない。本大会における日本代表の特徴は、俊輔のサッカースタイルといかにも、共通していて、安定性に欠け偶発性に依存し、迫力に欠け技巧的であり、バランスを欠き個的である。だから、日本より組織や規律に優れるオマーン、レバノンに苦戦を強いられた一方、個人のスピードや技術に依存するタイには楽勝した。
つまり、小野、中田を欠いた日本代表にはチーム戦術を具現化する核が不在なのだ。この不在を「規律」という共通概念で克服できれば、もっとましな戦い方もできる。この不在感は、主に攻撃面に顕著だ。守備は、中沢、鈴木、宮本というベテランが彼らなりの共通意識をもって、なんとか安定性を保っているが、攻撃陣にはまるで、それが見られない。
日本が勝ち進んできた「結果」に満足するか、苦戦を強いられてきた「内容」を重視するかは、サッカー評論家のスタンスの問題ではない。日本がW杯に出場するためには、日本代表の中身を解析しなければいけない。ジーコ監督が最近口癖のように言っている「楽な相手などない」というのは、自己弁護のように私には聞こえる。
通過点にすぎないアジア相手に辛勝を重ねているということは、日本代表が抱える本質的な問題をいまだ解決していないことの結果だ。「ジーコ・ジャパン」は本大会、ベスト4でノルマ達成という結果を得たので、代表監督の更迭には至らなかった。が、しかし、ジーコ監督が秋のW杯1次予選、対オマーン戦までに、日本代表の本質的問題を解決できるとは思えない。中田、小野が代表に合流すれば、オマーンに勝てるという考え――個々の選手の力量に依存する足し算型発想のままだと、組織的なオマーンにやられる。オマーンは、Jリーグで言えば、市原によく似たチームだ。
「秋のマスカット」が「第二のドーハ」となる確率は、ますます高まってしまった。


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