日本人は五輪が大好きだ。国と国が争うことに特別な価値を認める。さらに、五輪にはアマチュア精神・純粋主義の誤解というか幻想が重なって、国民が五輪に対し、異常な関心を示す。サッカーでは、U23代表によるアジア予選が国民的関心を呼び、盛り上がった。 一方、五輪サッカーに対する関心は、欧州ではないに等しく、南米では最近やっと関心が出てきたといわれている。サッカー王国ブラジルは五輪で金メダルを獲ったことがないが、五輪チームの監督が非難されたことはない。ブラジルは今度のアテネ五輪に予選で負けて出場しない。 欧州が五輪に関心を示さない理由は、五輪開催が各国リーグの開催期間と重なっているためだ。主力選手が五輪なんかでリーグ戦を休まれたのではたまらん、というのが欧州クラブの本音だ。 このたび、日本の山本五輪チーム監督は、OA(オーバーエイジ)枠3人のうち、小野(MF)と高原(FW)を要望しているらしい。小野はオランダリーグのフェイエノールトが小野の離脱にOKを出さず、高原は病明けだ。山本監督が敢えて無理難題を吹っかけているように見えるのは、国民の期待が高いからだ。結果を残したいのだ。監督という立場上、それは仕方がない。だが、高原については、病気なのだから無理をするなと、また、小野については、クラブを大事にしろと言いたい。 たかが五輪、されど五輪かもしれないが、たとえば、1996年のアトランタ五輪を思い出してほしい。あのとき、日本五輪チームは、予選でブラジルを破るという大番狂わせを演じ、その勝利はいまなお「マイアミの奇跡」として語り継がれている。ブラジルを破ったことは快挙だし、選手は本当によくやったと思う。 さて、「奇跡のチーム」の主力選手のその後を見ると、「快挙」と呼んでいいものかどうか疑わしい面も否定できない。「奇跡組」を貶める気は毛頭ないが、たとえば、主力の一人だった前園は、Jリーグから海外移籍を果たしたもののレギュラーをとれず、日本に復帰後も活躍できなかった。いま韓国に渡ったが活躍の知らせを聞かない。奇跡の試合で決勝点を上げた伊東は、Jリーグでレギュラーの座にあるが、海外移籍の噂すらない。アトランタからW杯フランス大会日本代表として順調に成長した選手(川口GK、中田MF、城FW、服部MF…)もいる。フランス大会後、中田、城は海外移籍を果たしたものの、城はレギュラーになれなかった。「奇跡組」の多くはJリーグのレギュラーどまり。もちろん、Jリーグでレギュラーを維持することは大変なことなのだけれど、世界レベルという基準で考える限り、五輪での活躍がキャリアとして占める割合もしくは影響力はゼロに近い。はっきり言えば、五輪に出ても出なくても関係ないよ、というのが実態なのだ。 選手の五輪出場の希望はもちろん、大切だ。しかし、一般ビジネス(プロ集団という意味だが)の世界で考えてみるならば、個人の希望がかなえられないことの方が圧倒的に多い。いま置かれている職場を最優先することの方が当たり前なのであって、あそこに行きたいの、あっちの仕事をしてみたいの、というわがままは通らない。 小野はフェイエノールトに就職したのだから、そこの仕事が最優先なのであって、日本から「こっちを手伝え」という声がかかったとしても、行くべきでない。そんなことをしたら、サラリーマンなら職場放棄で解雇される。ましてや五輪=U23という制限つきの二流以下の大会だ。小野が活躍しても、小野の価値が上がることはない。「お国のために」と考えるのか、いま自分が契約している「クラブのために」と考えるのか――プロとして自分の価値を高めたいのならば、クラブの仕事を優先すべきなのだ。それがプロというものだ。 「五輪は特別」だとする考えが無条件でまかり通る国は、世界では、おそらく少数だろう。サッカーに限れば、「五輪、五輪」と大騒ぎをすることは、ばかげている。
|