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2004年05月11日(火) 盗塁王の車椅子

きょうは久々に野球中継を見た。読売vs阪神だ。阪神が勝ったようだが、今回のテーマは、試合内容についてではない。この試合を中継するTV局では、イニングの合間、選手のエピソードを流す。今回の登場者は、阪神の赤星選手だった。
赤星選手は、セリーグの盗塁王。スピードがあり、堅守・好走・巧打を売り物にする阪神のリードオフマンだが、その赤星選手は盗塁を決めると、足の不自由な人に、車椅子をプレゼントするという。プレゼントのきっかけは、足の不自由な人から盗塁をどんどん決めてくださいね、と励まされたからだという。足の不自由な(走ることができない)人から、盗塁(走る)の成功を励まされた赤星選手。スポーツ選手として、これほど名誉なことはない。選手冥利に尽きるだろう。それにこたえて、車椅子を送ることを決めた赤星選手。なんとも、心あたたまる話ではないか。
人間は、自分で自分の身体を制御することができない。病気や事故もあるし、どんなに練習をしても、普通の人間は世界記録を出すことも、世界のトップリーグで活躍することもできない。努力すら、その結果については限界がある。だから、人は最高のパフォーマンスを求めて、自らの限界の突破を優れたスポーツ選手に託す。プロスポーツ選手は、その意味で、選ばれた人間であり、その才能は巨額の報酬で報われる。
一方、優れたプロスポーツ選手がスポーツエリートとして認められるのは、自らの夢を託す人々が存在する故である。多くの人の支持がなければ、スポーツエリートという階級はない。このように、スポーツエリートと大衆は弁証法的関係にある。赤星選手(足が速い)は、自らの存在を足の不自由な人(足の否定)の激励を契機に自覚した。そして、「車椅子」によって、スポーツをする側と見る側の関係を止揚した。
プロスポーツ選手は、機会あるごとに、赤星選手のような社会貢献に励んでいただきたい。だれも売名行為とは思わない。スポーツエリートは、自分達が多くの人々の夢に支えられていることに少しでも報いてほしい。なかでも、不幸な境遇にある人の夢にこそこたえてほしい。選手はいいプレーをすることは義務だ。だから義務を果たせばいい、といのでは面白くない。経済的に恵まれているのならば、その分野でいくばくかの還元をしてもいい。それでこそプロフェッショナルであり、スポーツマスコミも選手の社会貢献を積極的に報道してほしい。
盗塁王の車椅子――そんな話をもっと聞きたい、知りたい。


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