Sports Enthusiast_1

2004年03月23日(火) ジーコの仕事

サッカー日本代表の数人の選手が、キャパクラ騒動でシンガポール戦のメンバーから外された。合宿から抜け出してキャパクラに出向くとは、プロのサッカー選手としてはいただけないが、処分を下したジーコ監督が、規律違反というから笑わせる。ジーコ監督が代表チームにとって大事な時期に、リオのカーニバルを見に帰国したことは有名な話だ。しかも、今回処分された大久保は、五輪代表として大事なUAE戦にちゃっかり出場しているのだから、話にならない。こんな処分など、だれも信用していない。相手がシンガポールだから楽勝だろう、逆風のなか、ここらで監督としての存在感を世の中に示したかったのか。ジーコはサッカーの監督よりも、政治家のほうが向いているようだ。
サッカーに求められる規律とは、サッカーの戦術上のものであって、相手と戦うための約束事であることはいうまでもない。規律に違反すれば試合を失うか、その確率が高まる。合宿中、選手が夜中にどこかに行って、健康管理を怠ることも、規律違反。あってはならないことだろう。サッカーはチームプレイだから、選手間のコミュニケーションは重要だし、勝手な行動は許されない。ならば、それに違反した選手全員に等しい処分を言い渡さなければ意味がない。
ところが、大久保を外してUAE戦に負ければ、ジーコの処分は意味がないどころか、大きな非難を浴びただろう。それが恐くて、大久保はフル代表とU23という違いを利用してUAE戦に出場させ、彼は大活躍して、日本をアテネに連れて行った。皮肉なものだ。
スポーツにダブルスタンダードがあることは間違っている。よくよく考えてみれば、今回のいい加減な処分のほうがキャパクラ事件よりも重大な問題をはらんでいる。処分された選手、処分されずに五輪(U23)に出た大久保(彼はフル代表からは外されたが)の相反した処置をどう説明するのか。こういう処分を、日本ではパフォーマンスと呼ぶ。処分された側には同情が、処分した側には、不信が集中する。
私は、キャパクラ事件の処分をシンガポール戦出場停止という形で示したジーコ監督の決断は間違っている、と思う。大久保をU23で出場させてしまったところで、ほかの選手も同じように出場機会を与えるべきだった。大久保を含め、全選手に同じ処罰をくだすべきだった。処罰の内容についてはわからない。たとえば、罰金とかボランティア活動とかが思い浮かぶ。特に後者はスポーツ選手という立場からして、また、規律違反に対する反省を表する意味からして、適っているように思う。
シンガポール戦、日本はおそらく、勝つだろう。でも、私はこの勝利を素直に喜ばないだろう。ジーコ監督の打つ手は矛盾が多すぎる。相手がシンガポールでなく強豪の韓国やイランだったら、今回の処分が下せたのか、W杯出場がかかった試合だったらどうなのか――そこに疑問が残るからだ。


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