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2004年02月25日(水) 監督を選んだ責任

ジーコ代表監督解任要求デモの後、川渕キャプテン(サッカー協会会長)は、自らジーコ氏を事情聴取する、とサポーターに約束したらしい。いまさら何を聞くのか知らないけれど、デモがいまの代表(監督)のあり方を見直すきっかけとなったことは確かだ。以前、私がこのコラムで提言したことを実行してくれたサポーターがいたのだ。もちろん、このコラムがきっかけでデモが実行されたわけではないけれど、同じ思いを抱く「同志」を発見できたことがうれしい。妥協や談合を排し、結果を求めることが日本サッカーを強くする――という原則が貫かれれば、その将来は明るい。換言すれば、日本サッカーを健全にするもしないも、川渕キャプテン次第ということになる。川渕氏よ、真剣に事情聴取をして、ジーコ氏の監督としての能力を見極めてほしい。
だがまてよ、ジーコ氏を監督に推したのは、川渕氏だった。だから、ジーコ解任は、川渕氏が自ら選んだ人物を自らきることになる。そんなことができるのか。
私は、再三再四、プロスポーツは結果を求めて成り立つ、と書いてきた。結果が出なければ、選手も監督も、第一線から退かなければいけない。その逆ならば、常人が一生かけても手にすることのできない大金を得ることができる。それが、プロスポーツマンの常道だ。ならば、プロスポーツを統括する協会のトップにも、この原則が貫かれるべきなのだ。となれば、ジーコ解任=川渕辞任が正しい結末だ。そこまでいかなくとも、川渕氏には、自分が選んだ監督を自分で解任し、次に選んだ監督で進退を賭けるという道もある。いずれにしても、いまのワンマン体制ならば、ワンマン川渕氏自身にも、結果がすべての原則が貫徹するというわけだ。
日本サッカー協会が、代表監督を技術委員会等の第三者機関の進言に基づいて選ぶようなシステムを構築しないのならば、協会会長のポストと監督の去就は常に一致することになる。代表同様、サッカー協会のあり方も問われている。


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