今朝のA新聞を読んだ人は多いと思う。スポーツ欄に、サッカー日本代表の今年一年、とりわけ、ジーコ監督をめぐる評価が、記者座談会形式で載っていた。それによると、ジーコ監督を評価する意見(をもつ記者)と、全く評価しない意見(をもつ記者)が、それぞれの記者の発言という形式で、両論併記されていた。 評価する意見とは、日本のサッカーマスコミがジーコ氏監督就任以来展開してきた論理、すなわち、選手の自主性、創造性を重視する指導方法が日本代表をワンランク上にステップアップさせるというもの。私はこの評価を、ジーコ氏監督就任以来ずっと、批判の対象としてきた。一方、ジーコ氏批判の論点を端的に言えば、選手にすべて「丸投げ」で、監督としての仕事をしていないというもの。こちらは私の主張にほぼ等しい。 なぜ、A新聞の記事を紹介したのかといえば、このコラムでしばらく前に書いたけれど、日本サッカー協会はA新聞と一体だからだ。もちろんその背景には、A新聞vsY新聞の「新聞戦争」がある。Y新聞は日本のプロサッカー(Jリーグが開始されて間もなくだが)をプロ野球の「巨人型」に再編しようと試みた。ところが、当時のチェアマン(いまのKキャプテン)に阻止された。プロ野球における巨人中心主義は、サッカーの地域密着理念に反する――というのがKチェアマン(当時)の主張であり、それを全面的に支持したのがY新聞と競争関係にあるA新聞だった。だから、A新聞は、サッカー協会がY新聞の圧力に抗するプレズンスというわけだ。A新聞がサッカー協会に与える影響というのは、尋常ではない。A新聞が「ノー」と書けば、おそらく、代表監督のクビが飛ぶ。そのA新聞がジーコ監督の評価を両論併記したということは、ジーコ氏のクビはまだ、半分つながっていることになる。まだ、半分もつながっているのか――というのが私の見方だが、それでも、一年かけてクビの半分が身体から離れたということは、大きな変化なのだ。つい1年前までは、A新聞はジーコ監督が前面に押し出した自主性・創造性を礼賛・讃美していたからだ。そのときの新聞記事などもちろん手元にないけれど、私の記憶によれば、A新聞は、ジーコ氏の指導理念が日本代表をトルシエ時代から全く新しい地平に飛躍させる――というような意味のことを書いたのだ。換言すれば、トルシエ=組織=強制的=子ども扱い、ジーコ=自主性=自由で創造的=大人扱い――となる。この図式がいまだに、日本サッカ―界を呪縛している。 だが、A新聞は、少なくともほぼ1年近くの学習期間を経て、ジーコ氏の指導理念の半分を疑うに至った。しかし、残り半分、「ジーコ信仰」を捨てきれていない。この分で行けば、残り半分を疑うまで、あと1年はかかる。A新聞がジーコ監督のクビを切るのは、2004年の暮れということか(笑)。あと1年、「神様」を信じるというわけだ。ま、それはそれで仕方がない。 ただ、ジーコ擁護もしくはジーコ讃美の論拠が、「やるのは選手なのだから」というのであれば、これほど残念なことはない。スポーツにおける指導者無用論、監督不要論など成立の仕様がないではないか。選手も監督も必要なのだ。 日韓W杯後、韓国チームを率いてベスト4に導いたヒディング氏が、韓国国民から多大な尊敬を集めた。韓国国民は、選手はもちろん、選手と同じくらい、いや選手以上にヒディング監督を評価した。ヒディング監督の指導なくして、韓国代表のベスト4はなかったと確信しているが故だ。このことは、韓国国民のスポーツ理解の方が、スポーツの本質を見抜いているという一点において、日本国民よりも上質であることを意味している。日本人は、W杯ベスト16の成果を、中田・稲本・鈴木・・・(の活躍)という個々の選手に還元してしまった。日本人選手もついに、世界レベルに達したと。この錯覚とジーコ氏の「日本サッカー大人論」は微妙に影響し合いつつ、「やるのは選手だ」という日本人のサッカー観をつくりあげている。「大人」という表現は、日韓W杯出場の日本代表が「トルシエ・チルドレン」と呼ばれたことに起因する。ジーコ氏は、前代表監督をことあるごとに批判してきた。ついでに、「チルドレン」を逆手に取って・・・というわけだ。日本のサッカー関係者、マスコミ、そしてサポーターは、ジーコ氏のトルシエ批判に酔い、そこから大きな勘違いが始まり、それがいまのいままで続いている。 この一年間、サッカー日本代表をめぐる評価については、深く長い迷路に喩えて余りある。
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