| 2003年12月11日(木) |
代表チームづくりの理想 |
ある新聞報道によると、昨年の日韓W杯開催が決まったとき、韓国は代表メンバーによる、かなり長期の合宿を実施したらしい。実施時期、期間、参加メンバー数等の詳細は不明。ただ、「おや」と思ったのは、参加選手がリーグ戦を免除されたという箇所だった。リーグ戦免除ということは、欧州・南米ではまず、考えられない。かりに、レアルマドリードのラウルが代表合宿でリーグ戦を休んだら、マドリードで暴動が起こるだろう。 日本は韓国とともにW杯の共同開催国だったが、韓国のような方式をとらなかった。トルシエは、グローバルスタンダードに従い、リーグ戦で活躍した選手を代表に選ぶと選手に伝えた。代表候補は代表メンバーに選ばれることを励みにして、Jリーグで戦った。 結果については、韓国がベスト4、日本はベスト16にとどまった。韓国が長期合宿を実施しチーム力を高めたのは、韓国の国内事情や、北との対抗上そのような代表チームづくりの伝統があったからだ。冷戦時代、韓国代表選手は、あらゆる特権を与えられた一方で、北に勝つことを義務づけられていた。 日韓大会で韓国チームがイタリア、スペインといった欧州の強豪を破ったのは、特殊なチームづくりの成果といえる。開催国には予選がないため、エリート集団を純粋培養するかのような代表チームをつくれないことはない。 韓国ほどではないが、日本にも代表を頂点に戴くサッカー風土がある。代表戦ならば親善試合でも数万人を集めるが、スペインでクラシコと呼ばれるようなクラブの対抗戦で盛り上がることはない。同じ都市におけるダービーマッチも、それほどではない。 一方の南米には、リベルタドーレス杯が権威をもっていて、欧州のナンバーワンクラブと戦うトヨタカップへの関心は高い。今年、ブラジルのサントスは、リベルタドーレスの予選を優先して、コンフェデ杯への選手参加を拒んだ。 では、欧州、南米がW杯に関心がないのかといえば、そんなことはない。ただ、韓国や日本のように、代表に一元化されていないだけだ。日韓が1つの中心しか持たない円ならば、欧州・南米はクラブと代表の2つの焦点によって描かれる楕円のようなものだ。どちらも重要であるが、一方に偏ることがない。楕円はそれなりに、美しい図形である。 しかも、代表戦という一方の焦点にたったときでさえ、代表戦ならなんでもいい、というわけではない。先述したように、コンフェデ杯程度では、クラブ上位が揺らぐことがない。 私は、サッカーにおいて、日韓のように代表チームがサポーターに偏愛される傾向を望まない。日本サッカーが楕円構造に早く、近づくことを願っている。だから、代表選手は流動的であってかまわない。固定メンバーによる韓国方式は、おそらく、サッカーの底上げや地域密着の理想の妨げになる。また、予選を通じて世界の代表が覇を競うW杯のあり方からして、反則とはいわないが、韓国方式は世界で通用しなくなっている。クラブは、リーグ戦中に中心選手を抜かれたらたまらない。 ドイツは06年の開催国だが、ブンデスリーガや欧州各国にちらばったドイツ人選手をリーグ開催中に呼び集めることはないだろう。そんなことをしなくても、ドイツはホームの利で優勝するチャンスが十二分にある。リーグ戦も楽しみ、代表戦も楽しむ−−そういうサッカー観戦に彼らは慣れている。 代表チームが世界の頂点に上り詰めるよりも、地域の代表が世界を制覇するという構図の方が、欧州の王朝の歴史にかなっているようにも見える。たとえば、ハプスブルク帝国を築いたハプスブルク家は、ドイツ(スイス)の寒村の豪族の1つにすぎなかった。さらに遡って、神聖ローマ帝国のオットー一世もフランク族の一豪族にすぎなかった。そう考えれば、近代国家の「代表」は、クラブよりも歴史がないのである。
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