| 2003年12月01日(月) |
チェアマンってこの程度なの? |
Jリーグは、後期も横浜が制して完全優勝。この結果について、Jリーグの鈴木昌チェアマンは29日、こんなコメントを出したらしい。 「昨年の磐田に続く横浜Mの前後期完全優勝で、年間王者を決めるチャンピオンシップが2年連続でなくなったことを受け「(チャンピオンシップの)スポンサーに申し訳ない。見直しということも出てくるかもしれない」 あれれれ。現行の2ステージ制の改革は当然だが、それは日本サッカーの技術向上、選手育成、ファンによりエキサイティングなリーグ戦を提供するため、ということが理由だろうが。冠イベントを買ってくれるスポンサーのためではないだろうが。 鈴木チェアマンの頭の中には、サッカーというスポーツの本質が欠落している、自分たちが、愚かでお粗末な「チャンピオンシップ」なる冠イベントをスポンサーに売りつけていたことの反省の「は」の字もない。 チャンピオンシップの見直しについては、私はこのコラムで何度も書いてきた。前後期制度では、真のチャンピオンがどこだかわからない。選手、スタッフが真からしびれる優勝決定戦を体験するためには、長い年間の戦いを必要とする。最終節まで1位をキープしたチームが、最後の試合で下位チームの守備的戦いでゴールを割れずに順位を逆転される・・・といった場景を想像するだけで楽しいではないか。1シーズン制度にすれば、年間順位などというややこしい断りに煩わされないで、優勝と降格が一気に決定するのである。リーグ戦は誠にスリリングなものとなろう。 市原のオシム監督は、サッカーを人生に喩えることが多いという。オシム監督のコメントは「オシム語録」と呼ばれ、選手ばかりか、それを読む者に人生について考えさせないことがない。 長いリーグ戦の結末に、選手はまさに己の人生を読み取るだろう、サポーターは己の人生を重ね合わせ、あるいは、これから先の己の人生を予感することだろう。それがサッカーである。あの広いようで狭い、いや狭いようで広いゴールに、その何百分の一にも満たない直径の球形の物体を入れることが、かくも難しいものなのかと。人はその瞬間を待ち、裏切られ、ついには、待ちに待った至福のときを経験する。勝者がいる以上、敗者がいる。そこに落胆があり怒りがある。また、負けてはいないにもかかわらず、勝点という魔物に憑かれて割り切れない思いで地獄に落ちることもある。それを乗り越えるために、選手は血を吐くような練習を重ね、サポーターは我を忘れて応援する。 いまのJリーグチェアマンには、スポーツのこの愚直さがわかっていない。彼の頭の中には、チャンピオンシップが売れなくて、リーグはいくら損したんだろうと叩いた電卓の液晶数字がちらついている。だからこんな愚かなコメントしか出せないのだ。 チェアマンがいえないのなら、私が代わりにいってあげよう。 「自分達はスポーツ関係者でありながら、前後期制度などをでっちあげ、それを冠イベントとして売っておりました。結果、真のスポーツのあり方を歪曲し、サッカー技術の向上を怠ってまいりました。ここ2年間の磐田、横浜の2つのクラブの真摯な取組により、自分達がこれまで行ってきた前後期制度が意味のない、スポーツの発展を阻害する制度であったことを知りました。つきましては、クラブ、選手、サポーター各位に謝罪し、前後期制度を速やかに撤廃いたします」(Jリーグチェアマン/鈴木昌)
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