報道によると、ニューヨークのスポーツジャーナリズムは、さっそくワールドシリーズの敗因分析を始めたらしい。まず手始めに、ヤンキ―スの選手の中で、「必要な選手」「必要でない選手」を分別しているという。「必要でない」とはいわば、戦犯のことだ。一生懸命やっても結果を出せなければ責任をとれ――これがニューヨークの作法のようだ。 日本では戦う前に指揮官が辞任を発表して、しかも、負けても、「夢をありがとう」。日米の勝負の認識の違いの大きさに驚くばかりだ。 さて、負けても英雄の星野采配を冷静に分析すれば、シリーズの敗因は、伊良部投手の起用法に尽きる。結果論と言われるかもしれないが、第ニ戦目が終わった段階で、伊良部投手が調子を落としており、このシリーズでは使えないと判断すべきだった。つまり、選手の調子を見誤ったのであり、これは監督、ピッチングコーチの責任である。きのう書いたように、レッドソックスのグレディ・リトル監督はマルチネスの交代時期を誤った責任を問われ、解任された。星野監督が大リーグで指揮をとっていたとしたら、第6戦、不調の伊良部投手を先発させた責任を問われ、病気が理由ではなく、采配ミスで解任もしくは辞任に追い込まれただろう。 確かに星野監督は、就任2年目で下位チームをリーグ優勝させたのだから、「名将」とマスコミがいうことを否定しない。そこまでの実績は評価しよう。だが、日本シリーズを見るかぎり、短期決戦の経験に乏しく、相手に簡単にサインや癖を盗まれるという点で、監督としての才能は高くないように私には思える。 選手をやる気にさせて、闘志を掻き立てるというところは、星野監督は日本の古い体育会系の指導者に属するようだが、野球センス、情報分析などの面でかなり劣るように思える。ペナントレースでは、適正な補強と若手の台頭で優勝したものの、監督采配が勝敗を左右する日本シリーズのような戦いでは、いい結果を残すことが難しい。星野監督が日本シリーズで優勝していないという事実は、けして偶然ではない。
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