松井のWシリーズにおける日本人初ホームランが話題だ。私は打ったカウントが0−3であることに驚いた。打たれたレッドマン投手も、「あのカウントでホームランを打たれたことはない」とコメントしていた。報道によると、松井が打ったのは監督のサインだったという。 私はペナントレース、ポストシーズンを問わず、大リーグの試合で0−3から打者が打つ場面を見たことがない。だから、私は松井のホームランまで、大リーグでは0−3から打者が打つことはないと思い込んでいた。初回ノーアウト、塁上に2人、カウント0−3。ここで「打て」のサインが大リーグで出たことは、私には信じがたかった。このサインはすべてのセオリーを無視したものであり、しかも、「0−3から打者は打たない」という大リーグのタブーを破った、まさに賭けのようなものに思えた。奇策中の奇策でなくて、なんであろう。 ヤンキ―スは一戦目黒星。ホームの二戦目、どうしてもほしかった勝利という見方もできるが、仮に松井が打ち損じたとしたら、彼が大リーガーとして失うものは大きかったと思うとぞっとする。だが、松井は賭けに勝った。松井の運は、タブーを破ったことなど吹き飛ばす評価となって返ってきた。 はたして、この結果を喜ぶべきなのだろうか。松井を偉大な打者と賞賛できるのだろうか。私の思いは「ノー」である。松井はポストシーズン、好調を維持していた。大博打を打つ必要などない。ホームランはあくまで「結果オーライ」。松井の実力なら、こんな不規則なホームランはいらない。 繰り返しになるが、スポーツの感動は戦うもの同士、お互い同じ条件で戦ってこそ生まれる、というのが私の主張だ。この尺度からすると、0−3からのホームランは感動に値しない。0−3から打たない、という投手の信頼を裏切ったからだ。もう、終わってしまったことは仕方がない。だからこの際、私はWシリーズ中、正当な条件の下で松井がホームランを打つことを期待している。博打に勝つのでなく、スポーツとしてのホームランを望んでいる。松井が通常のカウントでホームランを打つことができて初めて彼を一流の打者と呼べる。それができなければ、松井は大リーグの「お客様」であり、「色物」「際物」としての存在でしかない。 なお、一般の大リーガーたちがこの「ホームラン」をどう評価しているのかが知りたい。
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