| 2003年10月15日(水) |
2億円は浄財の無駄遣い |
ジーコ氏の年俸はおよそ、2億円らしい。高すぎる。素人監督にそんな大金を出す国はない。サッカー協会は、自分達が稼いだ金をどのように使おうと勝手だろうと思っているのかもしれないが、その言い分は間違っている。日本代表やJリーグの繁栄は、選手とサポーターが築いたものである。スポンサー収入や放映料収入だって、選手ががんばりサポーターが支えた間接的な成果である。協会の収入は浄財であり、サッカー協会はそうした公益性ゆえに公益法人として、当局から認可されている。 私は、ジーコ氏の代表監督就任決定以来、この監督人事に反対してきた。反対の根拠は、ジーコ氏のトルシエ前監督批判が的外れなこと、ジーコ氏が掲げる個人、創造性といった言葉が、虚妄に過ぎないこと――などであった。その根拠はいまも変わらないし、間違っていないと思っている。ジーコ氏が嫌いなわけではない。ジーコ氏という監督には不向きな天才を、ブランドとしてもてあそぶサッカー協会の体質がいやだったのである。2億円は大金である。浄財から大金を支払って、人々の夢を裏切っているいまの協会のあり方が、気に入らないのである。 W杯以降の日本代表をどう評価するか――それがジーコ監督評価のすべてである。正式な評価の対象はいまのところ、コンフェデレーションカップ以外ない。残りの国際試合は、Aマッチであっても親善試合=テストマッチだから、とりあえず勝敗はどうでもいい。コンフェデについては先述したことなので詳細を割愛するが、結論だけを言えば、ベストメンバーの日本代表はフランスの三軍、コロンビアの二軍に負けた。内容としては、選手起用、大会の乗り切り方など、ジーコ体制がまったくの素人集団であることが明確になった。 その後から今日に至るまで行われたテストマッチの数試合においても、選手選考・選手起用、チーム戦術等に工夫が見られなかった。それをもって、ジーコ氏が代表監督として、不適格であることを確信した。それがジーコ氏の評価すべてである。 それだけではない。サッカーの勝負というスポーツの現場の外に、「ジーコ批判」を封じ込めようとする圧力の存在がある。日本代表を管理する協会に、正常な判断力が働いていないことが大いに気になっている。 テストマッチ(スポンサー付き代表試合)でお金を稼ぐのも結構だけれど、繰り返すが、スポーツのイベント化であって健全ではない。 このまま不適格な監督のもと、日本代表を弱体化させれば、せっかく高まった日本サッカーの人気を奪いかねない。やっとJリーグ各チームが優れた指導者のもと、熱戦を繰り広げ、関係者の努力により地元に密着してきたところなのである。日本サッカー界は、その頂点にある代表の舵取りをいま誤れば、草の根の努力が水泡に帰する断崖にあるようなものなのである。 さて、この危機を乗り切るには、2つの潮流を必要としている。1つは専門家による分析的な批評の活性化である。軽薄で扇情的で幼稚な「スポーツマスコミ」のレベルを越えた専門的視点を持った多数のサッカー批評家が活発に日本代表について議論をしていただきたい。 もう1つは、サポーターの具体的な直接行動である。いまの日本代表の戦い振りにサポーターが満足しているのなら仕方ないが、不満度が高いならば、おもしろくない試合を見た後は、ブーイングで抵抗するしかない。サポーターが声を上げなければ、何事も変わらない。 この2つの潮流は、なにもジーコ氏を辞めさせるためにあるのではない。だれが監督をやろうが、だれが代表選手であろうが、健全な批判精神のないところに、健全なプレッシャーのないところに、名選手も名監督も育たないのである。
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