| 2003年10月13日(月) |
中田の怒りと藤田の嘆き |
前のコラムで、ルーマニア戦後の中田のインタビューの一部を紹介したが、もう少し詳しく彼のコメントをみてみよう。中田は、「だれがパスをして、だれがゴールを決めたかは、問題ではない」、とはき捨てるように答えたという。マスコミの見出しは、「中田、怒る」だった。 一般に、中田の言葉は、「もう少し頑張れば、あと2、3点は取れた」というところに集約されている。「このチームは声を出さなすぎる」「コミュニケーションがない」「試合中、自分は怒鳴りまくっていた」などと続いているところから、中田がチームメイトの不甲斐なさを叱咤した、と解釈することは誠に自然である。サポーターの間では、「声が出ないのは俊輔だろう」などというジョークまでが、ウェブサイトに登場したくらいだ。 中田がかつてのセレソン主将、磐田でもプレイした闘将・ドゥンガのように、チームメイトを叱咤しミスした選手をどなりチームを鼓舞したことは、クールな個性が売り物だった青年・中田を知る世代にとって、驚きであり発見である。 だが、中田が「ドゥンガ」であることは、もちろん、似合わない。私なりに中田のメッセージを解読するならば、やはり、前に書いたとおり、「監督批判」に尽きる。 中田は、個人技で自分が絶妙のパスを出し、それを個人技で柳沢が決めたというサッカーのあり方を否定したかった。中田・柳沢は二人ともセリエAでプレイする、優秀な個人である。しかし、中田は、予測される日本のメディアの「見出し」――二人の優れた個人の創造性が得点を上げた――を、なによりもまっさきに、否定しなければならなかった。彼は、少なくとも、浅いディフェンスラインを引くルーマニアの陣形を見て、チーム戦術としてその裏をつく作戦が功をそうした、と強調したかったのだ。ルーマニアの浅いDFラインは、日本代表を甘く見た陣形である。「お前らに裏を取られっこないさ」、という挑発である。それが中田の闘志に火をつけたのだと思う。しかし、中田の闘志に呼応するチームメイトはいなかった。それが、中田の怒りの本質である、と私は解釈している。 当然、相手の浅いDFラインを見れば、ベンチの指示もそこに行きつくはずである。前にいるFWの柳沢・高原、あるいは左サイドの俊輔が中田のパスを予測してサイドに開くか、相手GKとDFラインのスペースに走りこむことが鉄則である。しかるに、チームとして、その形を追求する姿勢がみられなかったのだ。あの柳沢の得点シーンをのぞいて。 たとえば、俊輔は中田と同じように、自分がパッサーであろうとする。高原はゴール前でロビングボールや足もとのパスを待っている。前に位置する4人の意志はバラバラというわけだ。中盤もしかり。ボランチの稲本、小野には、中盤を追い越して前やサイドに出る意志も意欲もない。左右のサイドバックにも中田のスルーパスに反応するスピードがない。いくら中田が優秀なパッサーであっても、それを受けようとする選手がいなければ、得点に結びつかない。 チームとしてのまとまりを欠いていたのでは、いくら試合を重ねても、チーム力があがらない。規律とか組織とか約束とか戦術とか、いろいろな表現があるけれど、要は一つ。チームとして、相手の戦術にどう対応していくかという意思統一の有無なのだ。 それを裏付けるコメントがある。ジーコジャパンで初めて代表に選ばれた藤田は、ルーマニア戦のあと、「代表は、チームになっていないね」とコメントした。藤田は、ジーコ監督が、小野、中田、俊輔、稲本のいわゆる「海外組」に絶大な信頼を寄せ、それ以外の選択肢をもたないことを嘆いてみせた。「このチームでは、控え選手がモチベーションを維持することは難しい、特に若い選手は・・・」と続けた。いまどきのサッカーが、「固定メンバー」で乗り切れる時代でないことは、リーグの監督を経験したものならば、容易に理解できることだが、その経験すらない「神様」は、1つの選択肢に固執したまま、無駄な時を過ごしている。目先の1勝にこだわり、近い将来にやってくるかもしれない危機管理を怠っている。 中田がプレイングマネジャーの役割を荷わされ、ピッチにいる人間が一番試合の状況を理解できているのだから、彼が指示を出すのがいい、と言われたのでは、彼が全責任を負わされたようなものだ。それを中田1人に求めるのは酷である。1人の選手がピッチのすべてを把握することはできない。選手は個々の目で。自分の役割のなかで試合をみているにすぎない。一選手に俯瞰のアングルを求めることは不可能なのだ。中田は、トップ下として、自分のスルーパスに反応するようにまわりに求めているにすぎない。彼がボランチと最終ラインの位置関係の誤差を修正できるわけがない。SBが上がる時間帯を決定できるわけではない。 監督の指導力不在が続けば、中田の怒りは、そして藤田の嘆きは、これからも、おさまることはなかろう。
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