Sports Enthusiast_1

2003年09月30日(火) 寓話

馬を町に売りに行った親子の話。親子が町まで馬を引いていると、それを見た人が、「馬に乗らないで二人とも歩いているなんて、なんとまぁ、愚かな親子だこと」といった。それを聞いた親子は、「それもそうだ、お前、馬に乗りなさい」と子を乗せた。しばらくして、それを見た人が、「親を歩かせて子供が馬に乗るなんて、なんて薄情な子供だろう」といった。それを聞いた親子は、こんどは子供を下ろして、親が馬に乗った。しばらくすると、ある人が、「親が馬に乗って、小さな子供を歩かせるなんて、なんてひどい親だろう」といった。それを聞いた親子はどうしたらいいのかわからなくなって、親子で馬を担いで町までいった。それを見た町の人はみな、大声でこの親子を笑った・・・
こんな話があったと思う。教訓を引き出すまでもない。他人の声に耳を傾けるのもいいが、自分のポリシーがないということが、最も愚かな結果を招く。このことは、どこの世界にも共通している。
「代表はその時点で最高の選手」「固定メンバーの熟成」「新戦力のテスト」・・・代表戦(国際親善マッチ)を終えるごとに、代表選考の基準が変わっていく。もちろん時の経過とともに、試合の位置付けは変わる。だから、方針が変わることはおおいにあり得る。けれども、最終目標から逆算して規定された「現在」があるのであって、それを普通、スケジュールとか計画という。一般に、最終目標に近づくに従って、理想形に近づくものだ。画家が絵を描くときも、デッサンがあり下塗りがあり、仕上げがある。その逆はあり得ない。ジーコ画伯は仕上げをした後に、血迷って、デッサンを描こうとする。絵は永遠に完成しないし、見るに耐えない。
日本代表の欧州遠征の参加メンバーが発表された。それについては前述したので繰り返さない。しかし、「なんで○○なの?、なんで××なの」という代表選手が少なくとも3人にとどまらない。
先日の名古屋vs東京Vを見た人は、名古屋の右サイドのKが東京Vの左サイドのMより上回った動き(スピード、突破力)をみせたことを記憶している。Mに守備の意識はないに等しいし、突破力、スピードに往年の力はない。クロスボールの精度も低い。もちろん、Mはいい選手であり、東京V躍進の中心選手の一人ではあるが、これからW杯予選、本戦で上向きの力を発揮することを期待する人材ではない。スポーツ選手にも、旬というものがあるのだ。それだけではない。代表に選ぶ基準が、現代サッカーのあり方と相反しているように思える。いまの日本代表が世界で通用するためには、運動量・スピード・守備力が不可欠であることは前に書いた。テクニックではないのだ。余談だが、とことこと右サイドを上がっていく浦和のYなど、私の代表基準から最も遠い。
ところで、W杯予選開始までに行われる海外遠征は、今回の欧州遠征が最後だという。ということは、カップ戦を終えたメンバーが合流する、遠征2戦目のルーマニア戦が重要試合という位置付けになるのだろうか。ルーマニア戦の結果次第で、ジーコ監督の去就も決まるということになるのだろうか。
私はルーマニア戦に勝っても、いまの代表監督は更迭すべきだと思うが、それにしても、ルーマニア戦が楽しみである。


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