| 2003年09月23日(火) |
オシムを日本代表監督に |
浦和vs市原。前半の市原のサッカーは素晴らしかった。美しいとも言える。それぞれの選手が一つの意志となり、相手にプレスを与える。自陣ゴールまで戻って守ったかと思えば、反転して猛スピードで相手ゴールに向かう。市原の動きは、まるで有機体の細胞分裂のようだ。ワンタッチでの早いボール回し、オープンスペースへの走り込み、GKとDFラインの間への早いクロス、相手の裏を狙うスルーパス、ロングボール、自陣からのカウンター攻撃もあれば、中盤で相手のゴールを奪い、ゴールに向かうこともある。市原の攻撃の基盤は、そして市原の最大の魅力は、中盤でのポゼッションに競り勝つ強いプレスだ。勝負は時の運、勝つことも負けることもあるけれど、市原が目指すサッカースタイルが、現代サッカーの主流だろう。 実況アナ氏の解説によると、市原では、先発メンバーは前日までわからないという。練習においても、コンビネーションの相手はいつも、変わるという。選手はいかなる状況においても、自分の最大の力が発揮できるよう訓練されている。全選手がいつでも試合に出られるよう準備している。長いリーグ戦、常にベストメンバーが組めるわけがないし、選手が競争意識を失わないためだ。 市原が目指すサッカーと正反対なのが「ジーコジャパン」。ジーコ監督は固定メンバーにこだわり、固定メンバーの「熟成」を力説する。「黄金の中盤」はワンタッチの早いボール回しというイメージがない。試合を通じて相手にプレスをかける体力、気力を持った選手を代表に選んでいない。二列目、三列目からの飛び出し、走りこみという、直線的攻撃パターンを見たことがない。 合宿でスピードある攻撃パターンを練習しなければ、試合でできるわけがない。監督が選手に求めなければ、選手が試合で実践できるわけがない。 日本代表は決定力がないといわれるが、チームとして得点するプロセスができていないからであって、選手のシュートが下手だからではない。 もちろん、日本代表が得点をとる練習をしていないはずがない。肝心なのは、サッカーには相手があるということだ。「ジーコジャパン」は相手の陣形、相手の弱点をついて、いかなる攻撃を選択すべきかの形を持っていない。 攻撃を選択する頭脳(ビジョン)は、スピードと運動量によって、表現される。いまの日本選手のレベルで世界の強豪に勝つためには、相手を上回るスピードと運動量を必要としている。この2つを搾り出すのが精神力。人間は意志をもたなければ、身体をコントロールできない。サッカーでは、テクニックに依存していたのでは、不振に陥った時、そこから脱け出せない。早くも始まった、06年W杯南米予選、強豪アルゼンチンとアウエーで戦い、0−2からドローに持ち込んだチリの戦い振りを見ただろうか。精神力とは、相手とやりあったり、激しいファウルをすることではない。戦いに勝つという強い意志――チームとして統一したビジョンの下に、それを運動に変換した時、奇跡が起きる。 不調の日本代表が活路を開くには、とにかく、汗をかくことだ。チームにスピードと運動量と戦う意志が戻れば、チームの再建が可能となる。オシムが日本代表監督になれば、そのことはすぐ実現する。
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