| 2003年07月07日(月) |
花屋敷から東京ディズニーランドへ |
というのは、キックボクシングの強豪・武田公三がK1に初出場したときの言葉だ。地味でテレビ放送もない日本のキックボクサーが、芸能人を中心に人気があるK1のリングに登場するということは、それなりに勇気がいることだったのだろう。テレビ放送、満員のアリーナ、光や音楽を使った会場演出、リングサイドにはたくさんの芸能人。K1の舞台はまさにTDLのような華やかさをもっている。 初出場の武田はそのとき、決勝まで進んだが、結局魔裟斗に破れた。 そして、そのリベンジ戦ともいうべきK1世界王者決定戦(7.5)に臨んだものの、初戦にラドウイックにKOで敗れ去った。魔裟斗は決勝で現チャンピオン・クラウスをKOでくだし、世界王者になった。 武田の敗因は何だったのか。さっそく格闘技経験者の何人かに聞いてみた。3分3ラウンド制、肘が使えないことなどのK1ルールにキックボクサーがなれていないといった、レギュレーション上の理由を挙げた者もいたが、ほぼ、全員の一致した見解は年齢であった。このトーナメントに参加した選手の年齢はみな20代前半。30代は武田ただ一人だった。ムエタイ代表としてタイ人選手もKO負けをしているから、肘が使えず、3分3ラウンド制というルールは、K1常連選手に比べれば確かに不慣れなのかもしれない。ムエタイは1ラウンド5分と長い。しかし、前回武田はこの不利なレギュレーションで決勝まで進んでいるから、敗因はコンディション調整の失敗か年齢ということになる。コンディションについては外部の人間にはわからない。たとえそうであったとしても、プロの格闘家がそれを理由に挙げることはない。年齢ということになれば、やはり、瞬間の反応の鈍化なのだろうか。自分の意識では避けているはずの相手のパンチが当たってしまう。あるいは、相手のパンチが見えない。そのどちらかになる。スロービデオで見た限りでは、武田は相手のパンチを避けていなかったので、返しが見えなかったことになる。 さて、このK1の試合の中でKO勝ちはすべてパンチ。判定の有効打もパンチであった。むろん、相手の動きを止めるローキックは見られたが、パンチ優勢である。これはK1のルールが肘を禁止し、かつ、クビ相撲からの攻撃を1回しか認めないためだ。ハイキックはよほど実力差がない限り決まらないとなれば、K1の格闘技としての魅力は薄くなった。とくにスピードのあるミドルクラスになると、ボクシングと選ぶところがない。ならば。K1よりレベルの高い国際式ボクシングの方がおもしろい。 応援していた武田が負けたから言うわけではないが、ミドルクラスになれば、K1は中途半端な格闘技である。ディズニーランドには違いないが、ジム特有の汗くささが伝わってこない。
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