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2003年06月25日(水) 監督レオンの復活−これが実力(その3)−

コンフェデ杯といえば、前回大会に出場したブラジル代表チームの監督はエメルソン・レオン氏だった。レオン氏はJリーグの清水、東京ヴェルディの監督として日本にもいた。そのレオン氏は、当時、調子の上がらないブラジル代表の責任をとって辞任したルシェンブルゴ氏に代わって代表監督に就任し、コンフェデ杯に臨んだのだものの結果を出せず、スコラリ(フェリッペ)氏に代表監督の座を譲った。
やがて時は巡り、レオン氏はブラジルリーグの名門サントスを復活させ、先のコパ・リベルタドトーレス決勝まで進んだ。
この間のレオン氏の展開は、ドラマのようだ。彼はサントスで若く才能あふれるディエゴとロビーニョを育てながら、低迷する名門クラブを再生、コパ・リベルタドーレスへの出場を果たす。おりもおり、コンフェデ杯とコパ・リベルダトーレスの開催が重なった6月、レオン氏はディエゴとロビーニョの代表貸出(招集)を拒否、万全を期してコパ・リベルダトーレスに。そして、アルゼンチンのボカジュニアーズとのファイナルに臨む。
一方のブラジル代表は、自国リーグ、海外組の代表不参加により満足なチーム編成ができず、コンフェデ杯予選敗退という結果に終わった。
レオン氏の復活のスケールは大きい。コパ・リベルダトーレスを楯に代表を袖にしたのだ。だからといって、レオン氏の対応を非難するブラジル・メディアは不在のようだ。コンフェデ杯よりもコパ・リベルタドーレス。それが、南米のサッカーカルチャー。
さて、日本のスポーツマスコミは、日本代表のコンフェデ杯予選敗退をどう評価したのだろうか。私をはっとさせるような論評は散見の限り見あたらないが、概ね「ジーコジャパン」に好意的と言える。スポーツマスコミの評価をまとめると、「ジーコジャパンの方向性が見えた」という表現に集約できる。日本代表は、ジーコ監督の適切な指導によりラテン(南米)的なつなぐサッカー、すなわち、自由にパスをまわし、組織や約束事にとらわれない創造性あふれるチームを目指しており、それがジーコ氏の神通力で短期間に浸透。「トルシエジャパン」が目指した組織的で規律を重視した代表チームに比べてスケールが大きく、おおいに期待できる、と。
スポーツ界にとどまらず、日本人が確信している南米=ラテン=自由奔放=創造的、個性的…という認識は、私には錯覚のように思える。「ラテン」とはいうまでもなく、ローマのことだが、ローマは古代帝国の中で最も組織的な帝国の1つだ。ローマの軍隊(密集歩兵軍団)、ローマの統治方法、ローマ法、ローマの土木技術、ローマの道路整備(「すべての道はローマに通ず」というのはその整備網が完璧に近いことを表現したもの)…、そしていまのアッズーリ(サッカーイタリア代表)に至るまで…。アッズーリの戦法が「カテナチオ」と呼ばれるガチガチの守備重視であることは、よく知られている。いやいや、「ラテン」とは「ラテンアメリカ」のことであって、ブラジル、アルゼンチンなどに代表される南米各国の意味だという反論があるかもしれない。確かに、リオのカーニバル、サンバ、タンゴなどは情熱的であるが、カーニバルやサンバはアフリカ系文化を基底にしたものだし、タンゴを自由奔放と見るか形式的と見るかには個人さがある(私には後者に見える)。
南米のサッカーを個人重視とする見方はどうか。そういう時代もあった(ようだ)し、サッカーの天才ばかりを輩出するのが南米であるから、当たっている部分もある。が、南米サッカーの守備は極めて組織的である。約束ごとによって成立する、カウンター攻撃も得意だ。トリッキーな動きもあるが、組織的攻撃の方が一般的だと私には見える。南米のサッカー強豪国は、高度な戦略・戦術で武装した、才能ある個人の集団。だから、ブラジル代表は世界一強い。
南米のクラブチームナンバーワンを決定するコパ・リベルタドーレス予選では、クラブチームの戦い方がわかる。南米のクラブチームの戦いぶりは日本のJリーグより組織的だ。なによりも強いのが守備力であって、不用意なバックパスなどお目にかかることは少ない。もちろん、つなぐ場面もあるし、ロングボールもあるし、サイドアタックもある。この大会の予選を見れば、南米の目指すサッカーが欧州とあまり変わらないことがわかるはずだ。だが、それは断じて欧州スタイルと同じではない。南米の各国はいうまでもなく、アフリカ系の人々を含めた多民族国家なのだから、そこで培われたサッカーは、「融合の帰結」という表現がふさわしい。
ここで再び、エメルソン・レオン氏に話を戻そう。ジーコ氏と同じブラジル人のレオン監督の目指すサッカースタイルが、「ジーコジャパン」が目指す(と言われている)「南米的」と同じものかどうかだが、私には全く異なるように思える。
戦術面の説明は長くなるので省くが、別の角度から言えば、レオン氏は規律を重んじ個人プレーを嫌う監督であることを示す、次のようなエピソードが残っている。その昔、レオン氏が東京ヴェルディの監督に決まったとき、当時ヴェルディの中心選手の一人だったラモス氏は京都に移籍した。移籍理由は、レオン氏の目指すサッカーとラモス氏の目指すサッカーが合わないことをラモス氏が知っていたからだ。ラモス氏の目指すサッカーとは、「ジーコジャパン」のようなもので、「個人」を優先する。この場合の「個人」とは、ラモス氏自身のことでもあり、レオン氏就任が決まる前の監督のM氏は、ラモス氏に頭が上がらなかったという噂があった。
一方、レオン氏は、特定の選手を特別扱いすることはない。だから、ヒデを特別扱いしなかったトルシエ氏に似ているし、ヒデを特別の選手として扱うジーコ氏と似ていない。
レオン氏はサントスの監督に就任してから、指導方法を変えたのだろうか。そんなことはない。組織や規律をもたない監督など、「ラテンヨーロッパ」にも「ラテンアメリカ」にもいない。いるのは世界でただ一ヵ所、「ラテンジャパン」にだけだ。(了)


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