| 2003年06月16日(月) |
コンフェデレーションズカップ |
ジーコ代表監督になって初めての世界大会。開催地は日本ではなくフランス。ジーコジャパンの現在の実力を計るいい機会だ。予選の相手は、ニュージーランド、フランス、コロンビアらしい。なかなかおもしろい。各チームとも特徴が違っていて、日本代表が各国にどう反応するかが楽しみだ。もちろん、この大会の評価は世界レベルでみると、そう高くない。でもそれがいいのである。各国が「実験」を行う大会。思わぬ逸材が出現する可能性が高い。そういう場も必要だろう。 私の注目する点はただ1つ。ジーコ監督が相手チームをどう分析してどう作戦を立て、選手にどのような指示を出すのかにつきる。勝負は時の運、結果はわからないが、この大会で、ジーコ監督のこれからの代表チームづくりを占うことができる。これまでの日本代表は、韓国戦以外、すべて親善試合。あまり参考にならない。 この大会を、代表選手の活躍よりも、「監督ジーコ」の実力を確認する絶好の機会だと、わたしは考えている。仮に、ジーコ監督が「創造性」だとか「選手の個性」だとかの曖昧な言語をもって大会結果を総括したならば、ジーコ氏の監督の実力はしれたもの。そうした責任逃れをしたとしたら、日本代表の前途は絶たれたようなもの。いままでの一般論は、ジーコ氏の前監督トルシエ氏に対する個人的な反感であって、いまさら「トルシエ」を否定しても始まらない。「監督ジーコ」の実力をこの大会で証明してほしい。そして、私が繰り返してきたジーコ批判を一蹴してほしいものだ。 第一の見所は、先発メンバーの決定。初戦の先発メンバーでジーコ監督のビジョンが明らかになる。海外組以外の選手としてだれを選ぶかで、今後の方針がわかる。結果を恐れず、自らの代表チームづくりの方針を示すかどうか−−。とは言うものの、いま現在の最大の懸念は、ジーコ氏の「方針」がわからないこと。わたしが知る限り、ジーコ氏から出てくる代表チームづくりの方針は、「トルシエ批判」の一般論だけ。それを「方針」と勘違いしているのが日本のスポーツマスコミ。論外である。 第二の見所は、こうした世界大会では、各試合の前段階→経過→結果て、監督の戦略・戦術が明らかになること。ジーコ氏の戦略戦術が誤りか正しいか、また、戦略戦術が不在か実在か−−わかる。 具体的にいおう。まず試合前段階では情報収集能力だ。相手チームの情報は代表スタッフがVTRで集めるのが常識。出場する代表チームそのもののVTRが集められればそれにこしたことはないが、初めて選ばれた選手が多いチームの場合には、その選手達のリーグ戦の模様を集めなければいけない。それらをイメージのなかでつなぎ合わせ、相手チームの戦い方を予想し、自軍の先発メンバーに対応を指示する。初戦のニュージーランドは主な選手がアメリカ、イングランドでプレーしているというから、VTRの入手に支障はない。日本代表は戦う前から相手チームの特徴を知り、戦い方のイメージを監督から与えられる。重要なテープは全員で確認する。実際の試合を偵察したスタッフがいれば、生の情報を付け加える。こうして作戦がたてられるのであって、これは選手の「個々の能力」や「創造性」とは次元の異なるプロセスである。もちろん、実行するのは選手だけれど。 そして、試合を想定した事前練習が重要。たとえば、先発組は相手の攻撃を予想したうえで、カウンターの練習をすること…などなど。数え上げればきりがない。なのに、いまごろになって、チューブを使った下半身の鍛錬など、なんになる。あんな練習は子供だまし、マスコミ受けする宣伝スチールだ。日本のスポーツマスコミはサッカーを知らないから、大きく掲載するけれど、少しでもサッカーを知っている、いやスポーツをしたことがある人ならば、試合数日前にあんな練習をするとは、貴重な時間の無駄遣いと思うはず。あんな練習、「創造性」でも「個性」でもない。確かに、「トルシエ」はやらなかったことではあるが。 なお、試合経過と結果における監督の仕事については、もちろん、いまは言えない。が、それは本番で明らかになる。 監督を中心としたスタッフが試合前にやることはたくさんある。もちろん、こんなことはすでに行われているはずだ。であるならば、日本のスポーツマスコミは、ジーコ氏の監督としての仕事を具体的に報道してほしい。「ニュージーランドのことは、すべてわかっている。作戦も立てたし、練習もした。警戒するのはAとB…」そんな、サッカーの監督らしいコメントを伝えてほしいものだ。監督のそんな発言を聞けば、私たちは安心する。少なくとも、チューブの練習なんかで私たちを不安にさせないでほしい。
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