Sports Enthusiast_1

2003年05月28日(水) 何をいまさら

某大新聞のスポーツ欄のコラムに、JリーグがVゴール制度を廃止しておもしろくなった、と書いてあった。次は前後期制度の廃止、とある。おやおや、いまごろなにをねぼけたことをおっしゃるのだろうか。この新聞、ついこのあいだまでは、Vゴールがなくなり引分けが増えると客が減る、などと書いていたのだ。
大新聞が引分けの必要性を認めたことは、あまりに遅いけれど、とりあえず進歩である。しかし、その分析はお粗末極まりない。90分になったので選手が力いっぱいプレーしているから、試合がおもしろくなったとある。ま、それもあるだろう。否定はしない。けれど、この新聞記者には、戦略の多様化、戦術の変化を楽しもうという基本姿勢がないのだ。90分間、スタミナを使い尽くし、精一杯プレーするから白熱した試合が増え、それがサッカー技術の向上につながり、ファンも支持すると思っているのだから、あきれてしまう。この新聞、スポーツすべてが、自社開催の高校野球報道のレベルで終わっている。スポーツといえば、なんでもかんでも「熱闘甲子園」か。
何度も書いていることなのだが、サッカーは、引分けがあることにより、多用な選択肢が生じるのである。たとえば、リーグ戦全体の乗り切り方としての戦略、1試合の戦術、選手起用(ベンチ入り)、選手交代(試合中)など、マクロからミクロにまで至る。監督、チームスタッフ、選手を含め、さまざまな展開を考慮して、ことに当たことを促す。たとえば、どうしても勝ちたいチームが引分け狙いのチームとどう、戦うか・・・。かりに0−0で残り15分を迎えたとき、Vゴール制度(最大延長30分間)のもとでは危機感が生じない。あと45分あればなんとかなるでしょう、では。勝ちたいチームは残り15分で、打てる手をすべて打つのである。それが、サッカーでなくてなんであろう。
さて、次に、前後期制度について――。この大新聞の記者は、<引分けあり>の<1シーズン制>が世界標準であるから、日本もそれに合わせなければいけない、と書いている。が、こういう単純な主張をわたしが受け入れることは難しい。日本(Jリーグ)がVゴール制度および前後期制度を導入してしまったのは、日本のサッカー関係者およびファンのサッカーに対する考え方が、世界(とくに欧州)と違っていることに起因する。その違いとは、日本がサッカーをイベントとして位置付けていることだ。日本では代表が出るWカップ、オリンピック、企業の冠付の国際試合が好まれる。代表以外では、リーグ戦を2つにわけて、その優勝者同士の戦いを「冠大会」にして、企業に売りつけている。この体質が世界標準(の流れ)と違うのだ。
欧州の(正式な)代表の大会は、W杯と欧州選手権。いずれも4年に1度だから、代表単位のビッグイベントは2年に1度となり、オリンピックへの関心は薄い。それ以外の国際試合は、すべてフレンドリーマッチとして位置づけられている。
欧州では、代表よりも、クラブ単位の大会の方が権威がある。クラブ対抗大会への出場権は、リーグ戦上位チームであることが条件になっている。厳しいリーグ戦を戦い抜き、その上位クラブがさらに覇権を争う。加えて、2年に1度の代表のビッグイベント。それぞれに、予選がある。繰り返せば、真剣勝負のクラブのリーグ戦、その上位者同士のクラブ対抗戦、代表同士の欧州選手権とW杯。それぞれの予選・・・とあれば、リーグ戦を2つに分けて、前後期の優勝クラブが争う冠付の決戦など、見たいと思うファンはいない。リーグ戦は1シーズン1回、その勝者は1チームなのだ。なお、フレンドリーマッチの代表同士の冠大会など、遊びとはいわないが、真剣勝負と考えるファンもいない。
というわけで、日本の前後期リーグが、いかに愚かであり、世界標準と隔たったものであるかが理解できる。ただ、Jリーグを含めて欧州とアジアとでは、サッカーの歴史が違いすぎる。真剣勝負をいかに作り出すかがサッカー関係者に問われているのであって、冠大会を売ろうというのでは、サッカー技術の向上は果たせない。だから、日本の優秀な選手はできるだけ、欧州でプレーしてほしい、と私は常々思っている。それがいまのところ最善の技術向上の方法である。


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