| 2003年05月13日(火) |
ドーハの悲劇とは恥ずかしい |
元ヴェルディの北沢氏の引退試合にラモス、ロペス、カズらの元代表と、ビスマルクらのJリーグで活躍した外国人選手が出場するという。北沢氏が人望の厚い選手であることはよく、知られている。しかし、わたしには引退試合に出るというラモス、カズ、ロペスらが日本のサッカー界を代表する選手とは思えない。ラモス、カズらはいわゆる「ドーハの悲劇」の代表選手。結果から見ればワールドカップ予選敗退選手たちである。悪いが「負け組」である。みずからの敗退を厳しく受け止め、以後謙虚に選手生活を送るか引退するかがふさわしい態度である。自分たちがサッカー界の重鎮だなんて思ってほしくないし、もちろんそんな愚かな振る舞いはしないだろう。騒いでいるのはスポーツマスコミだけだと信じたい。 なんども書くことだけれど、「ドーハの悲劇」など、愚かなネーミングである。あの試合というか、あの予選については、すべてが日本サッカー界の反省材料である。アジア予選を突破できなかった要因は、選手、関係者の実力・経験の浅さであって、それ以外にない。 さらにフランス大会も同じである。アジア予選は辛うじて突破したが、W杯の予選で勝点0。得点は中山の1点のみ。アジア予選途中での監督更迭、予選通過後の選手選考の不透明さなどのごたごたの連続・・・。アメリカ大会アジア予選からフランス大会に至る10年間というものは、日本サッカー界の未成熟ぶりを象徴する10年なのだ。ただこの時期にJリーグ発足があり、サッカー界がバブルに酔った時代だったことは確かだ。あのころのJリーグには世界的知名度の外国選手がいたことはいたけれど、リーグのレベルは低かった。そんな時代をJリーグの黄金時代に見立てるのは、サッカーと芸能の区別がつかないミーハー発想である。実力的にはアマチュアに毛が生えた程度、アジアの2番手がいいところだった。そのレベルを超えたのがヒデ(中田)の出現であることは、何度も書いたことなので繰り返さない。 日本サッカー界が、「ドーハの悲劇」などと、恥ずかしくて口に出せなくなるときが早くきてほしいものだ。
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