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2013年01月17日(木) |
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Tea for Two |
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本のページを捲ろうとして手がかじかんでいることに気付いた。 ガスストーブをつける。 液晶に表示された室温は12℃だった。
キッチンで湯を沸かす。 ケトルの底を舐めるガスの火に、手をかざし擦りあわせる。 ペーパードリップ用に挽いてもらったブラジルサントスの粉が入ったガラス瓶と、マリアージュフレールのマークが入った紅茶の缶をそれぞれ手に持つ。 暫し考えた後コーヒーを棚に戻す。
その缶は、何年前も前から戸棚の隅にあった。 ラベルに張られたシールには春摘みのゴールデンチップを贅沢に使っていると書いてある。 何かのイベントの限定品で、マルコポーロにバニラフレーバーを足したような独特の香りが特徴だ。
思い出した時に飲むのだが、生憎月に一回思い出せばいい方だった。
カリタのポットを使って5分ほど抽出する。 茶葉が徐々に開き湯の中を泳ぐように上下する。 キッチンを甘い香りが満たしていく。
南国の果実のような。 熱帯の花のような。
朝、枕から薫る君の髪の匂いのような。
しっくりくる形容詞は記憶の中にあった。
カップを手にリビングに戻る。 繊細な口当たりの薄い磁器ではなく、スターバックスで売っていたグランデサイズのマグカップだ。 沸騰したての湯で淹れる紅茶を薄いティーカップで飲むには、僕の唇は些か繊細すぎるのだ。
口をつけたカップをテーブルに置く。 甘いアロマが部屋中にたちこめる。
時折手をカップで温めながら本のページを捲る。 調べもののため図書館で借りてきた本だったが、意外に面白く栞が挟めなかった。
本を読んでいる僕の横で君は、何時間でも寝転がって過ごしていたね。 足の爪にマニキュアを塗ったり、テレビを見たり。 私も読書すると言って、ハチクロとナナをソファの横に積んでみたり。
君のことを思い出したのは、この紅茶の香りのせいだろう。 この甘い香りの紅茶に君は、必ず牛乳とスプーン二杯の砂糖を加えた。 そんなに牛乳入れたら香りが消えない?って聞いたら、牛乳入れなきゃ熱くて飲めないって。
思い出したよ。だからこのマグカップを買ってきたんだ。
ストレートで淹れた紅茶のマグカップを前に君は、今度は苦くて飲めないって言ったんだ。
ガスストーブが警告音を立てる。 室温は22℃。 少し頭痛もする。
ストーブのスイッチを切る。 ベランダに面したサッシを思い切って全部開ける。 カーテンを巻き上げ、外の冷たい大気が一気に部屋に流れ込む。
紅茶の香りは一瞬で吹き飛び、僕は君のことをまた暫し忘れる。
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