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2012年02月14日(火) |
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bitter |
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「よろしければ、これどうぞ」
文庫本から顔を上げると、若い女の笑顔があった。
女が差し出したトレイには、一口大にカットしピックを刺したザッハトルテが乗っていた。
会釈して手を伸ばす。 口の中に、ローストされたチョコの薫りが広がる。 「こちらは、バレンタインの期間限定商品になっております。よろしければお試し下さい」
女の肩越しには、キレイに磨かれた大きな窓。 窓の向こうはオリーブの鉢が置かれたテラス席で、さらに向こうは海だ。 海自の護衛艦、潜水艦、タグボート。その合間を、軍港巡りの遊覧船が縫うように進む。
女は隣のテーブルの客に、ザッハトルテを勧めている。 うなじの後れ毛が、逆光の中、揺れている。
また。 忘れそこなった。 今年もまた。 君はひとつ、歳をとる。
ザッハトルテの苦さが消えないうちに、コーヒーを一口。 子供の頃は、この世に心地好い苦さがあるなんて、思いもしなかった。
ねぇ。 いつか君のいないこの苦さが、心地好い想い出に代わる日も、来るのかな?
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