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2009年07月07日(火) |
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JILL STUARTの女 |
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終電だった。 乗客の大半は一つ前のターミナル駅で降りてしまい、車内はガラガラだ。
シートにもたれて寝込んでいる酔客が一人。 ひとつのイヤホンを分け合ってiPodの液晶をのぞき込んでるカップル。 膝にアタッシュケースを乗せた初老のサラリーマン。 あとは僕と、僕の目の前のシートに座っている若い女。
次の駅でカップルと、初老のサラリーマンが降りた。 「本日の上り電車は全て終了しました。」 駅のホームに響くアナウンスに酔客が頭を上げる。 ドアが閉まった直後に跳ね起きる。
結局酔客は次の駅で降りた。 家人と話しているであろう携帯での会話の端々から、ターミナル駅で降りそこねたことがわかった。
いよいよこの車両にいるのは僕と女だけになった。
女は顔をこちらに向け、僕の方を見ている。 やたら目があうと思っていたが、そうじゃなかった。 女はさっきからじっと僕を見つめている。
綺麗な女だ。 少し青白いのは酔っているせいか、電車の蛍光灯のせいか。 CanCamのモデルみたいな髪型。 JILL STUARTで売ってるような服。 そのひらひらのスカートからのぞく脚もいい形をしてる。
女は口角を持ち上げ、こっちを見てる。
つられて僕も微笑み返す。
次の駅で終点だった。 何故女は僕も見つめて微笑んでるんだろう。 頭の中では色んな考えが渦まく。 何にしろ、とりあえず。 好意を向けられてるのは判る。 僕は意を決して女に話しかけた。
「ねぇ、隣に座っていい?」
女は黙って微笑んでる。 僕は立ち上がり、女の隣に座った。
駅に近付いた電車は減速のためガクッと揺れ、女が僕に身体を預けてきた。 女の髪がフワリと揺れる。 僕は女の肩に手を回す。 女は身体を硬くしている。 僕は喉がカラカラになり、やたら水が飲みたいと思う。
電車は駅に着いた。 終着のアナウンスが薄暗い駅に響き渡る。 旗を持った駅員が順番に車両を回り、寝込んだ酔客や忘れ物の有無をチェックしてる。
僕は女の髪を撫でながら囁く。 「着いたよ。これからどうする?」 女は黙ったまま身体を預けてる。 「ねぇ、何したい?」 僕は女の耳たぶを軽く噛みながらさらに囁く。 肩に回した反対の手で女の腿を摩る。
女の脚は冷たかった。
「お客さん、終点ですよ。」 駅員の声がすぐそばで聞こえる。 僕は顔を上げ駅員の顔を見る。 「お客さん?」
僕は、女が死体だということにやっと気付いた。
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