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五十嵐 薫
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頑張ろう東北!
エンピツユニオン

2008年03月25日(火)
tripper

路肩にバイクを停める。
目の前にはまだワックスの乾き切ってない911が、真横になって一車線の道を塞いでいる。

「大丈夫?」

バイクを降りヘルメットを外しながら近づく。
ハンドルに顔を伏せていた女が恐る恐る頭を上げた。

「どうしよう。怒られる。パパに。」

口元に笑いを浮かべてる女を眺め、あぁ本気で怖かったのだな、と思う。
人は本当に追い込まれると泣いたり喚いたりするよりむしろ笑ってしまうものだ。

「保険ならたんまりかけてるよ。それよりさ、車から降りた方がいい。」

女はのろのろと車を降りる。エアバックも作動しないような事故だが万が一もある。
まだ若い女だった。ひらひらのワンピースもピカピカのヒールもアップにまとめた髪も綺麗に飾ったネイルも何もかも新しい。

「警察呼ぶ前にさ、ピンヒールは履き替えておいた方がいいと思うよ。」

女はまだ口に笑いを貼り付けたまま頷く。口元が強張ばって上手く言葉が出ない。

「・・・謝恩会、始まっちゃう。」

きっと今日は大学か何かの卒業式だったのだろう。
謝恩会の会場に911で乗り付けるため一度家に帰り着替えて出たのかもしれない。

「もしかしてさ。初心者マークも貼っておいたほうがいいじゃない?」






路肩に女と並んで腰を下ろす。
別に親切心ではなくこの横になった911の先に僕の行きたい場所があるのだ。

女は警察と父親に電話をした。
電波が良くないらしく何度も同じ言葉を繰り返す。

「何でこんなことになっちゃったんだろう。」

女はため息をつきながら呟く。
大粒の涙が浮かび、見る間に頬を伝わる。

「怪我なくて良かったじゃん。車も見たところ大したことないし。」

「これから大学の謝恩会なんです。今日でもう会えない人とかいるのに・・・。」

女は下を向いたままワンピースの裾のほつれをいじりながら答える。

「別に人跳ねたわけじゃないしすぐ済むさ。車も全然平気だよ?」

女は震え声で言う。

「・・・もう運転できません。怖い。」






謝恩会の会場は熊谷市内の式場だった。
結局バイクに女を乗せ会場に運んだ。

女はヘルメットを返して深々と礼をした。
二、三当たり障りのないことを話してからバイクのエンジンをかけた。
せっかくセットした髪はヘルメットでだいぶ潰れてしまったが、そのことにはお互い触れなかった。

バイクで県道を戻りながら考える。
女の電話番号はおろか名前も聞いてない。
飯くらい奢ってもらうべきだったのだろう。が、女子大の謝恩会の会場で飯でもと言われても、それはそれで困るのはこっちだ。

はっきりしているは、今日の予定が殆どクリアできなかったってことだけだろう。




秩父三十四箇所巡礼。
始めた日にこれじゃ先が思いやられる。


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