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2008年02月10日(日) |
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loop the rope up |
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「誰が回してるとか、オーガナイザーは誰だとか、そーいうことに興味無くして久しいの。」 ラバーと金属だけを身につけた女はそう言いながら、ため息と共にソファーに腰を落とした。
カーテンの隙間からフロアを眺める。 二回目の緊縛ショーがたった今始まったばかりだった。 甲羅彫りの上半身を露にしたスキンヘッドの男が、若い女を汗まみれになって縛り上げている。 フライヤーによればこの若い緊縛師は、明智伝鬼に感銘を受けてこの世界に足を踏み入れたとあった。 まるで、ロックスターに憧れてギターを買う少年みたいな書き方だ。 明智伝鬼とは生前一度話したことがある。 付属する肩書きとは随分印象の違う静かな人だった。
視線を女に戻す。 女は左腕に巻いた包帯を気にしてる。 さっき入れたばかりのタトゥから薄っすらと血が滲んでいる。 腕を一周するトライバル模様だと言っていた。 ところでこの女の昼の仕事は介護福祉士だ。 確かもう何年も特別養護老人ホームで働いているハズだ。 タトゥ入れること自体は驚きもしないが、老人を風呂に入れる時も長袖を着るつもりなのだろうか?
「もう少し待ってて。」 女はラバーの衣装の上にミンクシールのコートを着込む。 ロープで吊るされたお陰で指に力の入らない女の代わりにボタンをはめてやる。 女は口角を軽く上げ「ありがと」と囁く。
「見た?あの下手な縛り方。」 女はタクシーの中で指先を揉みながら毒ずいた。 「いつか殺しちゃうよ、あいつ。最低でも誰か骨折するね、アレじゃ。」 僕は女の腿に手を置いたまま黙って話を聴く。 「よく放置プレーとかいうでしょ?あんなの、下手な奴に縛られて放置なんかされたら人間簡単に死んじゃうんだから。」 女の腿には縄の後がハッキリ残っていた。指先に炎症の熱が伝わってくる。
「SMとかさ。よくわからないんだよ。」 タクシーは246を女のマンションのある三宿に向かう。 僕は冷たい空気が恋しくなり車の窓を少しだけ開ける。 「よく言うね、あんた。こないだもどっかの女子大生とか拾って調教してたじゃない?」 女は口の端っこで笑う。指先に血が戻ってきて痒いと言って手を擦り合わせる。 「調教って?あんなのSMじゃないよ。アナルにつっこんだだけだ。大体あいつら子供の頃からレトルトとかインスタントばっか食ってるから感覚が鈍感なんだ。」 「何それ?」 「ケツに何入れられようが、写真撮られようが気にしないんだよ。」 「それ食べ物のせいなの?」 「じゃない?大味なモノ食ってるから感覚鈍くなるんだ。鈍いから強い刺激じゃないと。」 「刺激じゃないと?」 「いけないんだよ。」
女は鼻で笑いながら言った。 「馬鹿みたいね。私、いきたいなんて思ったこと一度もないわ。」
246は真夜中だというのに混んでいた。 右側の車線から大型スクーターやオフロードバイクが追い越していく。 空は今にも雫を落としそうな曇天だ。 さっき電光掲示板で見た気温は2度だった。
鈍感なのは僕も一緒だ。 女の首を絞め、ケツに突っ込み、写真に撮り、それを売る。 そんなことを何年も何年も続けている。いい加減ウンザリしてもいい頃だと自問しながらも、だ。
何かに見返るを求める限り行為は常にエスカレートする。 そして見返りは即物的なものからどんどん遠ざかり、終いには何が欲しいのか自体がよく判らなくなる。
我ながら本当に。 本当に、鬱陶しい。
「寒いわ。窓閉めてよ。この下殆ど裸なんだから。」 女が口を尖らせる。
僕は薄ら笑いを浮かべ窓を閉じた。
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