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2008年01月11日(金) |
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メール |
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携帯のサブディスプレイが青く発光しメールの着信を伝える。 左手を伸ばし携帯を掴む。
読んでいたモームの短編をテーブルに伏せる。 冬にこそ南洋モノだ、なんて思ったけれど寒さにイマジネーションが追いつかない。 裸足でスリッパを履いていたせいで足先が冷たい。 座っているベッドに持ち上げたそのつま先を右手で摩る。
短い文面と共に添付された写真は幼児を抱いた女の笑顔だった。 ミルクティブラウンだった髪は黒くなってたが、伏せた睫の長さは昔のままだ。 小さく口笛を吹く。
幾ら肌を重ねようが、幾ら時を過ごそうが、別れた途端瞬時に忘れる恋がある。 逆に、魂の片割れとの出会いのような、ファムファタムとの邂逅のような、そんな恋もまれにある。 ディスプレイで微笑む女を眺めながらぼんやりと思う。 太腿に入れたクロウのタトゥー、ミルクティブラウンのミディアムロング、長い睫、ダークブラウンの瞳。 キレイだったと今更思う。
携帯を握ったまま座っていたベッドから立ち上がる。 カーテンを細く開け窓の下に視線を落とす。 安いビジネスホテルの低層階らしく、窓のすぐ横にキャバクラの看板が迫る。 タクシーのアイドリングと雑踏の音がガラス越しに聞こえる。 アムスやブリュッセルの安宿で、減っていく紙幣を数えながら滞在日数を計算した日々がふとよぎる。
旅に出て滞在先の宿で思いをはせることが、未来のことでなく過去の出来事になった。 ようするにそれは、年をとったということなのだろう。
なんて返信しようか少し考え、色々な言葉を持て余す。 足先の冷たさに気をとられる。 思考が散らかる。
君とすごした時間は美しい思い出だ。 その美しさに殉じることはできないけどね、せめて君の期待するような生き方を僕は続けることにするよ。
返信しないまま携帯を閉じる。 しかたない。言葉が足りない夜もある。
帰ったら湘南の海の写真を送ろう。 早朝の、まだ誰の足跡もついてない、真冬の海岸の写真を送るよ。
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