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2007年02月26日(月) |
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フローズン・ミュージック |
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「・・・ねぇ。」 「何?」 「・・・ガム。」 「あ、ごめん。」 「いらない。そうじゃなくて音。」 「音?」 「口閉じて噛んでよ。くちゃくちゃ音立てないで。」 「音、立ててた?」 「うん。」 「ごめん。」
「・・・ねぇ。」 「あ、ごめん。」
「ねぇ。」 「あ、ごめん。」 「・・・じゃなくて、あとどれくらい。」 「え?」 「あとどれくらいなの?」 「あ、今日はダメじゃないかな。」 「ダメって?」
ファインダーから顔を離し女の方を見る。 女はマフラーの中に首を縮めたまま僕を睨む。 二月の明け方、しかもすぐそばには氷の張った池だ。 何か言うたびに白い息が口から漏れる。
「晴れるって天気予報で言ってたじゃない。」 「あぁ。」 「それでもダメなの?」 「逆に雲が全然ないからね。」
この寺の美しい五重の塔を、朝焼けに染まった雲をバックに撮りたい。 そう思って晩秋からたびたび通っている。 未だこれだというシチュエーションは巡ってこない。
「アナタ、この冬の週末ってずっとこんなことしてたの?」 「うん。」 「・・・。」 「入江泰吉がさ、写真は辛抱だって言ってたんだ。」 「知り合い?」 「いや、特に。」
女には黙ってた。 狙ってた写真とは違うけど、こんな空気の透明な飛び切りの朝はめったにないってことを。
もうすぐ見ることができる。 凍れる音楽が解凍する瞬間を。
氷の粒子すら見えそうな透明な冬の大気の中。 段々と日の光に照らされ起立する五重の塔の姿。 それはどんなシチュエーションをも越えて美しいんだ。
鼻を啜りながら不機嫌にとがった口が、もうすぐ感嘆のため息で開くことを僕は知ってる。
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