職業婦人通信
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最近、千代子の勤務するフロアに新しい人が入ってきた。
新しい人、といっても新入社員ではなく 別の会社、しかも銀行から出向してきたおじさんである。
見た目は温厚そうでメガネをかけ、なにより身体つきが丸くてぽちゃぽちゃしているので 女子社員のあいだでは迅速かつ密かに「こぶ平君」というというあだ名をつけられた。
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中途採用もめったになく、勤続数十年の社員が趨勢を占める地味なメーカーに なぜ今になって異業種(しかも銀行)からこぶ平君がやってきたのであろうか。 どうもそのへんがよくわからない。
最初こそ、「こぶ平は、経営再建のために銀行が送りこんできた立て直し役だ」という噂が流れたが 当社は銀行が経営に手出ししたくなるほどの経営難でもないと思われる(まぁ儲かっちゃいないが)。 それに、こぶ平のあまりにおっとりとして柔弱な物腰は、明らかに経営の立て直しには向いていないうえに 机で居眠りこいたりするので、謎はますます深まる一方であった。
「どうも何してんだか、何考えてんだかよくわからない」 「外見はこぶ平だけど、実は公儀の隠密なのかもしれない(意味不明)」 「いい人そうだけど気は許せないよね」
と、フロアの全社員が彼を遠巻きかつ遠慮がちに眺めながら1か月が過ぎた頃、 遅まきながらこぶ平の歓迎会が行われた。
この場に至ってやっと、外見とは違うこぶ平の本性が顕わになったのである。
はじめこそ、おっとりとした手つきで杯を重ねつつ 「いやもう僕は・・」などと俯いてモニョモニョ言ってるだけだったが 次第にそれまでのおっとりキャラが壊れ、 「私はねえー、この会社をー、やっぱり外部の人間としてえー、変えてかなきゃいけないと思うんですよっ」 などと強気の発言が相次いだまではよかった。
が、 「ねーねー千代子さん、この会社の制服は地味すぎるよね」 「制服の着替えは何枚あるの?」 「夏服と冬服の違いは?」 「制服のサイズってどこを測って決めるの?」
と、なぜか制服に興味津々。 制服について他人に尋ねられたことは何度かあるが、着替えの枚数まで聞かれたのははじめてである。 制服フェチか・・・あんた・・・。
そのうえ、千代子のプライベートにやたらと質問を重ね ・趣味はなにか ・身長は何cmか ・血液型は何か(「見るからにO型」と言われ、それが当たってたから余計ムカつく) ・休日は何をしているか ・お父さんは何の仕事をしているか などを事細かに聞いてきた。お見合いじゃあるまいし、なんでそこまで私のことを聞くのさ?
さらにご乱心のこぶ平は、私に聞こえてないと思って他の人に 「なんで千代子さんは結婚してないわけ?ねぇ?ねぇ?」 と、しつこく聞いていた。しっかり聞こえてますけど・・・(激しく気分を害しつつ)
アタシが結婚しようがしてまいが関係ないじゃん。 しかも未婚の理由まで他人に聞いてんじゃないわよ!
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結局この日以来、こぶ平君の「良い人そう」「温厚」といったイメージは崩れ去り、 彼の評価は「結局のところ下世話な制服好きのオヤジ」ということに落ちついたのであった。
が、最近女子社員の間では またこぶ平君の話題が再燃中。
というのも、こぶ平君が仕事もロクにせず携帯メールばかりいじっているからで、 こないだなんか何時間もメールばっかり打ってて、ついに電池が切れ、 慌てふためいて四つん這いになってコンセントを差しこみ充電し、さらにメールを打ちつづけていた。
いいトシしたオヤジが 一日に数時間にもわたってケータイばっかりいじってるのはどう考えても異常である。 (しかも今どきボタン音を切ってないから、ボタンを押す音がピッピピッピうるさくて仕方がない)
仕事のことなら会社のパソコンでメールを使えばいいだろうし、 家族とそんなに長時間にわたって昼間からメールを交換する必要などどこにあるだろう。 友達だったとしてもやはり不自然さが残る。
「こぶ平のくせに女がいるわねあれは!女とメールでやり取りしてんのよ!」 と言いきったのは先輩女子社員のマツハシさんであったが あながちマツハシさんの言うことも否定できない気がする今日このごろである。
ま、女がいようがなんだろうが知ったことではないが
・メールを打つときはボタン音を消せ ・他人のプライベートについて本人以外の人に尋ねるときは本人に聞こえないところで聞け
と、こぶ平には言ってやりたい私である。んったく鬱陶しいったらありゃしない。
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