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Mi Pensamiento Diario

デビルスタワー

今日はマウントラッシュモアのあるブラックヒルズ国立公園の中を探索したんだ。朝1番で行ったのはクリスタルケーブパークという鍾乳洞へ行ったんだ。日本の秋芳洞と比べたらかなりちゃちなものだと思うけど、サウスダコタ州だってことを考えればこんなもんかなって思っちゃう。最初は寒いのかなって思ってたけど、結構いい気持ちだったの。周りにいたアメリカ人はみんな上着を羽織っていたから寒いかなって思ったけど、でも平気だったの。ここのところたくさん食べてるから皮下脂肪が厚くなっちゃったのかな。困るなぁ…それは。
このクリスタルケーブパークの次はサンダーヘッドの滝っていうところを行こうとしてたんだけど、知らないうちに通り過ごしちゃっていたから、その滝へは行けなかったの。だからそのまま今日の目的地であったワイオミング州のデビルスタワーっていうところを目指したんだ。その途中でデッドウッドっていう街でお昼にしたの。このデッドウッドって街なんだけど、ディズニーランドの中にありそうな感じの街なんだ。この街、実はギャンブルの街なの。通りを歩いているとどこもかしこもカジノばかり。街の雰囲気とは違う感じだったので、最初はちょっとビックリしちゃった。
実はこの街でちょっとした出来事があったの。乗ってた車の窓が閉まらなくなっちゃって急遽修理工場へ寄らなきゃいけなくなっちゃったの。それが実は大変でデッドウッドの街には修理できる所がなくて隣町のセントラルシティーってところまで行ったんだ。このセントラルシティーって街、とぉ〜っても小さい街で町の端から端まで車で1分かからないくらいなの。でも自動車の修理工場だけはたくさんあってムースの乗ってた車も直してもらっちゃった。このせいで予定より2時間遅れでデッドウッドの街を出発することになったんだ。まぁ、今回の旅は気ままな旅なのでこれでもいいかってことになったんだけどね。
このデッドウッドの街から1時間半くらいでワイオミング州のデビルスタワーってところに着いたんだ。ワイオミングなんてちょーマイナーなところだし、日本人なんていないと思ったら、デビルスタワーではたくさんの日本人に会っちゃった。何だか不思議なんだけど。このデビルズタワーっていうのは元々は火山だったみたい。だからムースは興味津々で看板とかを読んでたんだけど、理解不能でした。デビルスタワーでは野生の蛇もこんにちはって感じで顔を出してたんだ。ちょー恐かった。
今日はこのデッドウッズで終了。宿をとって今はそこでくつろぎすぎるくらいくつろいでいます。そろそろ眠くなってきたので、今日はこの辺で。


2002年05月31日(金)



マウントラッシュモア

今日のムースはサウスダコタ名物のマウントラッシュモアという所へ行ってきたの。どんな所かわからないよね。だから今日は写真付きで。下に写ってる写真が今日ムースが撮ってきたマウントラッシュモアの写真です。見たことありますか?昔にウルトラクイズでここに来たことあるから覚えてる人もいるのかな?それともマーズアタックで見たって人がいるのかも。これってどこにあるかはわからないかもしれないけど、どこかで見たことがあるって人が多いのかな。実はこれ、サウスダコタ州のブラックヒルズ国立公園の中にあるの。その中のマウントラッシュモアっていうのが崖にある4人の歴代大統領の彫刻の場所なの。ちょーマイナーだからわからないよね。普通は。ムースは車でそこへ行ったからどうにかなったけど、車で行かない限りはちょっとダメそう。じゃ、日本人なんて見ないって聞かれそうだよね。ちゃんと日本人はいますよ。ムースも何組かの日本人のグループにあったから。その人たちがどうやって来たかはわからないけど、ムースは車で来たと思うんだ。だからみなさんんがマウントラッシュモアへ行きたいって思ったら、今ムースのいるラピッドシティーって街で車を借りてもらって運転していくのが一番いいかな。アメリカは道が広いし、サウスダコタ州は田舎だからあまりたくさん車も走ってないし、いきなり日本から行っても普通に運転できそうな気がする。っていっても保証はないけど…。
そのマウントラッシュモアを堪能した後は、クレージーホースってところへいったんだ。ここには何があるがよくわからなかったけど、有名だからとりあえず寄ったんだ。ムースが何でこんなど田舎のことを知ってるかというと、昔スカパーのOKIDOKIテレビとかっていうところでサウスダコタ特集っていうのを見たから普通の人が知らないってところも知っているの。その番組でマウントラッシュモアとクレージーホースってところとバッドランド国立公園ってところのことをやってたんだ。
じゃ、そのバッドランド国立公園はって思うよね。今日の最後に行って来ました。日本人だってちゃんといましたよ。だってムース達、日本人を見つけた瞬間、みんなで「あっ、あれって日本人じゃない」っていって近づいて行っちゃたもん。もしかしたら中国人かもって意見もあったんだ。でも、ムースのお友達が中国語を話せるから大丈夫だって思ってみんなでニコニコしながらその人に近づいたの。そうしたら日本語で話してたのを聞いたから満面の笑みで「すいませ〜ん、写真撮って下さぁ〜い」っていって写真を撮ってもらっちゃった。ムースのデジカメの電池はなくなっちゃってたから友達のカメラで撮ったの。だから今すぐは見れないんだ。どういう写真が出来てるかちょっと楽しみなの。
今日はこの3つの場所へ行ったんだけど、ちょっと疲れちゃった。だって何だかんだで300km以上移動したんだもん。1日ドライブすると300kmくらいになっちゃうじゃない。何にもしてなくっても結構疲れるよね。ムースは国際免許を持ってるから運転できるんだ。だから運転してたけど、道は広いし、車はほとんど走ってないから快適に運転できたんだ。本当にアメリカ満喫って感じなの。でも、やっぱり慣れないところで運転するからちょっとだけ気は使う。だからちょっとお疲れかな。昨日もちゃんとアップできなかったし、今日もたくさん書けてないよね。うぅ〜ん、疲れすぎるから、モーテルに着くなりビールを飲んじゃうせい?今日もあんまりたくさん書けてないけど、このへんで。また明日。


2002年05月30日(木)



移動日

今日はアメリカ合衆国サウスダコタ州ラピッドシティというところにいます。どこっていわれそうだね。何ていったらいいかな?アメリカ地図を半分に折ってもらうと真ん中に折り目がつくよね。その折り目のやや左側かな。下の方だとアメリカのテキサス州なのね。どっちかっていうと上の方。そんなところにいます。今、モーテルのTVで野球を見ながら書いてるんだ。それにはさっきまで新庄が出てたの。でも、デットボールのあと引っ込んじゃったみたい。ムースのお友達はケロッてしてるけど、ムースは何となく時差ボケ。微妙にボーっとしてるんだ。しかもビールを飲んでるからほわほわ〜んって感じだし。今日は移動だけだったからどこも見てないけど、明日からいよいよ観光。昔、ウルトラクイズにも出たところへ行くんだ。詳しいことはまた明日書くけれど、多分あぁ〜って思うんじゃないかな?でも、移動って本当に疲れるよね。ムースはひたすら音楽を聞いてた。とはいっても、友達ともたくさんしゃべってたけど。だからかもしれないけど、最近声が枯れ気味かもしれない。それに今日は熱唱しながら移動してきたから。
ここに着いたのはもう夕方だったから、今晩泊まる所を探してすぐに部屋でくつろいじゃった。っていっても近くのファミレスへ行って晩御飯だけ食べてきたけど。アメリカのファミレスって何となく量が多いって感じがするの。でも全部平らげちゃった。その上、友達のポテトまでパクパクと食べちゃって。本当によく食べちゃった。友達が来てからというものムースって食べまくってるって感じ。実は昨日までで2kgも太っちゃったんだ。日、月、火の3日間だけで。正直いってちょっとビックリしてる。お友達が来てくれたからいろいろと食べるだろうって思ってたけど、ここまで食べ続けるとは思ってなかったんだ。また減量をしなきゃいけないかなって思う反面、これくらいでもいいかなって思っちゃったりして。まぁ、今週はみんなで楽しく旅行する週間ってことで太ってもいいかなって思うんだ。だから気にするのはやめちゃおうかな。
本当に今週は何にも書いてないよね。っていっても、いつもとちょっと違う生活習慣だからこうなのかな?また来週くらいからはいろいろなこと書くと思います。


2002年05月29日(水)



整備完了

今日ついにムースの車が直っちゃいました。ミラーなしの車って結構ドキドキだったんだけど、もう平気。これで隣町へのドライブの快適なものになるのかな。明日からいよいよ旅行へ行こうとしています。隣町へも出るし、それからの行動予定は…。あとでのお楽しみということで。
今日はお友達を連れてムースの通う学校へ行ったんだ。学校の敷地内には小さな博物館と小さな美術館があるの。そこへ行ったり、購買へ行って買い物したり、アイスクリームを食べたり。実はムースの通う学校のアイスクリームって有名らしいんだけど1度もアイスクリーム屋さんへ行ったことがなかったの。今日はちょうどいい機会だから紹介がてらそのアイスクリーム屋さんに入っちゃった。これといって特別なものはないんだけど、一応、裏に工場があってそこから直接卸してるからある意味新鮮なのかな?だからかもしれないけど、この辺ではちょっとだけ有名なの。そこでアイスクリームを食べて、それからキャンパス内をみんなでお散歩。ここ数日はとっても天気がよくって、昼間はとっても暑いの。27、8℃まで上がってるみたい。だからキャンパス内を歩く時は日焼け止めが必要って感じだったんだ。もう夏休みだから誰にも会わないかなって思ってたんだけど、なぜだかやたらと知り合いに会うの。ムース自身ビックリしちゃった。って友達もちょっと驚いてたみたいだけど。だって行く先々でムースが挨拶してるから。いつもは1人寂しくしてるっていってるのにちょっと違うって感じだったのかな。
学校でダラダラして、それから近所の公園へ行ってダラダラとしたら修理工場へ行かなきゃいけない時間になったから、お友達をムースの家に置いてムース1人板金工場へ。社長はいなかったけど代わりの人がいたからその人にお願いしてミラーをつけてもらっちゃった。今日の工場は大繁盛っていった感じでたくさんの車が作業場に入ってたんだ。だから思ったより時間がかかっちゃったけど、ミラーも復活してどうにか元通りの車へ。何か安心しちゃった。これで何も気にすることなく車に乗れるから。友達が遊びに来てくれたときに隣町の飛行場まで行ったんだけど、その時は車が壊れることはなかったし、これでやっと車がちゃんと乗れそうな予感。いつもは悪いことも考えちゃうけど、今日は楽天的に大丈夫だとだけ思うようにしようかな。
夜は隣りの中華屋さんでご飯。朝ごはんは作ったけど、晩御飯は作んなかったからちょっと楽だったかな。今日1日はよく動いたし、ちょっと疲れちゃったからビールもたくさん飲んじゃった。外が蒸し暑いから余計に喉が渇くのかな。
ここ数日はあまり書けないですね。現実生活がちょっと忙しいからかな。しばらくはムラのある日記になってしまいます。ごめんなさい。それにしても今晩は暑いなぁ…。


2002年05月28日(火)



パエリア

昨日のムースはかなり飲んじゃいました。久々だったので効いたぁー。量は大したことなんだと思うけど…。ワイン2本は3人で飲んで、その後ムース1人でウォッカ200cc程度。って結構飲んでるよね。結局今朝の6時まで飲んでたの。最後の方は何をしゃべってたかあんまり覚えてなんだけど…。でも、たくさん、たくさんしゃべっちゃった。こんなにたくさんしゃべったのってお正月以来かな?そんな感じしちゃった。こんなんだったからさすがに今日はお昼まで寝てました。しかも起きた時はまだ酔ってる感じだったの。ボーっとしてるし、喉は渇くし。起きてから1時間はボーっとしたまま日記を読んでた。だってそれ以外のことは出来そうになかったんだもん。でも、その後は昨日買ったひき肉を使わなきゃって思ってハンバーグをペタペタとこしらえてました。久しぶりに料理をしたのかなって思う。最近は簡単なものしか作ってなかったから。やっぱり誰かが食べてくれると思うから料理し甲斐があるのかな。ふと、そんなことを思っちゃった。自分の分だけ作るって思うと何となく面倒だもんね。それに味だってどうでもよくなっちゃうし、見た目もどうでもいいしね。まさにお腹に入っちゃえばみんな一緒って感じのご飯しか作れない。でも、誰かが食べるとか、誰かのために作るっていうことになると、味も気にするし、見た目も気になるし。いつもだったら適当な味付けも今日は気にしちゃった。
2時くらいになったら、ムースのお友達が2人とも起きてきたの。だから朝ごはんっていうか昼ごはんを作っちゃった。スクランブルエッグとベーコンを焼いたの。お昼なのに朝ごはんのようなメニューになっちゃったけど。折角ハンバーグを作ったのにって思うでしょ。でもね、実は昨日の晩御飯がステーキだったので、お昼にハンバーグはやめちゃった。お肉ばかりじゃ、ってベーコンもその1部だけど、飽きちゃうもんね。
今日はとってもいいお天気でお出かけ日和だったんだけど、ムースの車はまだミラーがないままだし、2人ともど田舎に来るのに疲れちゃってるから今日は休養日にしたの。だからお昼ご飯の後はみんなでタイタニックを鑑賞。っていってもムースは江国香織の詩集、すみれの花の砂糖づけっていうのを読んでたけど…。だってお友達に頼んで本をたくさん持ってきてもらったんだもん。タイタニックより本だよね。ただ、今日は二日酔いっぽくなってたから、軽いものじゃないと読めないって思ったんだ。そんなムースには詩集はもってこいだったの。でも、何も考えることなくただ読んじゃった。詩を読んでる意味がな〜いってちょっと思うけど、頭が働かないからしょうがないかなって思って。でも、何度も読めるからいっかぁーって思ってるんだ。
お友達がタイタニックを見てる間、ムースは買い物へも行っちゃった。たまねぎを使い切っちゃったし、ピーマンも買ってこなきゃいけないって思ったから。両方とも今夜の献立に欠かせない食材だったから。何を作ったかっていうと久しぶりにパエリアを作っちゃった。本当に久しぶりだったの。パエリア鍋はスペインにいるときに買ったものがあるから、あとは具を用意すればいつでも作れるんだ。でも、誰か食べてくれる人がいないとパエリアなんて作る気しないもんね。だから長い間作ったことがなかったの。3年ぶりくらいだったのかな。ちょっと味が気になっちゃったけど、どうにかなったみたい。ここは海のそばじゃないから、山風のパエリアを作ったの。って具がお肉主体ってだけなんだけど。インゲンやアスパラも使おうと思ったんだけど、お肉が多すぎて、鍋が一杯になっちゃってたから、インゲンもアスパラも使わなかったの。でも、今日はムースお気に入りのスタイルのパエリアになったんだ。それは仕上げの時、オーブンで表面だけを軽く焼くの。実家にいたときやスペインで作ってたときはオーブンがなかったから普通に炊くだけだったんだ。それだとちょっとべっちょってなるときがあるんだけど、表面を軽く焼くといい感じに仕上がるんだ。今、ムースの住んでるアパートにはオーブンがあるから好きなスタイルのパエリアが作れるの。出来上がりはどうだったんだろう。ムースとしては今1つかなって思ったけど、こんなもので…って程度には仕上がったからまっ、いいかなってことにしちゃった。出来ることなら、もうちょっといろいろな素材を使いたかったんだ。それと今日はトマトペーストをちょっと使いすぎちゃって色が今1つだったの。ややオレンジって感じだったんだ。本当だったらもうちょっと黄色っぽくなるんだけど。トマトペーストじゃなくってトマトピューレを使えばよかったかな?それとも昔のようにホールトマトの方がよかったかな。反省点はいろいろとあるけど、ムースとしては久しぶりにパエリアを作ったっていうことの方が重要なこと。まだまだ、パエリアを作れるってことで実は満足しちゃってます。
明日は何を作ろうかなって思ってるんだけど、そろそろみんなで旅行へも行かなきゃいけないので明日はどうなるかわからないの。昨日、友達の1人のカバンがどっかに行っちゃって荷物が届くまでは動けないって感じだったから今日はゆっくりしたけど…。その旅行、結構遠い所まで行くのでちょっとドキドキだし。パソコンを持っていこうと思ってるから、WEB旅日記が書けたらいいなぁーって思ってるけど、うまく出来るかわからないので、もしかしたらあとで3、4日まとめて更新ってことをしちゃうかもしれない。本当は旅行先から更新が出来るといいんだけどね。そればっかりは神のみぞ知るってことなのかな。
今週の日記は短くなる可能性大です。だって今の今までみんなでおしゃべりしてたから、日記書く時間がないんだもん。今まで話が出来なかった分、ここぞとばかりに話をしてるし…。っていいながらも長々とビデオも見てるけど。おしゃべりはたくさんしたいけど、さすがに1日中しゃべり続けるのはムースにもちょっと厳しいかな。2時間くらいだったら、しゃべり続けてることもあったけど…。うぅ〜、あの頃のようにたくさんしゃべりた〜い。ってお友達をたくさん作らないとね。田舎だからっていっても人はたくさん住んでるんだから。
昨日も中途半端。今日も中途半端でごめんなさい。家事に追われてみて初めて主婦の方々の苦労がわかりました。みんなのご飯を考えながら、日記のネタを考えるのは結構厳しい。今のムースは日記のネタより、パエリアの具をどうするかとか明日は何食べようっていう心配が最重要課題になっちゃってる。折角、読んでくださってるのにこんなんでごめんなさい。せめて、パエリアのレシピーでも紹介してって感じですか。そうですよね。今度、作り方を紹介しますね。ただ、ムース流パエリアなので、ちょっと違うかもしれないですけど…。明日じゃないですよ。そのうちにってことで。


2002年05月27日(月)



酔ってます

今日は朝からいい感じの日です。ここのところ朝が早いムースなので今朝も早く起きちゃいました。いつもだったら退屈な朝。でも、今日はお話したい人とゆっくりとお話できたのでいい気分で午前を迎えました。出来ることなら朝からお酒を飲みながらお話をしたかったんだけど、今日は車を運転しなきゃいけなかったから飲めなかったの。でも、とってもうれしい気分。やっぱり話したい人と話せるってうれしいよね。午前中はヒマだったし、ゆっくりとお話したんだ。朝からいい感じ。お話が終わってからは掃除機をかけたり、洗濯にいったり。この間洗濯にいったばかりなのにまた?って思うかな?何でかっていうと、今日ムースの友達がこのど田舎に訪ねて来てくれることになってたから。って今、すぐそばで、みんなして酔って話をしてるけど。でも、まだワインが2本しか空いてないよ。うら若き乙女なのにお酒ばっかり飲んで…。まぁ、日本のOL。休みたい時に休むみたいです。ムースのお友達なのでこれが普通なのです。サラリーマンの皆様。こういうOLがたくさんいるかもしれないけど、ムースにとってはうれしいことなので多めに見てくださいね。そんなOL達と今の今まで一緒に飲んでたので、今のムースはかなり酔ってます。正直な話をすると、今これを書いてるのが厳しかったりして。ごめんなさいね。今日は誤字・脱字が多そう。
っていうかやっぱり書くのが厳しいので、今日はやめにしちゃいます。でも、やめる前に重要なことを。本日、鼠丼さんとリンクいたしました。昨日、「書かずに死ねるか!」〜不思議なりけり胡蝶の夢〜を紹介しましたが、鼠さんの掛詞の多い愉快なコラムを読むのってとっても楽しいと思いますよ。オヤジギャグと紙一重かもしれませんが、ムースは楽しい言葉遊びだと思っています。
今日は短い日記ですけど、酔っちゃったから許してね。今週はムース初の試み。WEB旅日記にも挑戦したいと思います。
みなさん、牛ばかりで何もないところですけど、いつでもWELCOMEなので気が向いたら遊びに来てください。って北緯45度ってどこ?って感じですよね。名寄でしょうか?さぁ?それはご想像におまかせします。では、では、また明日。


2002年05月26日(日)



本当だったら…

今日5月25日は大安ですね。運命のいたずらがなかったらきっとムースは今日入籍していたことでしょう。で、明日は結婚式をやっていたかな?まぁ、そんなことも半年前にすべて終わってしまったし、今は何1つ後悔がありません。これでよかったって思ってます。まだまだ自分にいい聞かせなきゃいけないところもあるけど、でも平気です。うぅ〜ん、やっぱり2月3月が何だかんだで1番きつかったかな。いろいろとやらなきゃいけないことが山積みなのに何にも出来なかったから。1月中はあまりの忙しさに何も考えることが出来なかった。滞在許可とかの問題でとにかく走り回ってたからね。だから週末の飲み会が唯一の息抜きの場だったんだけど、それにも行きたくない気がしてたし。そんなことを思っていたある日、緊張の糸がプツンって切れる日があったんだ。それからはもう家に閉じこもりっきり。もちろん学校へは行ったけど、勉強なんて何にも出来ないし、学校へ行ってただボーって座っているだけ。授業で何やってるのかもわからなかったし、何を聞いていいかもわからなかったし。そう思うと、この半年は自分をよくごまかしたと思う。ネットの世界に入ったのも2月に入ってから。ちょうど冬季オリンピックが始まった頃だったね。オリンピック同様、ひとときの宴っていうようなこともあったね。あの時は本当にどうしようかと思っちゃった。もしあの時、ちー達(チャット友達)にやさしい声をかけてもらえなければ、今こうして日記を書き続けてることはなかったろうな。楽園茶屋のパグのしっぽさんに出会うこともなかったような気がするし、鼠丼さんやSAM’S SITEさんへ投稿するなんてこともなかったかも。ハートランドを読んでなかったと思うと何だか変だね。
たかがネットかもしれないけど、されどネット。顔も見えないし、正体もわからない相手にメールのやりとりをしたり、いろいろな話をするなんて、傍から見たらおかしく思えるかもしれないね。でも、顔が見えない分、中身で勝負なんじゃないのかな?ネットの中での人格は作り上げられたものであったり、現実の世界の一側面でしかないっていう人もいるよね。確かにその通りだと思う。ムースだってこれがすべてじゃなくて、ほんの一側面に過ぎない。もちろん、作り上げたものじゃないよ。でも、性格を作り上げようが、一側面だろうが、その人の1部には変わりないよね。もし、普段は大人しいけど、ネットの中だけ恐い人になっているって人だったら、それはその人の持っている潜在意識の1部のような気がする。それがネットという特殊な環境の下で表に出てきただけだと思う。ネットでの性格が普段とは違う性格っていうのは、現実の世界でも何かの時にそれが表に出てきちゃうんじゃないかな?そう思うんだ。
最近は夏休みのせいか、荒んだ生活をしているせいで、たまに変なことも書いちゃうかもしれないけど、もうムースの心は癒えたことだし、これからもいろいろなものを書いていこうと思ってます。そしてこれを読んでくださった方の心に何か1つでも残せてもらえればいいなぁ…なんてそんなことを思ってます。1人で気ままに暮らしているムースなので家族を持って、その家族を養ったり面倒を見ている方の苦労はわからないし、楽しさもわかりません。だから理想論ばかりを言い放ってしまうことも多々あると思いますが、若輩もの(ってそんな年ではないけど)だと思って長くお付き合いしていければうれしいなぁって思っています。

そして今日のよかったことと悪かったことを。最近はめっきり悲観的なムースなのでまずは悪いことから。今日、ついに成績表が家に届いちゃいました。まぁ、予想通りといったら予想通り。悪かったです。っていっても中学・高校時代のように学年で下から数えて1番ではないからいいかなぁーって思って。いつも困っていた数値解析入門が案の定、足を引っ張ったけど、でもやるだけやったし、最後の方は久々にやった微積の問題を現役時代並に解くことができたらからこれでいいって思ってます。コンピュータ設計も普段は間違えばかりでどうしようもなかったけど、定期試験だけは満足のいく点数を取ったのでこれでいいって思ってます。だって下から数えたら1番2番の成績だったムースが上から数えた方が早かったんだから本人も驚きなのです。欲をいえばいい成績が欲しかったけど、これで人生のすべてが決まるわけでもないから、前を見て進んで行こうと思ってます。今日のムース、暗いながら前向きでしょ?たまには前を向かないとね。キルケゴールの言葉にこんなのがあるの。「人生は後ろ向きにしか理解できないが、 前向きに生きなければならない」 確かに過去の出来事しか理解できないよね。だからっていって後ろ向きになりすぎるのはやめなきゃって思って。つい数日前は後ろ向きみたいなことばかり書いちゃったのに、今日はこんなこと書いてって思われちゃうかな。ムースの心と秋の空って思って許してください。ちょっとだけ前向きなこと書いてるんで。
さて、今日のよかったことです。それはムースの大好きなトロント・メープルリーフスが一矢報いました。今日は敵地ノースカロライナで試合があったの。カロライナ・ハリケーンズは前回の試合で王手をかけてたから、今日もしトロントが負けてしまってたら、今日ですべてが終わりだったの。でも、何とうれしいことに1−0で勝ったの。ムースが夜、コインランドリーへお洗濯に行ったらトム・ハンクスの「ビック」がTVでやってたんだ。ムースもあの映画は好きなのでちょっと見てたんだけど、CMの時に野球でも見ようかなって思ってチャンネルを回したら何とそこには我がメープルリーフスが。もうすでに第3ピリオドだったんだけど、TVに釘付けになっちゃった。洗濯物もたたみ終わっちゃってたから、試合終了まで8分というところで家に戻ってきちゃったけど、でもそのあとすぐにインターネットでチェック。逃げ切ったみたい。うれしいよねぇー。実は、今日の昼間、何気にTVをつけたらめずらしくホッケーがやってたの。だからコロラド対デトロイトの試合も昼間、ずーっと見てたんだ。結果は…。もちろん、ムースの応援するコロラド・アバランチが勝ちました。ムースがTVで観戦したから両チームとも勝ってくれたみたい。うれしいよね、こんなこと。

最後になっちゃいましたが、ムースの部屋より告知を。前回、ムースも投稿した鼠丼さんで「書かずに死ねるか!」〜不思議なりけり胡蝶の夢〜というものを企画いたしました。これは前回ムースの投稿した「盛者必読の理」に続く企画です。実は先日、鼠丼さんからメールをいただいていたんだけど、お返事が遅れてしまっていて…。そんな訳で告知が遅れてしまいました。どなたでも参加できるので、興味のある方はトップにあるアナウンスメントという所で詳細を確認してください。エンピツからお越しいただいた方。このページの上の方に「ムースの部屋」のロゴがあります。それをクリックしていただければ、いつでもトップへジャンプできるようななりましたので。中々長い文章なんて書く機会がないってお嘆きのあなたも、毎日エッセーの1つや2つ書いているよとおっしゃるあなたも、この企画に参加してみてはいかがでしょうか?書く楽しみを感じる、そんな企画だと思いますよ。

最後に。最近、ムースが送るメールやカキコに誤字・脱字が非常に多く、見苦しいとお思いになられてる方も大勢いらっしゃるとは思いますが、できる限り気をつけますので、しょうがないなぁーこいつって感じで見逃してください。ムース本人は気づいた時に自己嫌悪に陥っていますので…。


2002年05月25日(土)



気持ちを込めて

今日は1日何もせずオンライン小説を読んじゃった。昨日の晩はめずらしく11時前に就寝。よっぽどのことがない限りそんなに早く寝ることなんてないのに…。どうしちゃったんだろう?昼寝もせず、1日動き回ったから疲れたのかな?それだけ早く寝たせいで今朝は6時半には目が覚めちゃったの。ちょっとビックリ。目覚まし時計なんてかけてなかったのに…。もう1度寝ようかなって思ったけど、折角起きたんだしと思って7時にはベッドから抜け出てTVを見てました。ボーっとしてると時の過ぎるのは早いもので、あっという間に8時半。今日は朝1番で板金工場へいってドアミラーを付け直してもらおうって思ってたんだ。だからちょっとあわてて身支度しちゃった。
板金工場へ行ってみると事務所の中には誰もいないの。外にいるのかなって思ってちょっと辺りを見回したけど誰の姿もなし。で、もう1度事務所に入って奥にある作業場をのぞいて見たら1人作業をしてる人がいたの。だからその人に社長の行き先を聞こうと思って作業場へ通じるドアを開けたんだ。そしたら車の陰に社長の姿あり。車にワックスをかけてたみたい。その作業が一段落するのを待ってから社長にミラーのことを聞いてみると、「昨日、電話がかかってこなかったんだよぉー」って。そりゃないよ、社長。ムース、明後日の日曜日に隣町まで行かなきゃ行けないんだよ。しかも前回隣町へ行った時は凍死の恐怖を味わってるから、車の状態が万全じゃないとトラウマがフラッシュバックを誘うんだけど…。でも、社長曰く、肩越しに見ればミラーなんてなくったて平気だよって。満面の笑みでそういうの。いやぁー、そりゃそうだけど…。ってなことで、ムースの車のドアミラーは片方ないままとなってしまったのです。がっかり。こんなんだったらあわてて修理になんて出さなきゃよかった。どうにかなりそうなこといってたから、期待してたのに…。って今さら嘆いても仕方がないから、こうなったらミラーなしで隣町までドライブします。
ちょっとがっかりしたまま家に戻ってきたせいか、今日はやるきなしなしモード。でも、ボーっとしててもしょうがないし、何か読もうと思ったの。気分としてはオンライン小説。だからネット中をフラフラとしながらオンライン小説を何コか読んだんだ。
小説っていってもいろいろ種類があるよね。フィクションもあればノンフィクションもあるし、随筆みたいなのもあるし。ムースが読むのは大体恋愛ものなので、今日も恋愛ものを探して読んでたんだ。でね、そこでふと思うことがあったの。それは、小説を読んでると情景描写が比較的多くてその中に主人公や出演者の心理描写があるものや、情景描写はあまりなくどちらかというと心理描写の多いものがあると思うの。情景描写の多いものは、当然っていったら当然なんだけど、ムースの頭の中にはある情景が浮かんで、その中で人が動いていくって感じなのね。情景がうまく浮かばないと人の動きがちょっとおかしくなるかもしれない。もしくは読んでても小説の中に入っていけないかもしれない。でも、心理描写の多いものって、自分が知らない間にその主人公になったり、主人公をそばで見てる人になったりしやすいから小説の中に入って行きやすいんだよね。心理描写っていってもずばっと気持ちが書かれたものでなくっても仕草やその行動で気持ちを描いているものもいいなぁって思うんだ。ってこれはどちらかというと情景描写なのかな?まぁ、どっちにしろ、人の心の動きが切に伝わってくるのって読んでてとっても面白いと思う。だからっていっては何だけど、ムースがオンライン小説を読んでるとき、この人は何を考えてるんだろうとか、何を思ってるんだろうって考えて読んでるときが多いんだ。活字を追うだけの読み方はちょっとやめたいなぁーって思って。たまに活字だけを追ってるなぁって思えるときがあるの。だからこんなこと思っちゃった。
WEB日記って長く書くとあまり読んでもらえないんだよね。いろんな日記書きさんのところへ行って、そこに書かれたものを読んでると、それって共通の意見だと思う。実際、ムースもそう思う。長く書いた日記は読まれないと思う。でも、ムースはダラダラと長々と書いていくつもりです。もちろんたまには、っていうか最近はあまり長く書いてないけど、でも書ける限りある一定の範囲で書こうと思う。ムースも短く書かれた日記をたくさん読むし、自分のお気に入りに登録されてる日記は短いものも多いけど、5行くらいの簡単に書かれた日記は見た瞬間に読めてしまうし、ちょっと味気ないかなって思って。日記読みさんがそういうのがいいっていう気持ちもわからないことはないけど、やっぱりどこか味気ないかな。前にも書いたけど、いつもいつも短い簡単な文章ばかりに接してると長い文章を読むことが出来なくなってしまうと思うの。読めないんだから書くことも出来ないと思うけど…。
もちろん、たった5行でも1つ1つの言葉に意味があるような日記書きさんの日記は瞬間では読めないってことはわかってるし、そういう日記は2回は読み直すよ。そうすると書かれたものの中から何かが見えてきそうだから。作者じゃないからムースが思うことと作者が意図してることは違うかもしれないけど、でも何かが見えてくるって読んでてとっても楽しい。あっ、ちなみにこの日記の中からは何も見えてこないので、さらっと読み流してください。ってこれはここまで読んでくれた人にお願いしてるんだけど…。
行間が読めるようになると書いてあるものって本当に楽しく読めるよね。ムースはまだまだそんなこと出来ないから、何度か読み直すことが多いんだ。
今は携帯でメールをやり取りすることって多いでしょ。携帯のメールだからそんなにダラダラとは書かないよね。今何してるの?とか、ヒマ?とか、そんな感じのメールって主体になってくると思う。だからそれがEメールになってもそんな感じになってしまうのはしょうがないと思うんだ。でも、ムースがその返事として長々と書いたメールを読み取ってくれないのはちょっと寂しいなぁ。この日記を読んでおわかりのように表現力も乏しければ、構成能力にも欠けています。でも、メールに気持ちをいっぱい込めて書いたのに、「そうなの」のひとことだけではちょっと悲しかったり…。って今じゃ、そんなに長々とメールを書く相手もいないからいいんだけど。過去のお話です。携帯のメールが主な人にとっては所詮メールでしょって思うだろうね。でも、ムースにとってはメールは手紙や絵葉書みたいなもの。いつもスペインにいた頃の話ばかりで申し訳ないけど、TVもなく、電話もないアパートで日本からの情報もほとんど入ってこないアパートに暮らしていると、手紙だけが自分と日本をつなぐものだったの。だから手紙っていうのはとってもありがたいものだったし、日本からの便りはかけがえのないものだった。そんな気持ちのままで今まできたの。同じ東京にいたって時間があわないばかりに電話することも出来ない相手っていると思う。そんな人からメールでいろんなことをいわれるとそれはとってもうれしいものだったり。だから何度も読み直しちゃうんだけど…。だってそこには近況報告しか書かれていないようで、その人の気持ちが見え隠れしているようだから。もちろん、2、3行のメールじゃ、それを読み取るのはちょっと難しいけど…。いつもメールのやり取りをしてる人が2、3行しか書かないで送ってくるのとはちょっと違うから。
長く書かれたものにはどこかにその人の気持ちがこもってると思う。だから何を思って書いてるんだろうって思いながら読む。小説もそんな感じ。この主人公は今どんな気持ちなんだろうって。だから心理描写の多い小説って読んでて面白いんだ。って読んだあとちょっと疲れちゃうこともあるけど、充実感が違うから。
昔、電話も一般的じゃなかった時代、人は文に自らの思いを綴って人に伝えた。今は便利なものがたくさんあるからそんな必要はないかもしれないけど、でもやっぱり文にいろいろな思いを綴ったり、小説という形で人の思いや考えを伝えるのっていいなぁって思う。

まとまりがない文章ですがこの気持ち、わかってもらえたでしょうか?


2002年05月24日(金)



整備

今日はめずらしく早起き。どうしちゃったんだろうって思うくらい。だって7時に起きちゃったんだもん。7時に頭の上にある目覚し時計がカチッといったの。別に7時に目覚ましをかけていたって訳じゃないけど、今朝はなぜかその音が聞こえたんだ。最近は昼夜が逆転してるムースなので、時計の針が7時を指しているのを見たとき直感的に夜の7時だと思っちゃったの。ここんところ、昼寝というか夕寝をすることも多かったから。寝ぼけてたんだろうね。ムースの住んでいるところは北緯45度だから東京や大阪よりも日が長いの。北海道の人なら、いかに日が長いかわかってもらえると思うけど。特に今は夏至の1ヶ月前でしょ。朝は6時前には日が上がって夜は8時半まで明るいんだから。でも、2分もしたら「あっ、今は朝の7時だ」ってわかったの。だって朝日と夕日って明るさが違うもんね。いつもだったらもう1度寝ちゃうんだけど、今日は起きちゃった。っていうのはどうしても今日はムースの乗ってる車を点検に出そうと思ったから。前々から、点検に出さなくっちゃって思ってたんだけど、ついに今日まで何もしないままだった。実は今乗ってる車を買ってからずーっとそんな感じ。だから去年のクリスマスの時、隣町へ行こうとしただけで車が壊れちゃうんだよね。でも、その点検が一苦労だったの。
ムースってここに1年近くも住んでるけど、実はこの街のことを全然知らないの。っていっても飲み屋さんとかスーパーとかはわかるんだけど。だから車をどこへ持っていけばいいかわからなかったんだ。もちろん整備工場だってことはわかるけど、どこに整備工場があるか全然わからない。だから図書館へ行って電話帳を見て調べようとしたの。でも、図書館が開くのは10時。ムースは9時には開くんだと思ってたから、9時に行ったんだけどまだ閉まったまま。整備に時間がかかることくらいは車に音痴なムースでもわかっているから、一刻も早く整備工場へ行きたいって思っていろいろと考えちゃった。で、思いついたのがインターネットで調べること。家に戻ってきて、朝っぱらから一生懸命調べちゃった。そうしたら意外や意外。思っていた以上に整備工場があるの。どこへ持っていけばいいかわからないじゃない。そこでまた考えちゃった。どこにしようって。でも、家から近いほうがいいやって思って家から1番近い整備工場へ行ったの。まだ10時にもなってなかったかな。そうしたら午後の3時に車を持ってきてっていうの。それまでは別の車の整備が入ってるんだって。ムースとしては何時でもよかったから、それでいいですってことにしたの。エンジンオイルを交換してもらいたかったし、ブレーキの効きも甘い感じがしてたからブレーキも交換してくださいっていったの。そうしたら、ブレーキは交換する時間がないから点検だけしか出来ないっていわれたんだ。ちょっと困るなぁとは思ったものの、点検しないよりはマシだと思って、じゃ、それでいいですってことで3時に車を入れることにしたんだ。でね、もしかしたら…って思って壊れたままになってるドアミラーのことも聞いたの。これも修理できますかって。そうしたら、それは板金をやってる工場へ持っていってっていわれたから、今度は板金工場を探したの。で、やっぱり家から一番近いところへ行ったの。そうしたらドアミラーって修理するのに結構な金額がするんだね。ちょっと驚いちゃった。でも、できることなら直したいから部品を注文するねって事にしたの。そうしたら壊れてる方のドアミラーを持っていかれちゃって、ドアミラーが片方だけになっちゃった。さすがにこれには困ったから、壊れたままでいいからとりあえずミラーを戻してっていったんだ。そうしたら部品屋さんが持って行っちゃったっていうの。ゲゲって思っちゃった。でも、明日戻すことが出来るかもしれないからまた明日電話してってことになったんだ。だから今、ムースの車は片ミラーなんだ。でも平気なんだけど。
一通り、車屋さんとお話した後はちょっと買い物へって思って、街外れのWal−Martへ。ウィンドーウォッシャー液とか買わなきゃいけなかったし、他にも必要な雑貨があったから、今日はいろいろと買っちゃった。こんなにたくさん買い物するなんて久しぶり。それからは家に戻って今度は家のお片付け。最近はちゃんと掃除もしてなかったし、何だか久しぶりにお掃除したって感じ。といってもバスルームとお勝手だけしかやらなかったけど。たったそれだけだったけど、ちょっとお疲れ。
ちょっとだけゆっくりしてから修理工場へ車を持っていったの。最初1時間で終わるっていってたんだけど、今日は忙しかったらしくって結局2時間かかって5時に整備完了。ただオイルだけ交換するのかと思ったら、別のところもちゃんと見ていてくれたし、タイヤの空気圧も調べてくれたみたい。さらに驚いちゃったのは、ウィンドーウォッシャー液も満タンになってたんだ。これを知ってたら別に朝買う必要もなかったんだなぁーって思っちゃった。
ドアミラーがなくなったときとかブレーキの交換が出来ないとかいろいろといわれてちょっとあせっちゃったけど、どうにかこうにかなったから本当に安心しちゃった。一時はどうしようかと思って、ソワソワするだけで何にも出来なくてちょっと困っちゃったから。今日はそんな感じだったからちょっと長かった。でも、今はもう安心。今かなりマッタリした状態。気疲れしちゃったから今日はこの辺で…。

そうだ。昨日告知するのを忘れちゃったけど、ムースが投稿した作品を一まとめにしました。My Postってところにあるのでぜひぜひ読んでみて下さい。


2002年05月23日(木)



アメリカンフィーリング

エアーメールって書いたことありますか?海外旅行しても絵葉書1枚、書くことないかな。長々と旅行するわけでもないし、電話もあるから絵葉書1枚書くことないのが普通かもね。
ムースが初めて海外へ行った頃は、Eメールなんて便利なものがなかったからひたすら絵葉書を書いてたの。今でも書道塾へ行けばムースが送った数々の絵葉書が残ってるんだ。2年くらい前かな、何かの折にそれを読むことがあったんだけど、その時の心情が書かれていて本当に懐かしかった。いろんな人に絵葉書を書いて送ったんだ。絵葉書を書く他にも日記も書いてたから、たまにそれを読み返すとちょっと面白くって。両親宛に送った絵葉書も残ってるけど、それは心配させないように書いているだけだし、この先どこへ行くかってことが主になってるからちょっと面白くないけど…。もし、ムースが書いた絵葉書をまだ持ってる人がいて、それを見せてくれたらおかしくて笑い転げちゃうだろうなぁ。今では当たり前のように思えることもあの頃にはすべてが新しい発見になってたし、小さな発見に日々驚いていたから。
絵葉書ばかりじゃなく手紙もよく書いたなぁ。何度もこのことを日記の中に書いてると思うけど、スペインにいた頃は本当によく手紙を書いた。もちろんイギリスにいるときもね。でも、スペインにいた時は本当にすごかったかも。週に15通近く書いてたこともあるもんね。もちろん書く相手が違っていたし、どれもこれも似たような内容だったと思う。それに週15通くらい書いたっていっても1番よく書いた頃の話で、平均すると1日1通くらいだったと思う。日本に着くまでは投函してから大体1週間かかったかな。だから向こうが手紙を書いて、その手紙がムースのところに着いて、即行返事を書いても遠い過去の話のようになっちゃってたけど…。
学校で知り合った友達からも絵葉書とかよく来てたからスペインのアパートを引き上げる時には靴箱一杯に手紙や絵葉書が詰まってたんだ。これ、ムースにとっての宝物。大事な大事な宝物。日本に帰ってきてからもたまにエアーメールを書いてたんだけど、いつの間にか疎遠になっちゃって。何となく寂しいけど。でも、その住所に手紙を送ったら親御さんが住んでるかもしれないし、また連絡が取れるかもしれないって思うんだ。といいつつ、今だに行動を起こしてないんだけど…。
昨日の晩、日記を書き終わってから突然サーカスの「アメリカンフィーリング」って歌を思い出しちゃったの。今まではアメリカン○○って感じの歌だと、杏里の「思いっきりアメリカン」がムースの中でのアメリカンな曲だったんだけど。でも、杏里の「思いっきりアメリカン」って別れの曲なんだよね。ムースはこの歌を聞いたことがあったからサンタモニカがどんなところだろうと思って、LAへ行った時にサンタモニカまで足を伸ばしたけど…。映画の「スピード」に出たサンタモニカのバスを使って。サンタモニカで生活したわけじゃないから、ムースにとってはただの海辺の街って感じにだった。
「思いっきりアメリカン」ではサンタモニカからエアーメールを送って、1つの恋を終わらせてるんだよね。そしてエアーメールを送った彼女はサンタモニカで1人気まま風になって楽しむんだよね。香水も誰に気兼ねすることなく、自分の好きなものをつけて。ちょっと悲しい感じもするけど、明日に向かって歩くわって感じなのかな。東京ラブストーリーの赤名リカがこんな感じなのかなって思える。
これに対してサーカスの「アメリカンフィーリング」は別れの曲じゃなくってこれからこの人と一緒に歩いてこうって感じの曲。共に竜真知子の作詞。どんな歌詞かわからないでしょ?ムースも♪今 私はコバルトの風〜ってところしか知らなかった探しちゃった。本当に苦労したの。でもやっとのことで見つけたんだ。「ここ」をクリックしてもらえれば歌詞が見れます。メロディーは申し訳ないけど検索して見つけてください。Midiによるものだったらいくつか見つかると思うので。歌詞を見てもらえればわかると思うけど、いい曲だなぁって思う。人の心って迷いが多いし、この人とうまくやっていけるのかなって迷うこともたくさんあると思う。その上、隣りの芝生はいつも青いもんね。そんな時、自分の心を見つめ直す意味でちょっとひとりになってみて、どうしたいか、何がしたいか考えて、この歌のように「愛するひとは あなただけ 今日から もう何も迷わない」なんていえる、そんな人生って素敵だなぁって思って。自由な空に誓うのもいいし、南の一つ星を見上げて誓うのもいいし。
でも、水を差すわけじゃないけど、飛行機の中で手紙はなかなか読めないよね。だって隣りの人に見られたら恥ずかしいもん。ビジネスクラスやファーストクラスに乗ってる人はそんなこと感じないかもしれないけど、万年エコノミーのムースはこの現実をよく知ってます。ムースが昔カナダへ行く時、飛行機の中で読んでといわれた手紙をもらったことがあるの。最初は飛行機の中で読もうと思ってたけど、別れの手紙だってわかってたから家を出る前に読んじゃった。本当はその手紙を部屋に置いてカナダへ行こうとしたんだ。そしてカナダではそんなこと一切考えずに思いっきり楽しもうと思って。でも、マリリンにいわれて(マリリンについては「ここ」をクリックして参照してください。行間を読めといった人です)その手紙を持って飛行機に乗ったんだけど、さすがに飛行機の中では読めなかった。だって隣りの人に丸見えなんだもん。飛行機の中では本当に手紙なんて読めません。っていってもこれは歌だしねぇ。きれいなままで…。
この「アメリカンフィーリング」の歌詞を探している時に「ホームタウン急行(エクスプレス)」って曲に出会ったのね。これねぇ、「アメリカンフィーリング」のB面なんだけど、この歌も毎週聞いてたの。鉄道公安官っていうテレ朝のドラマがあったんだけど、これのエンディングで使われてた曲なんだ。サーカスが歌ってたっていうのは記憶の片隅にあったんだけど、歌のタイトルは知らなかったの。でも、昨日タイトルを見たときにピーンときたんだ。これに間違えないって。歌詞の1部を覚えてたからこの「ホームタウン急行(エクスプレス)」の歌詞を見たときにやっぱり間違えなかったって思えたんだ。ただ残念なことに1部しかメロディーを覚えてないから、どんな曲だったかは今1つ思い出せないの。

たまにはエアーメールでも書いてみようかな?それを受け取った誰かがムースに逢いに来てくれたりして。ってそんなことはないか。でも、Eメールもいいけど、たまには手紙を書こうって思っちゃった。そういえばこんなこと前にもいってたよね。今度こそは書いてみよう。だって今のムースはアメリカンフィーリングなんだもん。って当たり前?


2002年05月22日(水)



こころ

昨日から読み始めた夏目漱石の「こころ」を読み終えちゃった。何ともいえない気持ち。特に最後の章、「先生と遺書」は人の心の奥底を描いているだけに、重くムースの心に伸し掛かってきちゃった。高校生の時に教科書に載っていたのがこの最後の章。Kと私のやりとり、そして心情の変化を描いたところ。読んでいて思ったのは、誰しもが持っている人としての醜い部分をこうも描き出されると、それはまるで自分のことをいわれているかのようでちょっと辛い気分になるってこと。自分自身を含めて嫉妬をしたことがない人間なんて見たいことないし、自分の都合のいいようにしたいと思うのは至極(しごく)当然のこと。人間、煩悩を捨て無我の境地で何かに挑んだつもりでも、心の奥底では私利私欲が渦を巻いて今やその心を飲み込まんと待ち構えている。ややもすれば、無我の境地で挑むというのは口先だけのものとなりその心は私利私欲の塊となりがちである。お坊さんとか聖職者と呼ばれる人からは人間そういうことではいけないと叱責されそうだけど、でも自分の心に正直になるとやっぱり欲しいものは欲しいと思っちゃう。欲しいものを手に入れようとするのは普通のことだし、人はそれだから努力するんだと思う。欲しいものを手に入れるとき、そのやり方がきれいとか汚いとかあるかもしれないけど、それはその人の価値観や倫理観によって違うわけだし。ムースの中で善しとされるものだって他人にとって悪しとされるものがたくさんある。だから自分が美しく自らの欲するものを手に入れたとしても、その手法は甚だ人の道からはずれていると思われることだってあると思う。だって美しいというのは主観であって客観ではないから。
何か変なこと書いてるかな?最近はちょっと悲観的な意見が多いかも?煩悶(はんもん)することがちょっと多いのかな。もうちょっと楽観的になれればいいんだけどねぇ。スペインにいる時はちょー楽観的だったんだけど。どうしちゃったんだろう?ここんとこ変かな。でも寂寞(せきばく)となっているわけでもないし、厭世(えんせい)的にもなってないから。
昔現国の授業の中で一部を読んだのと、今改めて全部を読んだのでは受ける印象が全く違うね。この間読んだ太宰治の「人間失格」もそう。全然印象が違った。それなりに年をとったのかな?ピーターパンシンドロームだし、アダルトチルドレンなのに。何だか滑稽だね。
そういえば、昨日気づいたんだけど、日曜日の夜の記憶がムースの中からすっぽりと抜けてた。何をしてたんだろうって思ったの。だっていつもいろいろな人の日記を読んでるのに日曜日に読んだ形跡がなかったの。っていうか読んでなかったの。人によって書く時間が違うから朝と晩に巡回してるんだけど、夜の巡回がなかったみたい。でも何やってたか思い出せない。健忘症になっちゃったのかな。イヤだねぇー、年をとるって。記憶力が著しく衰退しているだもん。医学的には年をとったからものを覚えられないってことはないみたいね。ってことはこの記憶力衰退の原因は何?不思議だぁ。
「こころ」を読み終えたし、次は何にしようと思うんだけど、実は今リビングルームに読みかけのハリーポッターが転がってるの。どうして「こころ」はたった2日で読めるのにハリーポッターは6ページ読んだだけで飽きちゃってるの?次はハリーポッター読むぞーといいたいところなんだけど、江国香織か唯川恵か吉元由美を読む可能性大。それが終わったら三浦綾子の氷点でも読もう。ハリーポッターはいつ読むことになるやら…。

難しい言葉、使いすぎちゃった。やっぱり子供だ。覚えた言葉をすぐに使いたくなっちゃう。


2002年05月21日(火)



東京って…

どうしたんだろう?今日はダルダル。全然体が動かなかったの。めずらしく朝早くに目が覚めたんだけど、金縛りにあったかのように動けなくってそのまま寝ちゃった。で、結局起きたのはお昼になってから。今日こそは図書館へ行って調べ物をしようと思ってたけど、ちょっと出来なかった。つい2、3日前まで食べることも忘れ、ネットでいろんなことを調べてたんだ。でもここ2、3日は食欲旺盛でちょっとネット離れ。人が変わったかのように食べてるかな。だから立ちくらみもしなくなってしたし…。って実際には立ちくらみじゃなくって、座ったままで血の気が引いていってたから。座りくらみ?ムースは昔から立ちくらみをよくしてたし目の前で星がキラキラと光ることが日常茶飯事なので特に気にもしてなかったけど、さすがに座ったままなのに血の気が引いていったのにはあせっちゃった。そんな訳で、ちゃんと食べるようにと気をつけたんだけど、それに反して体が動いてくれなくなっちゃった。
お昼に起きてからこれといったことは何もしなかったんだ。あっ、調べ物はちょっとしたかな?でも、それもすぐに終わっちゃって。何しようか考えたんだけど、そういえばまだ夏目漱石の「こころ」を読んでなかったと思って、今日ちょっと読みました。最初、太宰治の「津軽」を読もうかなぁって思ったんだけど、読むなら1日かけて集中して読みたいって思ったから「津軽」は後回し。で、「こころ」の最初の部分を読んだの。目次を見たら3つの部分にわかれていたんだ。「先生と私」、「両親と私」、「先生と遺書」の3つ。今日は「先生と私」だけ読んだの。ムースがよく読むオンライン小説と違って展開が早い訳でもないんだけど、なぜか引きつけられちゃった。やっぱり文章の書き方が上手なのかな?それと夏目漱石を読んでると東京が舞台になってる文章も多いから、頭の中に情景が浮かぶのかも。もちろん「坊ちゃん」のように四国松山が舞台になってるものもあるけど。でも、小説の中に神田小川町が云々とか佐久間町が云々とか書いてあると、あぁ、あの辺の話を書いているんだなぁって思いながら読めるから。東京以外の人にはこんな地名馴染みがないかもしれないけど、東京で生まれ育ったムースには馴染みがあるの。だから読んでいても楽しいのかもしれない。考えてみれば明治時代の文豪といわれた人たちってその多くは本郷に住んでたんだもんね。本郷ってところは東京大学のそばの辺り。って東京の人じゃないと東大がどこにあるかも知れないって人が多いかな。うぅ〜ん、何ていえばいいかな?
昔、北の玄関口といわれた上野駅のそばに上野公園っていう大きな公園があるのね。その公園の中にパンダで有名な上野恩賜動物公園とか東京都美術館とか国立博物館とかいろいろな施設があるの。でね、公園のずーっと突っ切っていくと不忍池っていう池があるんだけど、その向こうが東大のはずれになるのかな。ところで、不忍池って読み方わかるかな。東京の人にはわかるに決まってるじゃんっていわれそうだけど…。「しのばずのいけ」って読みます。父がいってたんだけど、読み方を間違える人が多いらしいから。「ふにんいけ」とか「ふにんのいけ」って読む人もいるそうなの。
小説を読んでると、上にも書いたけど神田○○町っていう地名や本郷や小石川等、作家が住んでた辺りや本屋さんのたくさんある辺りの地名が本当に多く出てくる。でね、そのそばに一ツ橋っていう地名があるのね。何があるかな?毎日新聞があって目の前には皇居のお堀が見える辺りなの。そこでの話なんだけど、父がある人に「一ツ橋へ行きたいんですけど、どういったらいいですか」って聞かれたんだって。父はここが一ツ橋ですって教えたらしいんだけど、その人は違うといい張ったそうなの。私の行きたいところはここではないって感じで。で、よくよく話を聞いたらその人の行きたかったところは一ツ橋ではなくって一の橋だったんだって。一の橋っていうのは麻布十番の坂を下ったところの辺りのことなの。たまたま父は若い頃麻布十番の辺りをフラフラとしてたことがあるからすぐにわかったそうなんだけど、東京の人でもわからない人が多いから地名は間違わないようにね。東京の地名ってまぎらわしいから。

とここまで書いたところで、ちょっと港区の地図を見たんだけど、何か懐かしくなっちゃった。港区に天現寺って呼ばれるところがあるの。住所だと広尾になるのかな?そこにね、ムースが出た高校の担任の先生が住んでいたことがあって。高校を卒業してまだ間もない5月。友達と予備校の帰りに先生の家へ行こうってことになって2人で行ったの。その先生もムース達と一緒に卒業しちゃって、その時はプー太郎だったのかな。だからヒマしてたのかもしれないね。でね、夕方くらいになってから遊びに行ったんだけど、ご飯でも食べに行こうかってことになったんだ。3人だけっていうのも何となくってことでもう1人友達を呼んだの。その友達は高輪に住んでいたし、すぐに来るからっていって。電話してから30分くらいで来たのかな?それからみんなでご飯を食べに行こうってなったんだけど、その時行ったのが恵比寿のビール園。今のガーデンプレース。そこへ行ったんだけど、下戸のムースにとっては結構つらかった。ガンガン飲まされたから気持ち悪くって。本当に大変だった。今だったら何ともないかもしれないけどね。ムースはもうフラフラだったんだけど、でも大丈夫っていってたの。そうしたら今度は六本木へ飲みに行こうってことになって。本当に大変だった。今思えばよく家に帰れたことだと思う。っていっても今まで通ってた学校から帰るのと変わらないから、あと何駅って思いながら帰ることが出来たからよかったけど。もし初めてのところだったら、家へ帰れなかったかも。考えてみればこの時生まれて初めて六本木っていうところで飲んだんだ。まさかその何年か後に毎週末夜な夜な遊び歩くことになるとは思わずに…。っていってもそこのお店にはその時以来行ったことないけど。ちょっと懐かしいなぁ。
前にも書いたけど、ムースの周りの人は昔の地名を使う人が多いと思う。ムースが中国へ行った時に知り合った人はやっぱり広尾の人で、有栖川宮記念公園の中にある中央図書館ってところに毎日いますなんていう人だった。どんな職業の人だろうって思って聞いたら、無為徒食の身ですっていわれてはぐらかされちゃったの思い出しちゃった。その人も昔の地名っていうか昔の東京の話をよくしてて、皇居のことを宮城っていってたし。ムースなんて川向こうの方ですか?なんて聞かれちゃってビックリしたことある。昔、隅田川を境に武蔵の国と下総の国にわかれていたのね。だから同じ江戸の町でもいわゆる下町は下総の国。本所、深川、向島、これみんな下総の国。だからその人からしたらムースの住む下町は川向こうの土地で国違いなの。でも、今の東京の人でこんなこという人はいなかっただけにちょっとビックリだった。料亭で有名な向島も読んで字のごとく、川向こうの島だから向島。相撲で有名な両国は武蔵の国と下総の国の両国をまたがる所からその名がついたみたい。ここ両国には赤穂浪士で有名な吉良上野介の屋敷跡があるところ。
昔から東京ってところは大きな街だったみたいだけど、でも人間味のあるところだったみたい。今のように無味乾燥の味気ないところじゃなかったのかもしれないね。いつの頃からかそうなっちゃったんだか。もしかしたら明治維新後すべての中心を東京に持ってきて東京至上主義になってからなのかな?今、標準語と呼ばれる言葉だってもとはといえば東京の山の手地方の一方言に過ぎなかったんだもんね。東京の言葉なんて化政文化の時代には大阪の言葉を取り入れていたようだし。東京地方の言葉が話し言葉で、元来大阪地方の話し言葉だったものが東京ではおしゃれとされて、それがいつの間にやら敬語になっちゃったのだってあるみたいだし。何となく吉本興業の人が大挙して東京に来たのと同じって思っちゃうのはムースだけだろうか。昔も今も関西で起こったものが東京でおしゃれとされ、それが全国に広がってるって思うだけど…。東京ってそんな街なのかな。

ダルダルだったけど、結構書いちゃった。昨日、この日記の中でお知らせした「3」に関することをテーマとした短いエッセー。おかげさまで掲載されました。SAM’S SITEさんというコラムのサイトです。「ここ」をクリックしてくださればジャンプできます。3000HIT記念企画というところを進んでいったら読めます。近々、投稿した作品を1つのページまとめようと思いますが、まだ何もしてません。SAMさんへ。締め切りだったのに掲載していただいてありがとうございます。この場を借りて御礼申し上げます。


2002年05月20日(月)



矛盾の中で…

ここのところ、何となくフラフラしてる感じ。どうしたのかなって思う。きっといろんなことを考えていて、決まった時間にご飯を食べてなかったからこんなことになっちゃったかな。その割にはスミルノフ君とはいつも仲良くしてたから。日記を書き終わった後は大体スミルノフ君と2人でネットを見ながら明け方までお話してたし…。スミルノフ君の影響で寝起きはなんとなくだるいし。っていっても二日酔いするまでは飲まないけど…。そんな訳で、夏休みが始まってからたった1週間しか経ってないのにムースの生活は昼夜逆転現象が起きてしまいました。やっぱり学校へ行ってる時は生活のリズムがいい。そう思っちゃった。規則正しい生活をしてるから、今よりは集中力もあるし。今はちょっと大変かな?投稿するのに何かを書こうと思うけど、今1つ考えがまとまんなくて…。この間いってた「3」がテーマの作品。書くのにちょっと苦労しちゃった。
ムースとしてはこのことを書きたいってことがあったんだけど、話の展開をうまくそこに持って行くことが出来ないの。だから結局そのテーマはやめにして、他のテーマで挑戦。そのテーマは書きやすいものだったんだけど、話がうまく膨らんでいかなかったので、ちょっと短めのエッセーを書きました。締め切りギリギリだったから間に合ったかどうかわからないけど、もし掲載されたらここで必ずご紹介します。
昨日の日記はやや重い感じの日記になっちゃったよね。っていうか、書こうと思っても、書きたいことがうまくまとまってくれなかったの。このこととこのことをうまく結びつければ話が展開するだろうって思っていろいろと調べたんだけど、いろいろなことを調べれば調べるほど収拾がつかなくなっちゃって大変。昨日は朱熹(朱子)の偶成について書いたけど、あれも苦し紛れに書いちゃったって感じ。以前ネットをフラフラしてた時に「少年老い易く学成り難し」っていうのを見て、ちょっと思い出したの。そういえば昔、そんなのを書いたなぁーって思って。日本武道館で毎年お正月に行なわれる席書大会(書初め大会)の課題が「少年易老学難成 一寸光陰不可軽」だったことがあるの。もう何年も前の話しだけど…。だからこの七言律詩だけは漢文に無知なムースでも知ってたんだ。全部じゃないんだけど…。最初の2行だけ。でもこれは忘れるのことが出来ないだろうなぁ。何度書いてもうまく書けなくって何度も何度も同じこと書かされたから。最近は仕事にかこつけて、全然練習しないけど。って昔も全然練習しなかったかな?冬休み中、500枚くらい書く人もいるみたいだけど、ムースは100枚書くのがやっとだったかな?ただ書けばいいってものじゃないから、1日に10枚も書くと結構疲れちゃうんの。2時間くらい書いたらもうヘトヘト。ここが上手になる人と下手なままの人の差かもしれないんだけど、上手になる人はここでさらに1枚書く。しかも最後の1枚と思って全神経を集中して書く。でも、ムースはここでやめちゃいます。やぁ〜めたっていって。きっとこの小さな差がいつの間にか大きな差になるんだろうね。
昨日の日記を書くとき、話題を朱熹の偶成に結び付けるにはどうすればいいかって思ったんだ。やっぱり「少年老い易く…」っていってるくらいだから、時について書かなきゃダメだって思ったの。でも、それがまた一苦労。昨日、絶対と相対をかなり強調して書いちゃったでしょ。なぜかっていうと相対性理論をちょっと意識したから。っていうか、かなり意識してるよね。絶対空間とか絶対時間とか。ニュートン力学では時間っていうものは絶対的なものだったらしいんだけど、アインシュタインがそれを根底から覆しちゃったんだって。サルでもわかる相対性理論っていう感じのHPを見てたんだけど、ムースの頭では理解不能だった。ただ1つわかったのは光の速さは不変であること。そして、それに基づいて生まれた理論が相対性理論だってこと。その理論に従うと、時間っていうものは相対的なものであって絶対的なものでないんだって。これだと何がなんだかわからないよね。ムースもよくわかってないから、うまくいえないんだけど、例えば1秒って時間は自分にとって1秒なだけであって他の人には1秒でないってこと。今この時点から光より早い速さで移動する宇宙船に乗って3年間時空を旅して、地球に戻ってくると、地球では約200年の月日が過ぎているそうだ。ムースにとっての3年間が地球上にいる人の200年にあたる。ってことはムースの1秒の長さははみんなの1秒の長さとは違ってくる。だから時間ってものは絶対的なものではないってことらしい。よくわかんないでしょ?ムースもよくはわかってません。もっと詳しく知りたい方は申し訳ないけど、本を読んでください。もしくは物理の先生に聞いてください。
こんなことを考えてたから、頭の中はポワンポワン。そして頭の中で踊ってる文字は絶対と相対の相反する2つ。矛盾してるなぁーって率直に思った。いつも考えてることの中に矛盾というものが多く含まれているんだけど、昨日は矛盾することだけ。人っていつも矛盾することばかり考えてるんだなぁーって思っちゃったの。でも、逆に矛盾することばかり考えてるから人間なのかなぁって。ムースが学校で勉強してるコンピュータ。これは矛盾にはめっぽう弱い。プログラムを書いているときに1つでも矛盾したことを書くと、その答えは全く違うものになっちゃう。だから決して矛盾したことをコンピュータで行なってはいけない。人だったら相手が矛盾したことをいってもどこかで調節する機能を持ってるけど、コンピュータにそんなものは備わってないから。その割にはコンピュータは誤差をたくさん生み出す。前にも書いたかもしれないけど、小数点以下第8桁以下を四捨五入したりしてしまったりする。だから、この数に1億を掛けたら予想した数と全く違う数が出てくる。これがただの計算だったらいいけど、月へ行く宇宙ロケットの軌道を計算するものだったら大変なこと。計算間違えちゃった、ゴメンでは許されない。って実際にコンピュータプログラミングのミスでNASAは何十億っていうお金をドブに捨てたことがあるらしいんだけど。これは小数点以下を数値を切り捨ててしまったために起こってしまったらしい。これを考えると本当にコンピュータっていうものは想定外の出来事に弱いし、矛盾にも弱い。でも人って矛盾も誤差も修正することができる。っていうか、結局人っていつも矛盾の中で生活してるから対応が出来るのかな?誤差についてもしかりで、いつも微妙な誤差を無意識に調節しながら生きているのかな。
矛盾と誤差の中で生きる人間。慣れているつもりでもその中で生きるのはやっぱり疲れる。矛盾なんてなければいいのにって思いながらも、今この瞬間矛盾したことを考えてしまったり。矛盾ばかりでイヤだね。


2002年05月19日(日)



時の流れ

決して止まることない時の流れ。今、この瞬間に思ったことは、次の瞬間には過去のものとなってしまう。今のこの瞬間を大切にしなければ、私の思いや考えは常に過去のものとなり、決して今の思いとはならない。一瞬、一瞬を大切に生き、後悔をしないようにしなければ、後ろを向く時が多くなるだろう。後ろを向きながら時の流れと共に歩もうとすれば、それはとても不安定なものとなるだろう。その不安定さは私に不安と恐怖を与えることだろう。その不安と恐怖にさいなまれれば、私の足はすくみ、立ち止まってしまう。そのことは否めない。そして立ち止まった所にある過去にすがりつくことであろう。なぜなら過去というものは美化されるから。その美しい過去にすがって生きてしまう。しかしこれでは時と私の間に溝が出来、その溝はこの瞬間にも広がっていってることだろう。たとえ時の流れと同じ速度で進めないとしても、やはり前を向いていかなければ、いつの日にか過去の遺物となり人々の記憶の中から消え去ってしまうだろう。
しかし、前に向かったところで、私に何ができるのであろうと自分に問いかけることがある。何かをやらなければいけないと思いながらも何をしていいかわからない時もある。そして何かをやる限りは失敗はしたくないと思う。しかし、人生において成功や失敗といったものはすべて相対的なもの。絶対的なものは存在しない。何が成功で何が失敗かは常に相対的なもの。時や空間ですら今では相対的なもの。絶対空間もなければ絶対時間も存在しない。時空という相対的な時間の中で生きる私。そして相対的な判断で失敗か成功かを決めてしまう。心の中では人と比較することはいけないと叫んでいるのに…。常に私の持っているものさしの尺度ですべてのものを計ってしまう。そして相対的な判断で幸せか不幸せかを決める。
前に向かって歩かなければといいつつ、後ろばかりを向き、人と比較することはよくないと思いながら、相対的に見ていいか悪いかを判断する。他人との比較なしには相対的な判断っていうものはない。もしこの世に絶対というものが存在しているのであれば相対という概念は必要ない。絶対的な判断に委ねればいいのであるから。
矛盾だらけの私の心。心の中では葛藤だらけ。こう考えている間にも時は過ぎていく。そして時の重みを感じる。
今日1日何をしたのだろうと思う。ムダに過ごしていなかったかなと思う。朱子の言葉を思い出す。

少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覚地塘春草夢
階前梧葉已秋声

少年老い易く学成り難し
一寸の光陰(こういん)軽んずべからず
未だ覚めず池塘(ちとう)春草の夢
階前(かいぜん)の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声

月日のたつのは早く、自分はまだ若いと思っていても、すぐに老人になってしまう。それに反し、学問の研究はなかなか成し遂げ難い。だから、寸刻を惜しんで勉強しなければならない。池の土手の若草が夢心地から覚めきらないうちに、早くも夏は過ぎ、階段前の青桐にはもう秋風がおとずれるようなものである。

過ぎ行く時の流れ。一瞬、一瞬を大切に生きていこう。そう思う今日だった。

今日は何にも書けません。一昨日のあの異常なくらいの調子よさはどこへ行ってしまったんでしょう。一瞬の夢だったのかな…。


2002年05月18日(土)



まわりくどく…

昨日はものを書くってことが楽しいと思って朝から晩まで書いていたのに今日は何にも書くことが出来ない。うぅ〜ん、ずいぶんと波があるなぁ。出来ることなら昨日のような感じが2日3日続いてくれればいいのに…。
今さっき、遅ればせながらサッカーの日本代表のメンバー表を見ちゃった。鹿島アントラーズの選手が多いんだね。昔は読売クラブと日産自動車が多かったけど。それと変わったなぁーって思えるのが外国のサッカーチームに所属してる選手が多くなったこと。ヨーロッパや南米の選手は世界中に散らばって、W杯になると国に戻ってくるってことが多かったよね。ついに日本の選手にもそういう選手が多くなってきたかなって思う。ムースの目から見たらいい感じぃーって思うけど。サッカーが好きな人の目から見たらこれっていいことなのかな。どうなんだろう?でも、どこの国のチームもいろんな国の選手の混成チームだもんね。
例えば先日、15日にチャンピオンズリーグで優勝したレアル・マドリード。あそこだって近隣諸国の有名選手だらけだもんね。決勝戦で決勝ゴールを決めたフランスのジダン。そしてポルトガルのフィーゴ。そうそう、近隣じゃないけど、ブラジルのロベルト・カルロス。そして地元スペインからラウル。ちょっとしたドリームチームだよね。今回の代表選考からは落ちちゃったけど中村俊輔はこのドリームチームに移籍しようとしてるんだよね。確かに彼のフリーキックはすばらしいけど、この中でレギュラーをとるのは難しそう。だって線が細いもん。周りは具の詰まった図体のデカイ外人ばかりなんだから。っていってもスペイン人はそんなに大きくないか?それにしても、15日の晩はスペイン中、どこもかしこもお祭り騒ぎだったんだろうなぁー。なんてったってレアルがヨーロッパで1番強いチームになったんだから。きっとよく16日もその話で持ちきりだったんだろうなぁ。サミュエル・L・ジャクソンとハイデン・クリステンセンがマドリードにいたそうだけど…。
代表選手の所属チームを見てると、イタリアから1人、オランダから1人。でもイギリスからは2人もいるんだね。でも、ムースがイギリスにいたときサッカーなんて興味なかったし、パブへいったらTVでやってたからそれを1度だけ見たけど、それ以外は見たことなかったな。だからプレミアリーグのことはチンプンカンプン。もっぱら映画を見てたような気がする。あの頃はイギリス訛りの英語って嫌いだったけど、最近はイギリス訛りの英語を聞くとうれしくなっちゃう。あんまり聞かないからかな?実家にいた時は英会話学校へ行ってたし、そこはイギリス系の英会話学校だったから、イヤでもイギリス英語を聞いてたけど。今は全然。でも、ビデオを見ればイギリス英語って聞けるのかな?まだ見てないんだけど、トレインスポッティングとかブルージュースとか。でも今は昔の映画も見てみたいかも?戦場にかける橋とかアラビアのロレンスとか。イギリス英語が聞けるかどうかわかんないけど、でもアレック・ギネスが出てるから。アラビアのロレンスは2回しか見たことないんだ。戦場にかける橋はどうだろう?曲は有名なんだけどね。♪さる、ゴリラ、チンパンジー…って曲。小学校の時、ムースはこのクワイ河マーチというかボギー大佐というか戦場にかける橋のテーマ曲を毎日聞いていたから。
サッカーの代表よりもムースにとって気になること。それはスタンレーカップというアイスホッケーの試合の結果。実家にいる時はWOWOWとESPN、両方見れたし、いろいろとチェックしてたんだけど、今はTVがほとんど映らないところだし、貧乏人ムースにはお金を払ってまでTVを見る余裕がなくなっちゃったの。だから今年はあまりチェックしてなかったんだけど、今日フラフラっとNHLのHPへいって試合の行方を見たら、な、な、なんと、ムースの好きなトロントがイースタン・カンファレンスの決勝に残ってるじゃない。ちょっとびっくり。しかも相手がカロライナ・ハリケーンズ。最近出来たチームは弱いチームが多かったけど、カロライナが決勝に残ってるとは。ちょっとびっくり。今のところ、トロントが1勝0敗でリード。このまま勝ち進んで欲しいなぁ。西側はどちらが勝ち進むにしてもいいチームだから。チェリー(クリス・チェリオス)、シャナハンとかがいるデトロイトか。それともムースのHNの由来となったハリファックス・ムースヘッズ出身のアレックス・タンゲイやムースの好きなジョー・サキック、守護神パトリック・ロアのいるコロラドになるか。ムースとしてはコロラドがいいけどなぁ。そしてトロント対コロラド。うぅー、たまんない。トロントのマッツ・サンディン対コロラドのピーター・フォースバーグのスウェーデン人FW対決っていうのも見たいし…。楽しみだぁー。でも、最終的にはトロントに勝ってもらいたいな。カナダ人は喜ぶだろうなぁ。オリンピックで男子、女子共にアイスホッケーは金メダルとってるし、スタンレーカップもカナダに持って帰ってきちゃうんだから。トロントへ行きたなぁ…。あっ、そういえば、ハイデン・クリステンセンってバンクーバー生まれだけどトロントで育ったんだ。
と、ここまでスポーツネタを中心にしながらも、今日1番書きたいことを強引に結び付けて、そのことをほのめかしたつもりなんだけど…。ちょっと強引過ぎたかな?ムースとしては接点があったからちょっと書きやすかったんだ。スペインネタを書くのは楽だし、いくらサッカーのことを知らないムースでもレアル・マドリードくらい知ってる。イギリスのサッカーのことは全くわからないから、イギリス英語の話と昔の映画の話でごまかしちゃった。ハイデン・クリステンセンがたまたまトロントの人だったから、ムースの好きなメープルリーフスの話をして。何の話をしてるかわかんない人がほとんどだと思いますが、ムースとしては出来る限りほのめかしました。トレインスポッティングとブルージュースの両方に出演している俳優はユアン・マクレガー。アレック・ギネスはそのままだよね。それとサミュエル・L・ジャクソンとハイデン・クリステンセンもそのままか。今日は久しぶりに光合成。外出して映画を見てきたんだ。「La guerra de las galaxias Episodio II El Ataque de los Clones」を見てきたの。ってまだまどろっこしいこと書いてるよね。「スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」を見に行ってきちゃった。ここの街に来てから初めて映画。考えてみればここ1年半くらい映画館で映画なんて見てなかった。いつもビデオかWOWOWかスカパー。今はWOWOWもスカパーもないけど、家にちょっとだけビデオがあるからそれをもっぱら見てるかな?あとは人から借りて。レンタルビデオ屋さんにもいってないや。っていうか、レンタルビデオ屋さんまで行くのがちょっと面倒かも?歩いて5分なのに…。映画館は歩いて2分くらいにところにあるんだ。なのに映画を1回も見に行ったことがなかったの。前もパニックルームが見たいっていってたのにいつの間にか終わってたし。だから今回は、終わっちゃう前に見に行ったんだ。お昼、1時半からの上映だったんだけど、久しぶりに見た空はとってもきれいだった。思わず歌い出しちゃいそうになっちゃった。♪知らなかったよー 空がこんなに青いとは…って。昔、コマーシャルでも使ってたからこの歌を知ってる人は多いよね?ムースは小学校の音楽会の時、隣りのクラスの人たちがこの歌を歌っていたから覚えてるんだけど。
映画のことについては何も書きません。ムースが書かなくても否応なしに周りから聞こえてくるでしょうから。ムースが映画の感想を書いて、変な先入観を与えちゃったらイヤだから。っていうか、ムースの場合、感想を書くのが下手なの。感想っていうより、あらすじを教えちゃいそうで恐いんだ。どこどこのシーンが○○だったとかいった感じで書いちゃいそうだから。そんなこと書いたら今楽しみにしてる人に悪いもん。正直なこというと、いいたくってうずうずしてるの。でも、何も書きません。

たった1行で終わっちゃう話をふくらますっていうのは大変だねぇ。でも、今日の日記を見たときに、「スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」を見に行ってきちゃったって1行だけ書いてあるよりはマシでしょ?あまりにもまわりくどいから1行だけの方がよかったかな?「あっ、そう」っていって終わるもんね。でもそれじゃ、何だかさびしいじゃない。まるで家では「めし・ふろ・ねる」しかいわない人みたいで。たくさん、たくさん、話をするからいろいろなことがわかる、話し手がどんな人だか見えてくるんじゃない。この日記の場合でいうと、たくさん、たくさん、いろんなことを書くから書き手が見えてくる。こんな感じの人なんだろうなぁって。それがコミュニケーションの第1歩かなって思うの。もしムースの日記が「今日、スターウォーズを見てきた」で終わっちゃってたり、「今日、書きたくない気分」、「今日、うれしい」、「今日、悲しい」だけで終わっちゃってたから、相手が何考えてるかもわからないし、コミュニケーションなんて成り立たないと思うの。これだって一方的に発信してるようだけど、コミュニケーションのきっかけになると思うんだ。確かに高倉健のような無言の美みたいなのもあると思う。でも実際にそんな人と一緒にいたら息が詰まっちゃうんじゃないかな。何考えてるかわからないから、イライラすることもあると思うし。不器用なものですから。それだけでは中々伝わらない。あれは映画の中だからいい訳であって、現実にはしゃべってなんぼなのかなって思う。一方通行はコミュニケーションとはいわないと思う。だから自分がしゃべった分、相手の話も聞いて。その人が心を開ける相手だったら…。


2002年05月17日(金)



書くことを楽しむ

ここ数日、ものを書くってことを楽しんでいるムースです。先日、鼠丼さんのHPで企画してる「盛者必読の理」に投稿してからというもの、何か書いてみたいという欲が出てきちゃった。今まで、上手く書けないって悩んでいるばかりだったけど…。今はちょっとだけ視点を変えてみます。投稿を募集してるサイトさんって必ずっていっていいほどその投稿作品のテーマを持たせるの。って当たり前か?「盛者必読の理」は電話がテーマ。こういう身近なものがテーマだと比較的書きやすいんだよね。でも、この日記にはテーマがないの。ムースが思ったことを思ったまま書く。それがテーマでしょうっていわれると、そうですと答えるしかないムースだけど…。でもムースの書く日記のテーマは自由。教育について書くときもあるし、旅行関係についても書くときがある。専門のコンピュータについては1度も書いたことないかな?でも、よく話は出てくるよね。ムースにも得意な話題と不得意な話題があるからどうしても偏ってしまうけど…。自由すぎて時に書けなくなっちゃうこともあるんだ。そういう時は大体自分の考えがまとまらない時。頭の中でいろんな考えが踊っちゃってるから。収拾つかないの。
だから今書きたい病になってるムース。テーマを求めてフラフラしちゃいました。実はちょっと気になっていたサイトがあるの。今も募集してるんだ。今日ね、朝起きた時、ふと投稿作品を書いてみようって思ったの。これがねぇ、意外と大変だった。投稿のテーマはお酒。いくら断酒してたからといっても、やっぱり好きなものは好き。だからこれだったら書けるって思ったの。その他、ちょっと既定があるのでご紹介します。

  • テーマとして「酒」の登場する歌を選ぶこと。
  • タイトルはその歌の題名とすること。
  • テキストの内容にその歌を絡めること。
  • なお、いわゆる「縛り」として、 次の条件を満たす文言・語句を文中にいれてください。
    「頭の中で 100 人の○○が××しているような」。
    ただし、○○や××は好きな語句をいれて構いません。
  • 決め台詞。
    「誰もが知っている」決め台詞。 マニアックなものには誰のセリフかわかるようにすること
結構楽しそうな内容でしょう?だから今日はお昼からこの投稿作品のことについてずーっと考えてちゃった。そして1つの話を書いたの。恋に縁がないっていってる割には、こういうのを書く時ってなぜか恋の話になっちゃうんだ。とっても不思議だけど。その物語も恋のお話。ムースがスペインにいたときの話かな?脚色はしてないと思う。でも、思い出は美化されるから常に美しいの。だから無意識に脚色してるかもしれない。この物語、ハッピーエンドじゃないんだけど、ちゃんとオチがあると思う。決め台詞が何となくオチのような感じになっちゃったから。でね、いざ投稿しようと思って投稿規程をよく読んだら、1つ重要な所を勘違いしていたの。もぉー最悪って感じだった。テーマとして酒の登場する歌を選ばなきゃいけないのに、お酒にまつわる話を書いただけで歌詞の中には1度もお酒のでてこない曲を選んじゃんったの。曲は何を選んだかというと、アルフィーの「恋人になりたい」。この曲には全くお酒が出てこないからね。他の投稿規程はすべてクリアーしたのに。がっかりしちゃった。
でもね、今はちょっとだけ書きたい病。今日のムースはこんなことじゃめげなかったの。インターネットで一生懸命お酒の登場する歌を調べちゃった。いろんなページを見ていくうちに、いいHPに出会って、そこで2ついい曲を見つけちゃった。しかもムースとしては書きやすい感じだったのかな?でね、ムースは梓みちよの「二人でお酒を」を選んだの。結構書きやすい曲だったからんだけど、今度は決め台詞が見つからなかったの。いろいろ考えたんだけど、舞台になる場所を考えたら、これだぁーっていう台詞があったからそれを使っちゃった。読みたいですか?っていうか読んでみてください。2つともムースの体験した恋の話です。エッセーのページに「二人でお酒を」っていうのと「恋人になりたい」っていうのがあるので。「恋人になりたい」は投稿規程を満たしていないから投稿してないけど、「二人でお酒を」は投稿しました。ムースのページの中で発表する分には問題ないと思うので、ここに来てくれた方だけ「恋人になりたい」が読めます。中にはしたのメニューバーがない人もいるんですよね。「ここ」をクリックしていただければトップへジャンプしますので。そこにエッセーっていうメニューがあるのでそこへ行ってください。あとは題名をクリックしていただければ、今回投稿した「飲めや歌えや雑文祭り」への投稿作品が読めます。よかったらでいいんですけど、ムースの駄文を読んでいただけるとうれしいです。もし感想がありましたら、猫が行進しているメールというボタンをプチッとクリックしていただければ、メールフォーム用のウィンドウが開きますので。
今日は2作品書き上げたムースですが、実は今もう1つ投稿しようと虎視眈々とねらっています。テーマは「3」なんだけど、どうもいいものが浮かばないの。といっても、今日、ネタ集めをしているときに、ムースの父が好きな映画の中に「3」にまつわることをいっている台詞があったので、それを拝借しようかって考えてるんだ。「3」ってテーマは簡単なようだけどムースには難しい。3といって思い出すのは…。3番サード長嶋、背番号3。三日三晩。桂三枝。三つ目が通る。ワンダー3(共に手塚治虫原作のマンガ)。ルパン三世。3バカトリオ。三位一体の攻撃(アタックNo.1より:四天王寺高校、かおり・しずか・かつらのなにわ三姉妹による攻撃)。三匹が斬る。3時のおやつは文明堂。てなもんや三度笠。うぅ〜ん、いいものが浮かばない…。さびしぃー。
明日の朝、目が覚めた時に三嘆するような文章を書けるようになっていればいいけど…。ムースのような三文日記書きにはそれは夢のまた夢なのかな?


2002年05月16日(木)



北の廃線

昭和58年10月23日、北海道である1つの鉄道路線が19年の生涯を閉じた。白糠(しらぬか)線。白糠から北進(ほくしん)までの33.1kmを結んでいたローカル鉄道。この白糠線の廃線が引き金となって全国の赤字ローカル線と呼ばれる路線が次々と姿を消していった。そして昭和62年3月31日。日本国有鉄道が最後の日を迎えた時には、北海道から多くの赤字ローカル線がその姿を消していた。白糠線こそ全国ニュースで取り上げられたものの、その他の赤字ローカル線は声もなく、誰にも気づかれぬまま、その役目を終えていた。そして今、本線と呼ばれる主要路線が大部分を占め、支線と呼ばれる枝状に伸びる鉄道はもうほとんど見ることができない。

昭和58年というと、ムースがバックパックを背負って日本全国津々浦々を渡り歩く前のお話。っていっても、昭和58年の夏には青春18切符を使って、東京から上州・信州を抜け、北陸は親不知の断崖絶壁を横に見ながら富山へ行き、そこから飛騨路を一気に駆け抜け、岐阜を経て尾張の国、名古屋へ。その後京都へ行き、街を散策。夜行列車が発車するまでの時間、街の様子を伺いにと大阪まで足を伸ばした後、京都に戻り、夜行列車で山陰路を一気にひた走り、山陰米子から中国山地を抜け岡山へ。そこからは四国高松を目指して宇高連絡船に乗って高松へ。高松で旅の終わりを告げ、東京へ舞い戻る、そんな旅を友達としたんだ。ムースが初めて北海道を1人で周ったのは、昭和59年の春のことだから。今では聞かなくなっちゃったけど、あの頃バックパックを背負って北海道を旅する人は「かに族」って呼ばれてたんだ。あの頃でも死語になってたかな?かに族っていうのはキスリングっていう黄土色って感じの横に長い布製のリュックサックを背負って、満員電車の中をかにのように横歩きしながら旅してたところからそう呼ばれるようになったんだって。ムースが北海道へ行った時はバックパックを背負って旅行してる人なんてそんなにたくさんいなかったし、バックパックを背負っているから大体「どこの山へ行かれるんですか?」って聞かれたけど。ムースが初めて1人で旅するとき、父にキスリングを貸してやるっていわれたけど、あんな時代錯誤なバックパックなんて恥ずかしくてイヤだよね。今のバックパックのように上に長い訳じゃないから、本当に邪魔だし、人の迷惑だし。そんなかに族って言葉があったように、多くの人が北海道を鉄道で旅してたんだ。今はもうそんな人なんていないだろうって思ったけど、今でもたくさんいるみたい。たくさんのHPで旅行記が紹介されてたから。
ムースが初めて1人旅した昭和59年の春は、白糠線こそはなくなってしまっていたけど、他の路線はまだまだ健在。北海道を汽車で旅するには多少の不便さはあったものの、でもそれを苦にしないくらいの楽しみもあったと思う。たくさんの夜行列車があったから貧乏旅行をしてるムースにはもってこいだったかな?だって宿泊費を浮かすことが出来るからね。ユースホステルってところがあるけど、何となくそういうところには泊まる気になれなくって、駅のそばにあるビジネスホテルに泊まってたかな?たま〜に温泉旅館に泊まっていたけど。ユースホステルに泊まるのはヨーロッパへ行ったときくらい。だから夜行列車を使うこともしばしばあったんだ。寝ている間に移動できるっていうのは結構いいからね。札幌から函館や釧路、網走、稚内へいく夜行列車があったんだ。釧路、網走、稚内へ行ってたのは正確には夜行急行なんだけど。時間調整のために大きな駅では20分くらい止まってたりもしたかな。だからその間にジュースを買いにいったりしてね。春先の北海道は雪も降るし、まだまだ寒いから、列車の中は暖房がガンガンかかっているの。だからとっても喉が渇くんだ。そんなことだから長い停車時間っていうのはよかったなぁ。
このときは根室へもいったけど、ムースの記憶にあるのは道北方面をフラフラとしたことかな?あの時に行ったきりになっちゃってるけど、増毛(ましけ)ってところへもいったんだ。増毛っていわれてすぐにあそこかぁーってわかる人はかなりの高倉健ファンの人だと思う。映画の「駅・−ステーション−」で舞台になったところ。「ここ」をクリックしてもらえればそのことに書いてあるページに飛べます。この増毛ってところから雄冬(おふゆ)ってところへ行く船が出ているんだけれども、風が強いところだからよく欠航になっちゃうんだ。確か映画の中でもそんなことをいうシーンってなかったっけ?ムースの勘違いかな?雄冬については「ここ」をクリックしてください。話を戻して、この増毛ってところから留萌(るもい)を経由して稚内へ向かったの。春先とはいえ、雪も降るし、何てったって風の強いところだか汽車が止まることもしばしば。今はなくなってしまったんだけど、羽幌(はぼろ)線っていう路線があってそれに乗って行ったんだ。ムースが行った日も途中の羽幌って駅でしばらく止まっちゃった。どんなところか想像つかないよね。でもね、日テレで日曜日の朝やってる雷波少年を見てる人ならわかってもらえると思う。前に番組の中で、鮒子っていう人が自転車に乗って日本縦断をしたのね。その時鮒子って人が猛吹雪の中、死んじゃいそうになりながら稚内を目指したんだけど、彼女が通った日本海側のルートこそ羽幌線が走ってたところなの。ムースの場合は運良く何十分か停車した後、運転が再開されたからよかったんだけどね。そしてその終点は「高レベル放射性廃棄物施設」の建設問題で有名になった幌延。今は「深地層研究所」っていう施設の建設に変わっちゃったのね。全然知らなかったけど。その幌延で汽車を乗り換えて、最果ての地、稚内へ。途中、抜海(ばっかい)という駅があるんだ。このときはムースにとってはただの駅だったの。でも、この後にやったTBSのドラマ「少女に何が起こったか」の中でキョンキョンが東京に向けて旅立つ時、1人ポツンと駅のホームに立ってるシーンがあるの。それが稚内の2つ手前の駅、抜海。何でか知らないけど、ムース、このことをよく覚えてるんだよね。1度も再放送を見たことがないからもしかしたら勘違いしてるかもしれないけど。「少女に何が起こったか」っていうドラマはキョンキョンが紙の鍵盤でショパンの革命を一生懸命練習するそんなドラマです。
稚内からは夜行急行、利尻に乗って戻ったんだと思うなぁ。この辺の記憶がちょっとあやふやなんだけど、この後、旭川で夜行急行を利尻から大雪に乗り換えて網走へ向かったような気がする。そして網走から勇網(ゆうもう)線というオホーツク海、っていうか能取(のとろ)湖やサロマ湖に沿って進む路線に乗ったんだと思う。季節的にムースが行った時は流氷が見れるときだったんだけど、ムースは見なかったかな。流氷を見たって記憶がないから。でも絶対にどこかで見てるんだろうなぁ。この勇網線、終点は中湧別(なかゆうべつ)ってところで当時はここで汽車を乗り換えて、遠軽(えんがる)や名寄(なよろ)へ向うことになるの。遠軽っていうのは内陸で、そこからどんどん中に入っていくと大雪山国立公園の中へ入っていくんだ。北海道へ行ったことある人だったらわかるのかな?途中に層雲峡っていう温泉地があるんだ。銀河・流星の滝っていう滝も有名かな。ムースが初めて読んだ三浦綾子の小説、「塩狩峠」は遠軽から旭川へ向かった時、旭川の手前のところにある峠が舞台になったんだ。ムースはこのときは名寄へ行ったと思う。名寄本線って呼ばれる路線があったんだけど、興部(おこっぺ)ってところまではオホーツク海沿いをずーっと北上するんだ。途中に紋別っていう街があるんだけど、紋別だったら結構大きな漁港だから街の名前を聞いたことある人もいるんじゃないかな?今はロシア人がたくさん来ていろいろと問題が起こってるみたいだけど…。
ムースは名寄までいってから祖母の家へいったのかな?それから東京へ戻ったような気がする。このときの記録ってみんな実家だからちょっとあやふやなんだけど。でも、今は無き路線に乗って旅したのは覚えてる。それもきれいな景色の見える路線に乗って。
このときではないんだけど、それから1年半後の昭和60年の夏。520人の命を奪った日航機事故の3日後の8月15日。ムースは突然思い立ったかのように北海道へ行ったの。この日朝起きてから、当時ムースのお気に入りだった背負子のようなフレームのついたザックに荷物を詰め始めて、お昼に羽田へ向かって行ったんだ。使った航空会社は日本航空。しかもあの事故を起こした飛行機と同型のボーイング747に乗って。ちょっと恐かったけど、続けて落ちることはないだろって思ったんだ。このときは襟裳岬にいったの。夏の襟裳は人も多く、ミツバチ族も多かったな。ミツバチ族っていうのはオートバイで北海道を周ってる人たち。ムースも元ツアラー(ツーリングをする人)だったのでミツバチ族の仲間入りをしたかったんだけど、その夢が叶う前にオートバイを降りちゃったから。自転車族っていうのもいるんだけど、これにもなってみたかったかも?輪行(りんこう)っていって自転車をバラバラにして袋にいれて持ち運ぶのね。そうしてみんな自転車ツーリングの出発地点となるところへ自転車を運ぶんだけど、ムースの自転車も輪行できるようになってたから。でも、自転車族よりはミツバチ族になりたかったかな?
襟裳岬で多くのミツバチ族を見てから、ムースは帯広を目指したの。今は無き広尾線っていうのに乗って。この広尾線、名前は知らなくてもこの沿線の駅の名前なら聞いたことあるっていう人がいるんじゃないかな。昔から有名なのは愛国と幸福。愛国から幸福っていう切符を持ってる人もいるんじゃないかな?「ここ」をクリックしたらそのことに触れているので読んでみてください。あと新生から大樹っていうのもあとから出てきたりしてね。こんなに浪漫のある駅名が多かったんだ。ムースが乗った汽車が愛国や幸福に差しかかったとき、地元の高校生がムースに向かって「ここ写真に撮らなくっていい?」なんていってた。
北海道を旅行してるといろんな人に声を掛けられるの。どっから来たの?とか、旅行?とか。車掌さんもムースのところに来てよく話しこんでたなぁ。駅が近くなると仕事をしに戻っちゃうけど、駅と駅の間では、ムースのところでよく話してた。どこを周ってきたの?とか、これからどこへ行くの?とか。そんな人とのふれあいがローカル線の中ではよくあったんだ。でも、それも今は昔。そんなほのぼのとしたローカル線も今はみんな無くなっちゃった。ちょっと寂しいけど、時代の流れには逆らえないもんね。どこへ行ってもそうだけど、田舎は車が主体だから。ムースの住んでるこの街も、1人1台車を持ってるしね。それが田舎では普通なのかも。北海道でも鉄道を必要としているのは札幌近郊の人たちで、それ以外の人は車があったら用が足りちゃうもんね。ミツバチ族や自転車族は残っても、かに族と呼ばれた鉄道で北海道を周ってた人はどんどん姿を消していっちゃうのかな?
本当はもっと、もっとたくさん書くことがあるんだけど、収拾がつかなくなってきたから今日はここでやめます。最初の書き出しは恰好よく書けたんだけど…。SLの話も書きたかったし、北の国からの撮影を見たときもあったし、青函連絡船の思いでも書きたかった。今日は書けなかったけどそのうちに書きます。
ところで何で今日はこんなことを書いたかというと、ある日記書きさん、というかコラムを書いている人の日記に「オホーツク海」と題された日記があって、それを読んだら何だか昔北海道を旅してた頃のことが懐かしくなっちゃって。だからこんなこと書いちゃった。題名をクリックでしていただければ、その日記が読めます。

最後になっちゃったけど、昨日がっかりしてますって書いたからか、初めて空メールってものをもらっちゃった。どうもありがとうございます。昨日は朝一番でどよぉ〜んとしたけど、今日はとってもいい気分でした。でも、ラジオで1日中やってるスターウォーズの宣伝はいただけませんでした。みなさんのところでは7月13日から公開かな?ムースの所は田舎町なのに何故か今晩公開します。夜中の12時1分から上映するそうです。その宣伝がうるさくって…。こんなことをいってるムースですが多分見に行くと思います。ムースもスターウォーズは好きなので…。


2002年05月15日(水)



がっかり…

今日のムースはちょっと凹んでます。それと言論の自由の責任と恐さを認識しました。昨日、リンクのことについて書いたせいか、多くの方が興味を示してくれました。っていっても、100人とか200人とかいったレベルじゃなくって、5人とか6人とかなんだけど…。それでもムースにとったらうれしい出来事。でも、それとは引き換えに、それを読んで気分を害した方もいるのは否めません。
夏休みに入ってからというもの、家庭内時差ボケになってしまったムースなので、今はお昼にならないと起きません。うらやましいでしょう?でも、学生は楽しみの前に必ず試験というものがあるから、思っていたほど楽しくないんですよ。宿題も多いし…。そんなことはさておいて、今日もお昼になってから起きたムース。寝起き一番最初にすることは、コーヒーを入れて、メールのチェックをすることなの。もしかしてメールが届いてるんじゃないかなぁーって思って、今は毎朝チェックするの。もらってうれしい気持ちになるメールが100%だったんだけど、今日は昼間からどよぉ〜んとした気分になっちゃった。何があったかというと、生まれて初めてウィルスメールってものをもらっちゃったの。だから寝起きからすーっとアンチウィルスとたわむれちゃった。気分はどよ〜んとしたままだし…。生まれて初めての出来事だったから、ちょっとパニックになっちゃったし。真っ青になってメールを削除しちゃった。昨日の日記を見て気分を悪くされたのかもしれないけど、ちょっとショックだった。昨日、「もし、このHPを見た人が気分を害して、このHPを誹謗・中傷の対象にしてしまったら、1人部屋で悲しんでます」って書いたけど、今日はその言葉のまま、1人部屋で沈んでました。
そうはいうものの、気分転換にインターネットで買い物をしたり、メールを書いたりしたら気分がちょっとずつよくなったけど。残念な気持ちとともに、公に自分の意見を発するっていうのはそれなりのリスクがあるってことがよくわかった。今日はちょっと勉強になりました。
でも、無言ウィルスメールはちょっと…。結構きびしかった。昨日書いたこととムースが実際にやってることに矛盾があるからそんなメールが来ちゃったのかな?昨日、リンクフリーでどこのページにリンクしてもらっても構いませんって書いたけど、トップ以外にリンクするのは大変だもんね。ムースのHPってトップのURLはすぐにわかるけど、それ以外のページのアドレスを調べるにはちょっと手間がかかっちゃうもんね。訪問してくれている人にとって優しくないHPといわれれば、何も否定できない。だからそんなメールが来たのかも。ネットの世界に入ってから何年も経つけど、初めての出来事だったので、やっぱりビックリしちゃった。でも、ムースはこのまんまだから。もしかしたらしばらくの間は社会派の日記にはならないかも?っていうか、もうちょっとやわらかい内容が多かった気もするけど、ここんところ社会ネタが多かったよね。社会派日記はどうしてもその人の考え方が出てくるし、時にはいやぁ〜な気分になる人もいると思うけど、でもしょうがないよね。そうじゃないければ、この間の瀋陽の日本総領事館の副領事のように何事にも無関心になんなきゃいけないもんね。ムースにはそれは出来ないから…。
今日はちょっと落ち込んでたけど、パソコンが使えるようになってからはオンラインショッピングを楽しんだり、メールを書いたりして気分を紛らわしたので、もう平気。本屋さんすらないこの街ではアマゾンドットコムとかbk1っていうオンライン書店がムースにとって、とてもありがたいお店なの。いろんな本を検索したりするけど、実際に本を買うのは3ヶ月に1度くらいかな?でも、たまにオンライン書店へ行って今どんな本があるか調べるんだ。いつもだったら見向きもしないような本まで見るから。で、たまにその中で読んでみようかなぁーって思える本に出会ってみたりするからオンライン書店っていろんな本を見て回るだけでもちょっと面白いかも?最初はオンラインショッピングってあまりしたいと思わなかったけど、1度してからは面白いって思っちゃって。だっていちいちお店にいかなくってもいろんなものが買えちゃうんだもんね。田舎暮らしのムースのは本当にうれしい存在。ただ難点は実際の商品が見れないってことかな?だからいつもいつも当たりってことはないけど…。
うぅ〜、何となく進まない。昨日みたいなネタだと、すらすらと書けるのに。今日は書きたいことが思い浮かばない。まぁ、こんな日もあるかな?って最近多い気もするけど…。


2002年05月14日(火)



無断リンク

当サイトへの無断リンクは禁止とさせていただきます。こんなHP見たことないかな?ムースは朝から晩までネットとたわむれてるから、何度も見たことあります。ムースの日記を読んでくれる人の中に自分自身のHPを持ってる人って結構いると思う。とはいっても半分に満たないかもしれないけど。自分でHPを持っている人だとこのリンクっていうものについてとっても身近な話題なのかな?でも、HPを持ってない人でも誰かのHPへいったときに何となくリンクのページも見るんじゃないのかな?このHPの管理人さんはどんな所にリンクを張ってるんだろうって思って。ムースもつい先日「楽園茶屋」さんへリンクを張ったばかりだし、今まではリンクについて一切触れてなかったけど、先日からは「リンクフリーですので…」ってことをリンクのページに明示したし。
ところで、リンクについていろいろと書いてあるHPに今日巡りあったの。今日の夕方、いつものようにネットの中を徘徊してたのね。そうしたらあるHPにぶつかったの。そのHP自体は普通のHPなんだけど、面白かったのがリンクについて書かれてるページだったの。そのHPのリンクに対する見解を示してたんだ。もちろん、リンクを制限するものは一切ないよ。制限どころか、どこでも自由な所へどうぞってものだったの。そしてその意見をよりはっきりさせるためにいくつかのサイトのリンクに対する考え方を示したページにジャンプできるようになってたんだ。でね、その中の1つを読んで、ムースもリンクに対する考え方をよりはっきりさせようと思っちゃった。もちろん、ムースのリンクに対する見解をはっきりさせてね。
そもそもWeb上のHPってものは全世界に自分の情報を公開したものであるからここから見なければいけないっていう制限があったり、リンクするのに無断でしてはいけないってことがおかしい。そんなことが書いてあったサイトもあったんだ。ムースね、これには同意したの。ここに書いてあったことを読み始めた時は、えぇーって思うところもあったんだけど、最後まで読んだとき、リンクっていうのは自由にしていいものだって思ったの。例えば、推理小説。本屋さんへいって買ってきたとき、大抵の人は最初から読むと思うけど、最後から読んだって違法じゃないよね?推理小説は最初から読まなきゃいけませんって決まりはないよね。もし、どうしても最初に犯人が知りたい場合、最後の方から読んで行けばすぐに犯人が誰だかわかるよね。でも、そういうことをやってはいけませんって制限されたらどうだろう?どうしてって思うよね。
街を歩いているとそこら辺にポスターや広告が目に入るよね。もしこの広告を見るのに、その企業の広報課を通して正式な手続きをとってからじゃないと見ちゃいけませんっていわれたらどう思うだろう?そんなのそこに広告があるからいけないんじゃん。見てもらいたくないんだったら、広告なんて出さないでっていいたくなっちゃうんじゃないのかな?ムースはそういう気持ちになるのが普通だと思う。もし自分が気に入ったデザインのいいポスターを目にしたとするよね。自分のお気に入りだから、多くの人の目にふれてもらいたいと思って、いろいろな人に「ねぇ、ねぇ、○○にあるあのポスター、ちょーよくなぁ〜い」っていうって不思議なことじゃないよね。でも、そんなことはいけません。もし、口コミで知らせた場合には、法的手段に訴えることもありますっていわれたら、頭の中で?マークがサンバのリズムで踊りだしちゃいそうでしょ?不自然だよね。何のための広告かわかんなくなっちゃうよね。
リンクってこれと同じことだと思うの。ネットを巡回してて自分がいいと思ったHPがあったとする。いいなぁーって思ったからみんなに教えてあげたくなっちゃった。だから自分のHPからリンクを張ってすぐにジャンプできるようにした。ただこれだけだと思うの。この行為にいちいち許可を求めなきゃいけないってことの方がおかしいと思う。みんなに見られたくないんだったら、Web上には公開しなければいいんだから。もし、ある特定の人だけに見てもらいたんだったら、パスワード等を設定して誰でも彼でも見れるようにしなければいいんだから。
それとリンクはトップ以外にしないで下さい。これもよくよく考えたら変だよね。中には必要な情報だけ拾えればいいって人もいるもんね。必要な部分だけ参照できればいいいうことあるもんね。論文を書いているとき、参考文献の中にちょっと参照したい部分があった。でも、その本に「この本は最初から必ずお読みください」って書いてあったら変だと思うよね。多くの人は参照した部分しか読まないだろうと思う。もし、最初から読まないと訳がわからないやって思えば最初から読むだろうしね。ムースはこれが大多数だと思うんだけど。
どうして何でもダメ、ダメっていって視野を、行動範囲を狭くしようってことをするんだろうね。日本企業のHPはリンクは必ずトップへとか、無断リンクはお断りしますとかっていうのが多いけど、そんなにみんなに見てもらいたくないのならHPなんて公開しなければいいのにね。それに著作権という楯を振りかざしてネットユーザーに圧力をかけるようなまねをして。ちょっとイヤだね。
ムースが読んだ唯川恵のエッセーの中にこんな件(くだり)があるの。「作品は読んでもらう時点で、もう私のものではないと思っています。作者が何を言いたかったか、大切なのはそんなことではなく、自分が何を感じたか、そこなのではないかと思ってます。それがたとえ、作者の意図とかけ離れたものであってもぜんぜんかまわないのです」(人生は一度だけより)ムースもこれに同意。思うに、ネット上の文章とかって唯川恵がいうように、世間に公開された時点で、誰かに読まれる時点で、その人のものではないと思うの。もちろん、著作権は作者のものだけど、書かれたもの、発表されたものは、その読者に判断が委ねられちゃってるし、作者がこれは私が書いた意図とは違うっていってもどうしようもないことだと思う。もし、自分の思いを思ったままに伝えたければビジネス文書のように簡潔に要点のみを語った方が誤解が少なくなると思う。もしそれでも意図を汲み取ってもらえなかったら、作者の文章の中に相手に伝えることの出来ない何かがあるんだと思う。HPの文章、っていうかHPそのものもこれと全く同じだと思う。
ムースだっていろんなことを書いてるし、ムースが思ったまま、この日記を読んでくれている人に伝わったらいいと思うけど、ムースの場合はそんな表現力がないから勘違いされることもしばしばだと思うの。でも、それでいい。これを読んでくれた人が、感じてくれたものの方が大切だから。ムースだって誹謗・中傷の対象になるのはイヤだけど、もし、このHPを見た人が気分を害して、このHPを誹謗・中傷の対象にしてしまったら、1人部屋で悲しんでます。出来ることなら絶対にそんなこと起こってもらいたくないんだけど…。
そんなことで、ムースの部屋へのリンクについて明確にしておきます。

  • リンクは自由に行なってください。
  • 事前にも事後にも報告はいりません。
    とはいっても、メールをもらえるとうれしいです。
  • リンクはトップへしていただきたいのですが、強制は一切致しません。
    URLを調べて好きなところへリンクを張ってください。
    でもリンク切れになったからって怒らないでくださいね。
    トップ以外はURLの変わる可能性が1%だけありますので。

今思い浮かぶのはこんな所かな?近いうちにリンクのページにちゃんと書きますので。1人でも多くの人がこの部屋に訪問してくれて、1つでも何かをつかんでいってもらえれば、ムースはとってもうれしいです。

今日、この日記に来てくれたときに気づいたと思いますが、メニューにMy Post というのを増やしました。何かというと、ムース、初めて投稿しました。「鼠丼(ねずみどんぶり)」さんというサイトで企画されてる「盛者必読の理」というものです。お題は「電話」に関することで、ムースは初恋?のことを書きました。HP名をクリックすると鼠丼さんのサイトへいくのでよかったら読んで見てください。トップからはムースの書いたところにジャンプすると思います。
HPを開設してから3ヵ月半もかかちゃったけど、やっと訪問者が1000人をこえたようで…。ムースは期末試験の成績がよくなかったことも忘れ、今、非常に喜んでいます。1000番を踏んでくださった方へはムースの愛を進呈します…といいたいところなんだけど、もらっても困っちゃうと思うので、どうするか考えておきます。ドンペリのロゼとか現金とかはムリなので…。こんなこと書いたら怒られそう。ごめんなさぁーい。
今日はちょっと更新が遅くなっちゃってごめんなさい。


2002年05月13日(月)



骨抜き

他の人が見つけた日記ネタを無断拝借してしまう、そんな最近のムースです。今日の第1弾はネタをまたまた無断拝借しちゃいます。でも、書いたものは無断拝借していませんので。それは著作権等の問題でいろいろと大変だから。ネタは拝借するけど、ここに書く言葉はすべてムースの言葉だから、その辺は誤解をしないでください。
昨日のことかな?ある日記サイトさんにお邪魔した時に面白い記事が紹介されていたの。英語が読める方でしたら「ここ」をクリックしてその記事を読んでください。そうでない方のためにムースが辞書を引き引き、その記事を訳すことに挑戦したのですが、なにぶん英語の偏差値30台後半だったムースには翻訳作業というのがかなりの苦痛になってしまい、挫折してしまいました。でも、大雑把にだったらどういうことが書いてあるか、説明できるので、申し訳ございませんがそれで我慢してください。「スーパーヒーロー対物理教授」と題された記事で「スパイダーマンがビルからビルへと飛び移った時、くもの糸は本当にスパイダーマンを支えるだけの十分な強さがあるのか?なぜスーパーマンの故郷の星、クリプトン星は爆発したのか?フラッシュが80秒で地球を1周するためにどれくらいの食事をとらなければダメか?そう質問したのはミネソタ大学の物理教授、ジム・カカリオスであった」って感じの書き出しの記事なのです。ミネソタ大学で物理を教えてるジム・カカリオスって先生の授業なんだけれども、その内容が何ともおかしなものなの。マンガの中の世界って現実では起こりうることのできないことが多いよね。ここにも載っているんだけど、スパイダーマンの手から出るくもの糸の強度はかなりあるって想像できるよね。だってビルからビルへと飛び移るのに切れることがないんだから。もしかしたらバンジージャンプのゴムくらい太くて強力なものじゃないとダメなのかもしれないね。そんなことを考えるのはとぉ〜ってもバカバカしいかもしれないけど、ミネソタ大学の大学1年生用の物理の授業、いわゆる般教(一般教養課程)の物理の授業でそのことについての講義が行なわれてるの。マンガの中の科学って呼ばれているそうなんだ。それでね、さらに驚きなのが期末試験のではマンガを1つ選ばせて、その中の物理的な問題について考えるってものだったんだって。歴史を専攻してるクリスティーン・バービエーリさんって人はフラッシュが80秒で世界1周するのに何カロリー必要かっていうことを調べて、コンピュータ科学専攻のエリック・キャロンさんっていう人はマンガの中でフラッシュの体が包まれていた氷を溶かすのにどれくらい体を振動させたかっていうのを計算したんだって。その速度、おおよそ時速1万kmっていう速さで振動させたらしい。
日本の学校の先生だったら、「くだらない」と一喝して終わってしまいそうだけど、ムースはこれこそがよくムースのいってる興味を持つってことの第1段階だと思うの。ムースはあるときからマンガというものを読まなくなっちゃたので、もしムースの履修した授業がこんなようなものだったらちょっと困っちゃうけど、でもこれだと多くの学生が興味を持って物理っていうものを考えることが出来るんじゃないかな?高校時代のムースは理系だったから否応なく物理っていう教科を履修しなきゃいけなかったけど、どうも今1つ興味が持てなかったんだ。まぁ、受験のためっていう名のもとにイヤイヤ勉強したけど…。もちろん落ちこぼれのムースなので、赤点を取ることもしばしば。英語と物理の成績が悪くて危うく卒業できなかったところなので。もちろん、わからないから面白くないんだけど、わかるようになろうとするまでの興味は持てなかったんだ。どうしてもムースの持っているものと物理っていうものが結びつかなくて、いつも大変な思いをしていたの。でも、もしこういう感じの授業だったらとっても面白いと思うんだ。だっていつもは訳のわからない数式でやっている授業が、身近なもの、身近な話題へと変化するから。そして目で見えるようになるから。前にもこの日記に書いたことあるけど(4月17日と18日の日記を参照してください)、イメージを作ることができて、身近なものに置き換えることが出来れば理解しやすいっていったと思う。だからこのマンガを使った授業ってとってもいいと思うんだ。だって、どういう状態なのか最初から絵があるからわかるんだもん。誰しもがどんな状況のものについて語っているか一目瞭然でわかるんだもん。それも身近なところで。ムースはこれこそが教育の基礎だと思う。こんな感じの授業が日本でもあればいいのにね。そうしたらみんながいろいろなものに興味を持つようになるし、ゆとりの教育とかいってむやみに時間数だけを減らすような教育体系にならないのにね。興味を持っていることは時間が経つのも忘れて、打ち込めるんだから、勉強しなさいっていわれずに勝手に勉強するのに…。

そういえば、最近の日本人はすっかり骨抜きにされてしまいましたね。っていうムースは、骨抜きというよりは骨抜きにされるような骨もなく、なよなよして、くらげのようにプカプカと浮いてるだけだけど…。まぁ、そんな浮き草ムースのことはさておいて、今の人って詰め込み式の教育をされ続けたせいで、ものを考えるって力がなくなってしまってるみたい。昨日ムースも書いた瀋陽の日本総領事館の事件。ビデオに映ってた人は副領事さんという偉い人なんだよね。きっと子供のことから受験戦争に打ち勝つ術だけを習ってきたんでしょう。そして、これをやりなさい、あれをやりなさいっていわれたものはすべてやりこなしてきた真面目な人だと思う。でも、残念ながらこういうひとの多くは自分でものを考えるってことを忘れてしまってる場合が多いように思えるの。与えられたものをこなすのに一生懸命で、自分でものを考えてやるってこと忘れちゃってるんじゃないかな?ムースはそう思う。
よく○○ちゃんがやってるから…とか○○ちゃんと一緒だから…って話を聞くと思う。中にはそれが嫌いって人もいるだろうね。ムースは出来ればその仲間に入りたいんだけど、残念ながら性格の不一致でどうしてもそういう類の人に受け入れてもらえないの。だからいつもそういう個性を声高に主張しながら集団行動しかできない人を羨みつつ、ついつい辛辣なこといってしまう。世間でヤンキーとちょっとヤンキーくらいしか髪の毛を染めてない頃、ムースが初めて髪を染めたのね。当然、街を歩いていれば目立つよね。今は金髪だけど、あの頃はかわいくちょっと茶髪。ってこれもすごいかな?でも当時は目立った。変な目で見られることもしばしば。それでもムースの中ではこれでいいと思ってたの。うぅ〜ん、もちろん、どこかふてくされてたと思う。猫と一緒で、構われ過ぎるとイヤがって、どこかに逃げて行っちゃうけど、基本的には構ってもらいたくてしょうがないから。でも誰も構ってくれなかったから、あんな感じになっちゃったのかな?それでもムースはいつも蚊帳の外。一匹狼を気取って生きていかないとダメなところもあったんだ。そんな訳で○○ちゃんが…っていいたくてもいえず、いつも自分で考えて行動しなきゃいけなかったの。ただ、今思うとそんな生き方をしてきたので、時に楽になれるところも。だって自分ってものがあるから。ムースの友達は、「あんた、もっとしっかりしなさいよ。なよなよしてないで、もうちょっと骨のある人間になりなさい」といって叱咤激励してくれる。でも、ムースがこれ以上、自分ってものを持っちゃうと、ちょっと大変かも。一昨日、ムースの涙の話を書いたけど、何もいい返すことが出来なかった相手(ってムースの元同僚なんだけど)が、いつもムースにいってたの。あんたほどの頑固者はいないって。一見、なよなよして、何でもはいはいと聞きそうなムースですが、実は頑固者で骨があるらしいのです。こんなこと書くといろんな所から頑固者に1票ってメールが来そうだけど…。話がちょっとそれちゃった。でもね、今の日本人の多くは自分ってものがない人が多いと思う。考えることを忘れちゃった人が多いと思う。与えられたものを一生懸命こなしてきて、いい成績をとって、外務省のような人も羨むような職場に就職したことは凄いと思う。並大抵の努力じゃ入れないのはわかるけど、入省するまでに疲れ果てちゃってないかな?だから入省出来たっていう安堵感で骨抜きになっちゃったのかな。そして骨抜きにされたまま月日だけが流れて、今現在に至っちゃったのかな。だからことなかれ主義になったの?ことなかれ主義になったら、ものごとに無関心になったら、何も考えなくて済むから…。ムースは何となくそんな気がしちゃった。
今、多くの人が過去からの習慣と現代での習慣の狭間でもがき苦しんでるような気がする。中にはそんな日本の姿に嫌気がさして日本を飛び出しちゃう人も多くなったよね。でも不思議なことに、多くの人はまた日本に戻って来てる。それだけ日本って国はいいところなんだと思う。だけど、自分でものごとを考えることができないって人が多いなぁ、感情ってものがなくなって、すべてのことに無関心って人が多いなぁー、これがよくない部分だよなぁーって思ってる人が多いのは否めないよね。それが戦後の歪みで、今、顕著の現れただけなのかもしれないけど…。


2002年05月12日(日)



日本領事館

ここ数日は瀋陽にある日本領事館でのことについて書いてあるサイトの人が多いですね。実はこのことについてはムースもちょっと気になっています。昨日書いた方がまだよかったのかもしれないけど、ムースは「キミとボク」のことを書きたかったから、昨日はこの事件については何にも触れませんでした。
昼間はずーっとラジオをかけていてあまりTVを見ないのでビデオの映像を見る機会が中々なかったのですが、やっと昨日の明け方、ムースにしたら一昨日の晩かな?にTVのニュースで問題のビデオを見ました。映画の中では大使館に駆け込むってシーンがよくあるけれど、実際の画像っていうのはやっぱり生々しいね。その映像を見たときに、思わず、あぁーこれかぁーっていってしまったけど。
ムースが昔、カナダのハリファックスというところへ遊びにいった時、何もやることがなかったので映画を見に行ったの。「北京のふたり」というリチャード・ギアの映画。字幕なしで見てるから内容を完全に理解したわけじゃないけど、映像を見てれば大体何が起こってるかわかるから。あの映画の中でリチャード・ギアが大使館に逃げ込むシーンがあるんだけど、当然公安(中国の警察)は入って来れないよね。だって国際法で大使館や領事館の敷地内は治外法権が認められてるから。ムースの家にあるビデオに「セイント」っていうバル・キルマーとエリザベス・シューの映画があるの。その映画の中でもエリザベス・シューがモスクワのアメリカ大使館に逃げ込むシーンがあるの。もちろんアメリカ市民の彼女は保護される対象だから大使館の中に入れてもらえるの。で、彼女のことを追っていたマフィアは当然中には入れない。映画の中で彼女が「私はアメリカ市民よぉー」って叫びながら大使館の入り口に駆け寄っていくと、彼女のために一瞬だけ門が開いて無事彼女は大使館の敷地の中へ。追手はあと1歩という所まで彼女に近づいたんだけど、捕まえることが出来ず。追手の目の前で無情にも門が閉まり、そのマフィアは悔しそうに中にいる彼女を見るの。そして門を警備するアメリカの兵士がそのマフィアに向かって「下がれ!」っていって彼に門から離れるようにいうんだ。
これは映画の中での出来事だけど、ムースの中では現実もこうなるだろうって思ってたの。瀋陽の日本総領事館がどのような感じ何だかはよくわかんないけど、門も高く、周りも高い塀で囲まれてることだと思う。だから容易にそこの中に入るってことは出来ないよね。海外旅行へは何度もいったことのあるムースだけど、日本の大使館や領事館のお世話になることは滅多にないので、大使館を見たこともないし、どこにあるのかすら知らない。唯一知っているのはロンドンにある日本大使館だけど、あそこは誰でも簡単に入れたような気がする。パスポートも見せず、入館するのに身分証明書を見せた覚えもないなぁ。でもね、ムースの知っている大使館の中には大使館の人とインターホンで話してから入れてもらうところも結構あると思う。
ムースは散歩するのが好きだし、東京にある在日の外国大使館を見て回ったことあるんだけど、中に簡単に入れる大使館ってムースのいった中ではカナダ、スペイン、ニュージーランド、パキスタン、タイ、インドくらいかな?外から見ててここへは誰でも入れるだろうなぁーって思ったのは、イタリア、フィリピンかな?あとは結構大変かも?イラン大使館へビザのことを聞きにいった時は門が閉まってたから外で門があくまで待ってたし、UAE(アラブ首長国連邦)の大使館はとっても分厚い扉があって、それを開けると警備員さんがいて、そこで名前を書いてからじゃないと中に入れないし。アルゼンチン大使館へ行った時はインターホンで話してから、それから中に入れてもらったんだ。シンガポール大使館も門のところで署名してからじゃないと中には入れなかったし。アメリカ大使館なんて周りはお巡りさんだらけだし、門もちょー高いし、アポがないと絶対に中に入れないって感じだよね。何でそんなに大使館へいってるのって思うかな。カナダ、ニュージーランドはワーキングホリデービザの申請書をもらいに行ったの。っていっても、ムースはワーキングホリデーでは海外へ行ったことないけど…。パキスタン、タイ、インド、イランは中国旅行の時の計画段階で。もし、あの時に北京で食中毒にあわなければ、中国からパキスタンへ行って、そこからインド経由でタイへ抜けるつもりだったから。本当は陸路でヨーロッパへ行きたかったんだけど、イランのビザを取るのが大変だったので、アジア一周計画を立てたの。これって猿岩石が香港からロンドンへ向かった何年も前の話なので。決してまねではありません。スペインは留学ビザの件っていうのはわかってもらえると思う。UAEやアルゼンチン、シンガポールはすべてお仕事。ムースねぇ、輸出に関係するお仕事してたこともあるから。書類をもらいに大使館へ行くこともあったの。
まぁ、ムースの大使館巡りはいいとして、場所やお国柄の関係で大使館に入りやすい所もあるし、警備が厳しい所もある。当然、中国にある日本大使館や領事館は警備が厳しくなるだろうね。そうじゃないと、何かある度に人が大使館の中になだれ込んできちゃうもんね。でも、これって当たり前のことだと思う。例えば、日本のスペイン大使館が誰でも入れるのは亡命を求める人がいないだろうって思えるし、外交上微妙な関係ってことがないから。だから誰でも入れる雰囲気があっても問題はないと思うの。でも、それが中国にある日本大使館・領事館となればそれは状況が全く違うと思う。誰でも入って来れるようなことじゃよくないと思う。でも、もし1歩でも日本の大使館や領事館に足を踏みに入れているのであれば、絶対に保護しなきゃいけない。だってそれってお仕事の一部でしょ。それをしなかったってことは職務怠慢ってことでしょ。人道的見地からしてみても絶対に保護しないと。彼らがこの先、どうなるか想像出来るんだから。
外務省のお仕事って大変なことばかりだと思うし、少しは楽したいって思うことがあるかもしれない。日本って国は島国で閉鎖された環境だし、長い間鎖国もしてたくらいだから、他の民族に慣れてないのも事実だと思う。だからなるべく難民とかは受け入れないようにしようとしてることも納得できる。でも、もしそう思うなら、誰でも気軽に入って来れるような領事館にしなければいい。そして日本人の保護に徹すればいい。ムースはそう思う。
今は北朝鮮の人のことで持ちきりになってるよね。でもね、ムースはそのことよりもっと心配なことがあるの。それは、もし、海外で日本人が助けを求めても似たようなことになっちゃうのかなって。そんなことはないよって笑っていえるかな?私たちは亡命を求めてるんじゃないし、自分の国の大使館に助けを求めてるんだよ、助けてくれるに決まってるよって楽観視できるのかな?亡命希望者の手助けをしてあげれば、その国からの風当たりは強くなっても西側諸国がそれでよかったっていってくれるかもしれない。でも、日本人がそこの国で何か事件に巻き込まれ、大使館に助けを求めて、大使館がその日本人を助けた時、日本はその国との関係が悪くなるだけで、味方なんていないよね。知らない振りして相手の国に引き渡してしまえば、闇から闇へと葬り去ることだってできるんだよ。そんな日本人を保護してくれるのかな?誰が来ても助けてくれるっていうところだったら、日本人が行けば助けてもらえるって思えるけど…。
外務省には杉原智畝って人が昔働いてたよね。リトアニアの日本領事館に勤めていた人。そしてそこから多くのユダヤ人に日本の通過ビザを発給した人。今でこそ美談になってるけど、当時はそんなこと語ることも出来なかったと思う。だって当時の日本はドイツと軍事同盟を結んでたし、政治的なことからすると彼の行った行為は同盟国ドイツの政策に逆らったことをしたんだから。でも、人間という視点で見た場合、彼の行なったことは血の通った人間がやったことだと思う。彼は日本から帰国命令が出ていたし、手書きでビザを発給していたあの時代、限られた時間の中で申請されたすべてのビザを発給して、ユダヤ人を助けることなんて出来ないよね。だからそれが偽善だといってしまえばそうかもしれない。でも、助けを求めて領事館の前に集まってきた人をどうにかしてあげたいって思うのは血の通った人間なら、感情を持っている人だったら普通だと思う。だってそこでどうにかしてあげなければ殺されるってわかってるんだから。
お仕事をしてるとき、感情を持ったら仕事なんて出来ないかもしれない。規則は規則って感じで感情を捨て、事実だけに目を向けなきゃいけないかもしれない。でも、今回のこの出来事はそれを考慮に入れたとしても、納得がいかないよね。だって決まりが守られてないんだから。仕事中の感情は捨てちゃったけど、決まりも守りませんじゃちょっと困っちゃうよね。決まりは破っちゃったけど、人間としての感情を持って対処した杉原智畝のようだったらよかったんだけどね。
本当、今回のこの一件はムースとしては残念に思うし、海外で日本人は日本人に裏切られるのかな?って思わせる事件だったんだ。


2002年05月11日(土)



キミとボク

夏休み1日目。昨日は試験が終わったからうれしくなって朝の5時まで起きちゃった。しかもダラダラとウォッカを飲みながら。70日も断酒してたのにこれじゃ意味ないよね。でも苦しかった今学期がやっと終わったからうれしくって…。この日記をアップしたあと、またまたネットの中をさまよって、昨日の晩も泣けるフラッシュの作品見つけちゃった。酔ってたから号泣してたかな?だってそれだけせつない話だったんだもん。でも、毎日画面に向かってドライアイになってるムースの目にはとってもよかったのかな?ドライアイになると涙が出てこなくなるっていうしね。昔の松田聖子じゃないんだから、泣いてるのに涙がでないなんてことになっちゃうと困っちゃうもん。それでそのフラッシュの画像なんだけど「ここ」をクリックしてもらったらそのページのトップに行きます。それでenter → graphic → animation へと進んでいってください。その中に「キミとボク」っていうのがあるんだけど、それが今日のムースお勧めのFLASHです。いつものようにウィンドウを開けばすぐに見れるようにしようとしたんだけど、再三再四リンクはトップにお願いしますって書いてあったので、申し訳ないけどトップからたどっていってください。それとそのサイトを見ていただければわかると思うんだけど、ファイルが1.8Mとちょっと大きいです。ADSL等転送速度の速いものでつないでる人は1.8Mくらい何ともないと思いますが、ムースのように電話線でつないでる人はちょっと時間がかかるので注意してください。ムースのパソコンではその画像を見れるまでに10分くらいかかったような気がします。だからお茶でも入れて待っててください。ちなみにムースはお皿を洗ってました。
ここから先はネタばらしになっちゃうと思うのでできれば先に「キミとボク」を見てもらえるとうれしいです。実はこれを素面で見てもムースの目からは涙があふれてきちゃった。だってとってもせつないんだもん。きっと猫嫌いの人にはこの気持ちがわかってもらえないかもしれないけど、でも動物が好きな人ならそれを犬や鳥、ハムスター等に置き換えてもらったらわかるんじゃないかなって思うんだ。猫ってとっても気ままで、人にはあんまりなつかないように見えるかもしれないけど、本当はそうじゃないんです。猫を飼ったことがある人ならわかってもらえると思うんだけど、気ままで、わがままで、自分勝手で、もっと懐いてもいいでしょって思う猫だけど、でも絶対に人のいる所にいるんです。わがままなようで人恋しい動物なんだと思う。でもとぉーっても恥ずかしがりやだから、見たことない人がそばに寄るとすぐに逃げちゃうけど。それにとってもきれい好きなんだよ。ここがおトイレだよって教えてあげれば、必ずそこで用をたすし、自分がしたものに必ず砂をかけて隠そうとするし。ムースの実家にいる猫は外で遊んでいるのにおトイレのためにわざわざ家に帰ってきて用をたすの。そしてまた外へ遊びに行くんだ。母は、外でしてくればいいのに…っていうけど、家の猫はどうもダメみたい。変なところに律儀なんだよね。人間に近いところあるでしょ?だからあの画像を見て、ボクが見ててやる、ずーっと見ててやるって気持ちが痛いほど伝わってくるんだ。黙ってそばに座って、ジーっと見てるんだ。猫って。本当はかまってもらいたいのかもしれない。でもね、静かに黙って見てる時ってあるんだ。年をとるのは人よりもちょっと早いけど、でもいつでもそばにいてくれる。いつまでも、いつまでも心の中で生き続けるの。
ムースにはわからないけど、彼氏や彼女、旦那さんや奥さんだってそばで黙って見てくれているんじゃないかな。いいたいことが喉まで出掛かっても、でも何もいわずに黙って見てくれてるのかもしれない。いつもそばにいてくれると、そばにいるのが当たり前になって、感謝の気持ちも薄れるかもしれないけど、でもそれって本当は当たり前の出来事じゃないと思う。いつもそばでやさしく見ててくれるありがたい存在だと思う。ありがとうなんて陳腐な言葉ですべてを語ろうと思っても本当は言い尽くせないかもしれないけど、でもふと思い出した時に、彼氏や彼女、旦那さんや奥さんにありがとうって感謝の気持ち伝えることが出来たらそれってとっても素敵なことだと思う。そんなこというと、「どうしたの?どこかに頭でも打った?」な〜んてこといわれるかもしれないけど、ありがとうっていわれてうれしくないって人いないと思うから。個人的には「がんばれ」って言葉、好きじゃないけど、でも便利な言葉だからいい言葉が思い浮かばなかったら使ってもいいと思う。それが相手にとって励みになるのであれば。もし相手ががんばり過ぎなければ。がんばれって言葉、時に重たくのしかかる言葉だし、プレッシャーを感じる言葉だから。もし、適当ないい言葉が見つからなければ、ありがとうの気持ちだけを思ったままに伝えることが出来ればいいことだと思う。そんな関係、とっても素敵なことだと思うから。
ムースもよく1人ぼっちなのかな?って思うことあるけど、きっとどこかで誰かが見てくれてると思う。もしかしたら、その人の心の中でキミは1人ぼっちじゃないよっていわれてるのかもしれない。もしかしたらそれは自分の飼ってるペットかもしれないけど、命あるものがそう思ってくれてるのであれば、きっとその人は1人ぼっちじゃない。そんな気がしたの。

今日は久しぶりに朝からチャットしたの。とっても楽しかった。どれくらいぶりだか全然覚えてないんだ。それに今日はお酒を飲みながらチャットしちゃった。昨日の晩、っていうか明け方までウォッカを飲んでたのに、寝起きからまたまたウォッカ飲んじゃった。だからちょっと利きました。11時頃には出来上がっちゃってました。ムースにとってお酒を飲みながらするチャットなんてちょー久しぶり。昔はテレホの時間にビールを片手によくチャットしたけど。気がついたら空き缶が何個も机の上にあったからちょっとビックリもしちゃった。それにどんどん太っていったしね。だから飲みながらのチャットはちょっと危険かな?楽しいは楽しいんだけど…。
そして今日はムースの涙についても。最近はヒマさえあれば泣いてるみたいだけど、しばらくは涙なんて流したことなかったのにね。スペインにいる頃はいつもメソメソと泣いていたじゃないっていわれたことあるんだけど、でもそんなに泣いた覚えはないんだ。今でも覚えてるのは、神戸で地震があったその翌日。初めて泣いたかも。ちょっといろいろとあって、かなり責められたから。ちょっときつかったかな?でも、人前では泣いてないしね。人前で泣いたのって恋が終わった時だけど、それだって泣いてる姿を見たのは何人もいないと思うけど…。あと1つ覚えてるのは、スペインから帰ってきて間もない頃、新宿で友達と飲んでた時かな?あの出来事は忘れることが出来ないから。スペインから帰って来てすぐの時だったし、アメリカへ行って勉強をしたいって思ってたから。でもスペインとイギリスで貯めたお金をすべて使ってきちゃったムースは一文無し。だから親にお金を出してもらって、もう1度海外へ行こうと思ったけど…。いろいろといわれちゃった。いつもだったらいい返すんだけど、何もいい返せなかったの。それが悔しくて、悔しくて。目からツーっと涙が出てきてた。だからその日に心に誓ったんだ。もし、もう1度外国へ行きたいと思っていられたら、その時は自分のお金で行こうって。でも2、3年行くとなったら単純計算をしたってスペインで使った額の2倍から3倍。そんなお金貯まるとは思わなかった。だってそれだけのお金があれば、安〜い中古の別荘だったら買えちゃうもんね。ムースの頭の中では家を買うだけの金額ってインプットされちゃったから、そんな夢は半分諦めてました。で、結局どうなったかって?どうなんでしょうね。ここがどこであるにしろ、ムースは今、北の国で学校を行っているし、ムースの中では夢は叶ったと思ってるから。それに今までお金を貯めることに夢中になってたし、馬車馬のごとく働いたりもしたからちょっと休憩。きっと今のムースからは想像できないと思うけど、1日のうち18時間は会社にいるって日々が1年はあったかな?土曜はスペイン語の学校に行ってたからがっちりと休んでたけど、たまに日曜日もお仕事してたもんね。それと祝日は休んだことなかったかも?でもすずめの涙ほどのお金しかもらえないから大変だった。
きっとそんなすべてのことから解放されたから、今は自分の気持ちにちょっとは正直になってるのかも。だから悲しくて、せつないものを見れば、勝手に目から涙が溢れてくるのかもね。よくいうと人間らしくなったのかな?悪くいえば弱々しくなっただけなんだけど…。今は1人でこの部屋にいるから泣きたい時には泣くけど、普段は涙なんて見せないから。
さっきまで飲みに行っちゃってたし、ちょっと酔ってるから書いてること、メチャメチャかな?今日は久しぶりに飲みに行っちゃったの。1月に飲みに行ったのは覚えてるから、約3ヵ月半ぶり。ウォッカの効果でお昼から寝てたんだけど、夕方になって飲みに行こうって電話がかかってきたんだ。実はかかってきた電話に出るのも3ヶ月ぶりかも。ずーっと無視してたから。これを考えると、ムースの心の調子はどんどんよくなっていってるのかな?でも泣く回数は増えてるけど…。
最後になっちゃったけど、今日リンクを1つ増やしたのでよかったら訪問してください。前にこの日記で紹介したことあるんだけど、「ハートランド」や「恋友達」っていうオンライン小説がある「楽園茶屋」さんです。ムース自身はよく訪問してるのにリンクすら張らなかったなんて失礼なことをしてましたが、これからはいつでも飛んでいけますので。それとムースが「ハートランド」に入れ込む気持ち、ムースのことを知ってる人だったらわかってもらえると思います。読んだらきっとびっくりしてしまうと思うので。リンクのページへ行って、そこから飛んでいってください。バナーのイラストは今連載中の「あなたに星が見えるまで」のイメージキャラクターです。


2002年05月10日(金)



運命なの?

今日最後の試験を受けてきました。本当だったら先週の金曜日に行なわれるはずだったプログラミング言語の試験です。出来は…って感じなので。いつものことだと思って軽く流してください。これで今日の午後から晴れて夏休みとなりました。これから1週間は成績が気になるけど、もうすでに試験が終わっちゃったから、あとはショックにどこまで耐えられるか気持ちの整理をつけることかな?こんなこといっちゃなんだけど、成績が悪すぎるってことの方が婚約破棄されたことよりショックが大きそう。
今日、試験の最中に、っていっても、もうそろそろ試験の終わる時間になったころ、生徒の1人が先生と話をし始めたんだ。最初は軽い内容だったかな?夏休みはどうするのって感じで。ムースも実家に帰るの?って聞かれたけど、ムースは箱根駅伝のない夏に東京に戻っても面白くないので、ここに残ってますっていったんだ。先生曰く、しょっちゅう実家に帰っていても、いつも楽しいとは限らないもんねって。確かに。たまに実家に帰るからいいのかも。東京にいる時はずーっとパラサイトしてたけど、実家を出て1人暮らしをすると実家に帰るのが面倒になっちゃうから驚き。でも帰ったら帰ったで、上げ膳据え膳で何もしなくていい実家が居心地よくって、ここに戻ってくるのがイヤになっちゃうけど。
みんなと軽い会話をしたあとに、実は…って感じで先生が話し始めたの。何を話したかというと、先生の奥さんのお父さんが、昨日だか、一昨日に亡くなられたそうなの。だから奥さんが実家に帰ったらしいんだけど、飛行機のチケットがなくって大変だったみたい。ムースの住んでいる街からだと、飛行機に乗るためにはとりあえず隣町へいくのね。ここにも一応飛行場はあるんだけど、1日2便しか飛んでないからみんな隣町から飛行機を乗るの。先生のところまではどうやって帰るんだか知らないけど、何度か乗り継ぎないとダメだろうね。お隣りの国、韓国へ帰るから。先生曰く、今どこら辺にいるかわからないけど、夕方の4時に着くっていってたよって。でも、お葬式は午前10時からなんだって。間に合わないみたいだけど。ムースが思うに、これもある意味、運命なのかなって。
実はその先生、当初の予定では今週には奥さんと共に実家に帰る予定だったの。そんな訳でテストは先週の金曜日に行なわれる予定だったんだ。先生が今月韓国へ行くっていうのを知ったのは、去年の12月のことだったの。期末試験が終わったら、奥さんと一緒に韓国へ行くんだっていってたから。多分、楽しみにしてたと思う。でも、なぜか急遽予定変更。先週の水曜日になって金曜日に試験はやらないって決まったから。ムースはちょっとビックリしたけど、試験が先延ばしになったから、喜びの方が大きかったかな?
でもね、さっきちょっと思ったの。もし先週の金曜日に試験が行なわれたとしたら、先生の奥さんは親の死に目に会えたんじゃないかなって。それも運命っていってしまえばそれまでなんだけど…。人が息を引き取る瞬間、その場に居合わせるのってつらいと思うんだ。ムースはそういう場面に出くわしたことがないから、よくわかんないけど。でも、ムースの場合は不思議な体験をしてるから。前に書いたことなんだけど、母方の祖父が他界したとき、祖父の入院してた病院から車で30分くらいしか離れていない叔母の家にいたんだ。しかもムースが叔母の家に着いた翌朝、祖父が他界したの。祖父が息を引き取ったあとに病院に着いたから死に目には会ってないんだけど、変な巡り合わせだった。だって東京に住んでるムースがたまたま札幌にいたときに起こった出来事だったし…。その年のお正月に友達と会って話をしていなければ、その時、札幌にいることもなかったから。ムースの知らないところで筋書きが書かれていたかのよう。先生の奥さんはムースと逆のパターンだけど、これもどこかで筋書きが書かれてたのかなって思う。だって、先週になってから突然予定が変更されてるんだもん。運命ってこんな感じなのかな?

毎週月曜日、NHKでERを見てる人はここから先は読まないほうがいいかも?ちょっとネタバレなこと書いちゃうので。あとフレンズを見てる人もかな?さっきERを見てたんだけど、今日グリーンがハワイで静かに息を引き取ったの。最初は娘のレイチェルと2人で過ごして、途中から奥さんのエリザベスもハワイに来たんだ。でもね、誰も死に目には会ってなかった。エリザベスがマーク(グリーン)の様子を見に来た時にはすでに息を引き取ったあとだったから。でもこれでよかったのかなって思う。よく親不孝なことばかりしてると親の死に目に会えないとかっていうけど、爽やかな風が吹く中、海辺の家の白い部屋で、1人静かに息を引き取るっていうのもその人にとっては幸せなことじゃないかなって。
ムースは飛び飛びだけど長い間ERを見て来たんだ。そのERの中心になる人がいなくなるっていうのは何だか寂しいよね。今日は途中から見たから最初がどんな感じだったかはわからないけど、最後の時を娘のレイチェルと仲良く過ごそうと一生懸命だった感じがした。同じレイチェルでも、フレンズのレイチェルは今日の最後で破水したし、来週いよいよ子供が生まれるっていうのにね。1つの命が誕生し、1つの命が消えていくそんな今日のTVドラマだった。

最近、友達から突然メールが来るようになったの。実は昨日は母からもメールが。うれしいことだよね。今日まで試験だったから返事がちょっと遅れちゃったけど、これからは早めに返事が書けるかな?去年までは1日に2通くらいは誰かしらからメールが来てたんだけど、このHPを作ってからは1週間に2通来れば多いほうって感じだったし。今日で今学期も終わったから、しばらくはプレッシャーを受けることもないから、ストレスもたまることもないのかな?いい感じです。
それにしても今学期は本当に長かった。一時期は何もしたくないって感じだったし、人に会うのもやめちゃったし、お酒もやめたし、大変な5ヶ月だった。でも、振り返ってみるとあっという間に時が過ぎちゃったのかな?そんな感じもする。去年の夏と今を比べると何1つ変わってないような気がするんだけど、もしかしたらひと山もふた山も乗り越えたのかもしれないね。そして気持ちを新たにいろんなことに挑戦していこうと思ってるんだ。
頼りのないムースですがこれからもよろしくお願いいたします。


2002年05月09日(木)



PC−6001MK兇ら…

いよいよ明日で試験も終わります。本来なら、今日は必死に勉強していなきゃいけないんだけど、1日中ネットを徘徊しちゃいました。ってなことで、これを書き終わったら勉強するので、今日は軽い内容にさせていただきます。

今日、リンク用バナーを作ろうと思っていろんな人のサイトへお邪魔してたら、HPの管理人さんのパソコン暦が載ってたのね。いくつか見たHPの中で2つのHPで懐かしい思いをしたの。だって、ゲームやりたさに本を見ながらひたすらBASICを打っていたっていう話やFM−8やFM−NEW7のことが書いてあったから。BASICを打っていたHPの管理人さんは、旦那さんが買ってきたNECのPC−8001MK兇罵靴鵑任燭辰峠颪い討△辰燭な?それからN98シリーズを経て、ウィンドウズ95が出てからPC/AT互換機に方にパソコンを買い換えたみたなことを書いてあったと思う。
もう1つのHPは管理人さんのお父さんが買ったパソコンを使って絵を書いていたみたい。それが富士通のFM−8だったようなの。その管理にさんは途中からMacに変えたみたいで、懐かしいMacの機種名がたくさん書いてあったの。そんなHPを見たので今日はムースのパソコン暦を。
ムースが初めてパソコンってものを触ったのは、もう15年以上前にNECのPC−6001MK兇辰討いΔ世辰燭鵑澄J未縫燹璽垢買ったわけじゃなくって、ムースの友達が買ったのを使わせてもらってたっていうのが正しい表現なんだけど…。あの頃は3.5インチのフロッピーディスクっていうものがなくって、データの保存はカセットテープでやってたの。5インチだか8インチだかのフロッピーディスクは存在してたんだけど、個人でそんなのを買うなんてことはなかなか出来ないくらいに高価なものだったんだ。だから保存はひたすらカセットテープ。ムースはその頃、友達の6001MK兇鮗擇蠅董■贈腺咤稗辰鯔椶鮓ながらパタパタと打ってたかな?ベーマガっていう雑誌があってそれをよく読んでたんだ。本に載ってるゲームなんていうのはちゃちなものだったんだけど、それでもとっても楽しかった。そのうちに「サラダの国のトマト姫」とか「オホーツクに消ゆ」とか「ポートピア殺人事件」といったゲームが出てきたので、それをやるようになってたけどね。でも、それもカセットテープだったんだよ。今はポートピアなんていっても知らない人もたくさんいるのかな?神戸で行なわれたポートピア博覧会っていうのなんだけど…。確か、ゴダイゴがポートピアの歌を歌ってたと思う。
ゲームは次から次へと出てくるようになって、パソコンもどんどん進化していたんだけど、ムースはなぜかパソコンに飽きちゃっていつの間にか見向きもしなくなっちゃったんだ。ちょうど富士通のFM77が出た頃かな?ムースが初めて見た3.5インチフロッピードライブ内蔵のパソコン。何だろう、これって思ってたんだ。
それから何年も時が過ぎていき、会社に入ったらいきなりコンピュータというものを毎日使うことになったの。って当たり前か。ソフトウェア開発の会社に入ったんだから。ムースがお勤めし始めた頃はパソコンも市民権を得ていたし、ムースの周りの人はみんな一太郎だけは使ったことがあるっていってたかな?ムースは会社に入るまでパソコンなんて触ることなかったから、一太郎も使ったことなければ、ロータス1−2−3も花子も使ったことがなかったんだ。でも、何にも知らないっていうのはいけないって思って、会社に入ってからすぐにパソコン購入計画。でも、何を買っていいかわからなかったから友達に相談したの。そうしたら強くMacを買うことを勧められたんだ。いろいろと悩んだけど、結局Macを買ったの。だってMacの方が使いやすかったし、とにかくきれいなんだもん。あの頃、Macとウィンドウズを比較したら、多くの人はMacを選んじゃうと思う。でね、ムースはLC靴辰討いΔ里鯒磴辰燭鵑澄今じゃアキバで1,000円くらいで中古のLC靴売ってるけど、あの当時は25万円くらいしたと思う。ムースにとっての25万円はかなりの出費だったね。そしてLC靴閥Δ縫燹璽垢裡唯瓧礇罅璽供爾箸靴討瞭々が始まったの。
Macユーザーっていっても別に何かした訳じゃないんだけど、新しいMacとかには興味があったね。まだまだウィンドウズ95が発売される前の話。会社ではウィンドウズがあったからたまに使ってたんだけど、なぜかムースはウィンドウズを使うよりもDOSを使う方を好んでたんだ。今はDOSなんて使う人がいないと思うけど…。でも、[スタート]→[プログラム]→[アクセサリー]って見ていくと今でもちゃんとDOSプロンプトってあるもんね。ムースは昔、そのDOSプロンプトっていうのを使ってたんだ。だから、家のマックを使うとやさしい感じがして好きだったんだ。
でも、ムースはその後Macを置いてスペインへと旅立ってしまったから、1年と3ヶ月間パソコンとは縁がなかったの。実はその間に世の中では大変な出来事が起こってたんだよね。
ムースが避暑を兼ねてイギリスにいた8月下旬のある日。学校からホームステイ先の家に帰ると、ホームステイ先のパパが新聞を見ながらムースに話しかけてきたの。パパはムースが興味を持ちそうな話題をよくふってくれてたからね。例えば、ウィンブルドンで松岡修造が感極まって雄たけびをあげた日。ムースが家に買えると、「今日、日本人が勝った時、大喜びしてコートの中を駆け回っちゃって大変だったよ」っていわれたの。その頃、テニスでいいところまで勝ち進む可能性があるのは伊達公子か松岡修造くらいだと思ってたから、男の人か女の人か聞いたら男の人だっていうから、松岡修造だぁーってすぐにわかったの。考えてみればベスト8に進出したんだもんね。そりゃ、大喜びもするかなって思った。でね、その日は何をいうかといえば、ウィンドウズ95が発売され、世界中で飛ぶように売れたって話だったの。ってこの頃ってまだ日本では発売されてなかったんだよね?ムースはパパに「ゲイツは儲かっていいねぇ」ってそんなくだらないことをいったのかな?今思えば、すっとぼけたことをいっちゃったみたい。
ムースがスペインから帰国した時、世の中にはウィンドウズ95が出回ってたようだけど、浦島太郎状態だったからそんなこと何にも知らなかったの。だから箱の中で眠っていたMacをまた使い始めたんだ。そして会社に入った時、パソコンはすぺてウィンドウズ95。ムースの知ってるウィンドウズ3.1なんてどこにもなかったんだ。エクセルはMacで使ってから使い方がわかったけど、ワードの使い方なんて全然わかんなかった。もちろん、基本的なことはわかったけど、それ以上のことは何にも知らなかったんだ。それにムースが知ってる一太郎もどっかに消えちゃってたし…。最初はちょっと大変だったけど、段々慣れていくうちにムースもウィンドウズ95のパソコンを使っても問題がないようになっていったんだ。
お仕事で毎日何時間もパソコン画面とにらめっこしてたし、家には寝るために帰ってただけだから、家のMacも埃をかぶってたかな?でね、それからしばらくして、インターネットの世界を知った時、すぐにパソコンを買っちゃった。ちょうどウィンドウズ98が発売された週。7月の終わりだったかな?しかも、自分で組み立ててみたいっていう欲が出ちゃって、自作マシーンを作ったの。ちゃんと組み立てられたから本当によかった。それからかな?ムースがネットの世界に入り込んだのは。MSチャットをよくやってたしね。キャラクターは自動でダウンロードするようになってたから、知らず知らずのうちにキャラは増えてたけど。今じゃ、コミックチャットもなくなっちゃったもんね。
その自作パソコンは去年の夏、ムースが実家を出るときまでずーっと使ってたんだ。今住んでるところで、新しいデスクトップのパソコンを買おうと思ってたんだけど、こっちで買っていろんなことをやると、実家に帰った時に何にもできなくなっちゃうって思って、持ち運びのできるノートをアキバで買ってこっちに持って来たの。そして今、ムースは毎日ノートパソコンに向かいながらこの日記を書いてるわけなのです。Macはというと、またまた箱の中に入ってしまいましたが、箱に入れる前にRAMを増設して最大の36Mまで増設したし、LANボードも買ったのでネットワークにつなげます。モデムもあるからインターネットにもつなげると思う。前に実験した時には、見れるHPが少ないもののちゃんと見れたので。まぁ、ネスケの2なんていう骨董品を使ってるからしょうがないのかな?で、実家に置いてきたパソコンはといえば、両親が使ってます。でも、メール以外の使い方がわからないから、ただのメール用パソコンなのかな?たまにインターネットも見てるって行ってたから、ぐるなびくらいは使ってるかも?

今日、大きい方のバナーも作ったんですけどどうでしょうか?作って、アップしたあと、そのバナーを見たんだけど、ムース自身、このHPのイメージと違うって思ったんですけど…。そんな感じしませんか?もっとピンクを多用したバナーがお似合いかなってムース本人は思ってます。きゃー、こんな時間。勉強しなくっちゃ。明日、試験が終わったらしばらくヒマになるので、質のいい書き物を書けるように努力する予定です。今日はつまらない話でゴメンなさい。


2002年05月08日(水)



自由になりたい

今の生活はイヤだ。いろいろなことに縛られていて堅苦しい。できることならもっと自由な環境で自分のやりたいことを自分の思い通りにやりたい。こんなようなこといったことないですか?ムースはいい過ぎていついったかも思えてないくらいなんだけど…。人って忙しすぎたり、決め事や規則に縛られすぎるとこんなようなことをいっちゃうんじゃないかな?中には決まりっていうのは破るためにあるっていう人もいるよね。ムースは決まりは守ろうとする方なので、破るためっていう発想はあまり感心しないけど、でもその気持ちもわからないでもないな。あまりにも、決まりだから、決まりだからっていわれると破りたくもなってくるもんね。でも、その決まりや規則というものがなくなって何でもやっていいよといわれた時、本当に何でもできるのかな?
今日、いつもムースが行く日記書きさんのところにおしゃれの話がでてたのね。その作者が高校生の頃、校則で許されてる範囲の中ぎりぎりのところでおしゃれを楽しんでたというの。それはスカートの丈を短くしてみたりだとか、マニキュアを塗ってみたりだとか、髪の毛の色を少し明るくしてみたりだとか。もちろん高校生だし、先生の目ってものがあったから、徐々にやっていったって書いてあったけどね。ここまでだったら大丈夫かな?これだとヤバイだろうって感じで。ムースも高校生の頃はそんな感じだったから気持ちがわからないでもないなぁ。っていっても、ムースのいってた高校は他校と比べるとかなり緩い校則だったから、先生に怒られる前に親に何かいわれるのが先立ったかもしれない。だから校則で許されるだろうっていうギリギリのところを楽しむっていうことはなかったけどね。
でも、その日記の作者が短大へいった時、状況はかなり変わったみたい。短大だから何を着ていこうが、どんな恰好をしようが自由だよね。もう校則というものに拘束されることはないよね。最初の頃は校則から解放されたことの喜びで、今までできなかった恰好してみたいなんだけど、そのうちに飽きてしまって段々簡単な恰好になってしまったみたいなの。飽きたってことだけが簡単な恰好になっていった理由じゃないみたいなんだけど、ムースが受け取った感じだと、飽きてしまったのかなって思う。校則という名の拘束がなくなって自由になったとたん、意外とおしゃれに気を使う時間が短くなっていったみたいなの。そしてその人は今OLのようなんだけど、ここでも特に服装に関する規定がないらしく、何を着ていってもいいらしい。でも、毎日、毎日、おしゃれをするのではないらしく、普段は簡単な恰好で会社に行っているようなんだ。
ムースね、これを読んで思ったんだけど、この作者って今までは規則を破るか破らないかのギリギリのスリルを味わっていたんだと思うの。だってギリギリの線でやってるものってスリルがあるし、緊張してるし、楽しいと思うの。政治家がお金をもらう、もらわないっていうのも、そのギリギリのところだよね。だから毎日楽しくて仕方がないと思うの。もちろん、イヤな思いもたくさんすると思うけど、でもギリギリのところのものが多い気がする。だから政治家を辞められないんじゃないのかな?収入が多いっていうのも魅力の1つだと思うけど…。
でも、何してもいいですよっていわれたとたん、この日記の作者は自然体になっていったと思うんだ。もしかしたら政治かも何やってもいいですよっていったら自然体になるのかな?いや、政治家に限ってはそんなことないかな?権力を行使するのが好きな人が多いから。ムースが思うに、これはいけません、やっちゃダメですってあまりにもいい過ぎると思うんだ。そして枠の中にはめていこうとしてるように感じる。例えば、高校生はこうあるべきだって感じで。だからみんな反発したくなっちゃうと思うんだ。ただ、既存の決まりを破るとそれなりの罰を受けるし、それはイヤだからギリギリのところでいろいろなことをやってるのかもしれないよね。
ある時に日本を飛び出して海外へ行ってお仕事をしたり、勉強をしたりする人って今の時代多いよね。どういう理由で海外に行ったんだかムースにはわからないけど、思うに、日本っていう国でやっていくのに窮屈さを感じたから飛び出して行っちゃったって人が多いんじゃないかなって思うの。実際には外国へ行って何かをやるってことの方がいろいろな規制があるんだけど、それでも海外っていうのは、規制事項が多くてもそれを感じさせない何かがあるんじゃないかな?例えば、やったらやった分だけの見返りがあるとか、やりたいって思ったことに一貫性があって、期待できれるものがあればちゃんとやれるとか…。多分、窮屈じゃないんだと思う。それが最大の理由なのかな?
自由にやりたいっていうけど、このやりたいって気持ちを維持するのってとっても大変なことだと思う。世の中に完全な自由っていうのは存在しないと思うけど、でも窮屈じゃなければ、息苦しくなければ、いくら規制事項があってもそれをあまり感じないんじゃないだろうか?常日頃から、これはダメ、あれはダメっていってるから、やる気もなくなるし、何をやってもダメだろうって最初から諦めてしまってるんじゃないかな。ダメ、ダメいうのって簡単だと思うけど、これやっていいよ、あれやっていいよって何かをやらせるっていうことは、ダメ、ダメっていう何十倍も、何百倍も難しいと思う。そうしたら、自由になりたいっていう愚痴や嘆きやぼやきが減っていくと思うし、日本を飛び出して海外で成功を収める人も減っていくと思うんだけど。
ところでムースはどうなのって思うかな?ムースは鳥のようにいつも自由に世界中の空を羽ばたいていないとダメなようです。っていうと聞こえがいいんだけど、要は根無し草なので、時の流れに身を任せてそこら辺でプカプカと浮いてます。これがムース流の自由な生き方です。決してまねしないでね。楽しいようで結構つらいことも多いので…。

今日で試験も3教科終わり残り1教科となりました。明日は試験がないから、今日はちょっとゆっくり。お昼寝もたっぷりしたし、またまたお酒も飲んじゃいました。ちょっとだけ夏休み気分になったのかな?いや、まだまだだね。最後の試験、がっちりと点数を取っていかないと後々に響いてくるからね。できることなら成績ってことに振り回されずに勉強したいんだけど、でも試験や成績ってものがあるからちゃんと勉強するのかもね。あまり自由になりすぎると、自然体でいるっていうより、ただの物体になって学校を行き来するだけになっちゃうから。
昔撮って、スキャナーで取り込んだ写真があったんだけど、今日くつろいでた時にちょっとだけいい感じに加工したのでよかったら見てください。ムースが昔いた、スペインのサラマンカっていう街のマヨール広場の写真です。ライトアップしてるのでクリスマスの前に撮ったと思うんだけど、よく覚えてません。そんなにきれいな写真じゃないけど、こんな感じの街なのねってことはわかると思います。ちなみに写真はちょっと大きいのでダイアルアップでつないでる人は見れるまでにちょっと時間がかかると思います。ここ(ここっていう文字)をクリックしていただければ800x600のウィンドウが開いて見れると思いますので。


2002年05月07日(火)



英語ペラペラ

英語ペラペラ?って誰かに聞いたことある人って多いんじゃないかな?中には英語ペラペラ?って聞かれたことある人もいるだろうね。でも、英語ペラペラ?とか、英語を話せる?っていうのは何を基準に聞いているんだろう?ペラペラっていうのは何をいわれてもわかるし、その受け答えがちゃんと出来ることをいってるのかな?それとも、TVや映画を見たときに何をいってるのだか理解できることをいっているのかな?どうなんだろう?
今は石を投げれば留学経験者に当たるっていわれてるくらい短期留学、長期留学等の留学経験者は多いよね。ムースも実はその1人なんだけど…。だから誰かが投げた石がムースに当たったら、はぁ〜い、留学経験者で〜すってことになる。まぁ、ムースの場合はどこに留学してたの?って聞かれれば、スペインですって答えるから、英語ペラペラ?っていうのはあまり聞かれることはないけど…。でも、もしムースがスペインにいた期間と同じ期間をイギリスで過ごしたとして、果たして英語がペラペラになったのだろうかって思うことがあるの。もちろん、答えはノー。イギリスにいた3ヶ月は英語なんてほとんど話すことがなかったもん。スペインにいたときの方が英語を話す機会が多かったっていうか、毎日英語を使う場面があったんだ。その逆に、イギリスにいるときの方がスペインにいたときよりもスペイン語を話す機会が多かったなぁ。それを考えると、やっぱりたった1年でペラペラっていうのは果てしなく遠い世界だよね。サンフランシスコにいる友達から聞いたことがあるんだけど、アメリカの大学を卒業した人でさえ、ろくに読むことも書くことも話すこともできない人がいるっていうしね。っていうか、ムースもそういう人を何人か見てるから知ってるんだ。誤解されると困るので付け加えると、留学をした人、している人の中には一生懸命勉強して、普段の生活には支障のない程度の英語力があって、英語でコミュニケーションをとることに大きな問題がないって人がたくさんいますので。
で、ペラペラってことだけれども、もしこれを自分の日本語を基準とした場合、ペラペラっていうのはどういうことになるだろう。もちろん、日本語のレベルも人それぞれだと思うけど、でも大体これくらいの言葉はわかるでしょうってレベルがあるよね。例えば、新聞を読んでいてほとんど問題がないとか、日本語で何かを書いた時、文法的には間違っていてもほとんどの日本人は理解できるとか。TVを見たときに何をいわれているか9割9分までわかるとか。ムースがここであえて「ほとんど」とか「9割9分」とか曖昧な表現を使ったのは、日本人が日本語のニュースを見ていても100%理解できているとは思わないから。だってムース自身、ここに日記を書くようになったら日本語がわからなくて辞書を引く回数が増えたし、TVを見てたって全部が全部わかるかといったら、そんなことはないから。政治や経済の話は大体わかるけど、時たま何をいわれているかわからないときがあるもん。もちろん説明をされればわかるものもあるよ。でも、時には説明されてもわからないことも。新聞だって読んでいる時にたまに辞書引くときだってあるし。だって漢字が読めないんだもん。さらに、ムースの話す日本語がおかしいっていう人が何人もいたので日本語にあんまり自信がないんだけど…。でも、ほとんどの人がムースは日本語がペラペラだと思ってるし、そのことについては誰も否定しないよ。だからムースは日本語がペラペラだと思う。
これを英語に置き換えた時、なぜか基準が変わってくる。一般的に英語がペラペラっていうのは、英語で聞かれたことは何でもわかるし答えられるってことになっていないだろうか?例えそれが日本語でいわれたってわからない言葉だとしても。英語でいわれたこと、聞かれたこと、話すことに一切の問題がないのがペラペラってことになっていないだろうか?ムースはどうもそんな気がしてしょうがないの。日本人同士が日本語で話していたときにわからない言葉だってたくさんあるでしょ。でもそうだからといって、日本で生まれ育ってる日本人に対して、日本語があまりお上手じゃないんですねと誰もいわないでしょ。それが英語の場合となると、わからない言葉があると周囲の人はその時点で、この人はどれくらい英語が話せるのだろうかと不安になってくる。それになぜだか完璧を求めてくる。これがムースにとっては不思議な話。もちろん、英語ペラペラって聞かれる方だってその現実を知ってるから、ペラペラですとはまず答えないでしょう。どこかあやふやないい方をするよね。大体わかりますとか、何をいわれてるかわかるけど、わからないこともたくさんありますとか…。
ムースがスペインから帰ってきたときに受けた就職面接での出来事。ムースの履歴書を見て、スペインに行ってたんだぁーっていう軽いジャブが入った後、スペイン語や英語がしゃべれるかって聞かれたの。まぁ、スペインで友達と英語で会話をしてたからしゃべれると思ってたのね。だから英語もスペイン語もわかりますっていったの。そうしたらどの程度わかるか聞かれたんだ。どの程度っていったって、難しい言葉はわからないから難しいことはわかりませんっていったら、スペインで1年間遊んできたんだよねっていわれたの。勉強しに行くっていうのはその国で学士なり、修士なりを取ったら勉強してきたっていうみたいなこといわれたもん。さすがに何もいうことがなくなっちゃった。スペインの学校で1年間習ったこと、イギリスの学校で3ヶ月間習ったのは何だったのって思ったけど、これが一般論なんだろうなぁーって思ったの。それ以来、ムースはイギリスに3ヶ月いたことあるし、スペインにも1年いたけど、遊んでばかりいたし、お酒の飲み方を覚えて帰ってきたっていうことにしたんだ。そういった方が受けがいいから。
スペインへ行く前にお勤めしてた会社でも、あるときに英語の単語の意味を聞かれたことがあるの。なぜかっていうと、ムースが英語を話せるっていうことになっていたから。でもその当時はNHKのラジオ英会話2年目。大して英語なんてわからない頃だったんだけどね。でね、聞いてきた人は辞書にのってるムースが聞いたこともないような単語の意味を聞いてきたの。当然わかんないからわからないって答えるよね。そうしたらね、あれっ、英語話せるんじゃなかったっけ?ってようなことをいうんだよ。この時も何もいいたくない気持ちになったんだ。だからかもしれないけど、今だに英語を話せるの?って聞かれると話せないっていっちゃうんだけど…。ちょっと悲観的過ぎかな?
英語がペラペラってことはいわないかもしれないけど、隠れペラペラはたくさんいると思うんだ。ムースが思うに、ペラペラっていう偏見に満ちた定義を変えれば、雨後のたけのこのように英語ペラペラっていう人がたくさん出てくると思うんだけど…。英語のわかる人が出る杭になって打たれるんじゃなくって、その能力をもっと引き出そうっていう社会だといいんだけどね。
英語の話しついでに…。多くの日本企業ではTOEIC崇拝傾向があるみたいだけど、TOEICの点数がいいから英語がしゃべれるとは限らないから。逆に英語がしゃべれるからTOEICの点がいいっていうこともないと思うよ。っていっても、しゃべれる人は800点くらいの点数は何も勉強しなくてもすぐに取ると思うけど…。ムースの見たインド人でTOEFLが580〜590点(コンピュータのTOEFLでは何点くらいになるかわかんない)っていう人がいたんだ。読み書きはすばらしいと思う。読めない、書けないムースからしたら、うらやましいって思う。けれども英語でコミュニケーションはとれてません。なぜなら、発音がひどすぎるから。でも、彼らにはプライドがあるの。ぼくは、私は英語ができるっていうプライド。だから発音を直そうって人はあまりいない。これって英語が話せるっていうのかな?もし語学がコミュニケーションをとるための道具であるなら、使える環境にあるなら、使わなきゃ意味ないよね。ピカ一君でないんだから…。資格のためだけの語学って何かが違うんじゃない?新人教育のときにどんな企業でも「ほう・れん・そう」って教えるでしょ?報告・連絡・相談って。社会で一番大切なのは人との円滑なコミュニケーションじゃんなかったっけ?ってことは英語はそれを海外の人とするための道具で、資格のためだけじゃないでしょ?TOEICの点がいくらよくても、コミュニケーションができなければ意味がないんじゃない?

あぁー、明日も朝1番で試験だっていうのに…。何にも勉強してないよう。今日、試験が終わって学校から帰ってきたら、留守電が入ってたの。ムースが家にいないのがわかってるのに電話。しかも一方的なメッセージで。ちょっとイヤな気分だった。ムースが借りてたものがあったんだけど、明日取りに来るっていうの。もう半年以上も話してないのに、突然。イヤな気分になったから、今日すべてお返ししました。と同時に部屋の模様替えもしちゃいました。実は模様替えっていうよりも、お勝手に置いてたった食卓ををリビングルームに移して、勉強机にしただけって感じなんだけど。試験中にこんなことやめてっていいたいけど、何もいわなかった。何でだかわからないけど、最近、文句をいうのをやめちゃう傾向が…。昔は熱かったのになぁ…。コミュニケーション能力の欠けてるのかな?それともやっぱり人間として欠陥なのかな?


2002年05月06日(月)



現実逃避

今日のムースは現実逃避してます。試験の重圧にまたもや負けてしまい、現実から逃げて、今日はリンク用バナーの作成をやっていました。もう本当に情けなくなってきた。どうも試験前になると試験勉強以外のことが気になってしょうがないんだ。
今日はお昼になってから起きたの。いつものように寝起きは日記が更新されてるかどうか見に行くんだけど、今日はそれよりもバナーのことで頭が一杯。今日のムースは小さいバナーにしか関心がなかったからまだマシだったんだけど…。これで大きい方も…なぁ〜んて思ってたら今日という日はバナー作成で1日が過ぎちゃうところだった。本当に危険。
この間、フラッシュの画像を見てからというものビジュアル系のHPにちょっと関心を持ってきたんだ。もちろん、このページをビジュアル系のHPにするつもりはさらさらないんだけど、隠れサイトでも作ろうかなーなんてバカげた事を考えちゃった。前に1度書いたと思うけど、ムースは芸術の才能ってものがちょびっともないの。皆無に等しいかな。大体、犬を描こうと思ったって、キリンだか、馬だか、犬だかわからないものしか描けない。足は4本描くだろうから、4つ足の動物だってことは認識できるだろうね。でもそれ以上はムリ。それくらいムースには絵心というものがないの。他の分野はどうだろうってムース自身何度か考えてみたことあるけど、やっぱりダメ。色の使い方から、ものの配置、バランスのとり方、どれをとっても何かがおかしい。こんな訳でHPを作ろうって思い立ってから長い月日が流れて、やっとのことムースの部屋を立ち上げたんだけど、テキスト系のサイトに行き着く結果となっちゃったんだ。
昔、ムースがHPを作ろうって思った時は、JavaやJavaScriptのようなプログラムを多用したHPにしたかったの。でも、その当時はプログラミングの世界から離れていたから、どうやったらいいか全然思い浮かばなかったんだ。月日が流れるとともに、ムースのHPを作ろうという意欲もなくなっていき、HPを作ることには至らなかった。
ムースが以前お勤めしてた会社もHPを持ってたんだけど、これの修正はムースがやってたんだ。もちろんHTMLなんてろくに知らなかったから、本を見ながら一生懸命タグを打ってたけど…。今もそうなんだけど、HPの修正とかをする時ってどうしてもタグを見ながら作っちゃうんだ。ムースってFront Page 2000 を使ってHPを作るんだけど、どうも画面の様子を見ながら作るっていうより、ひたすらタグを打って、さぁーできたぞぉって思ってからじゃないとどうなってるか確認しないんだよね。くせっていうんだか、何ていうんだかわからないけど…。
会社のHPの修正をしてた頃、自分のHPを作ろうかなってまたも思ったんだけど、この時は見栄えのいいHPにしたくってしょうがなかったんだ。でも、色に関するセンスっていうものが欠如してるせいか、このときも何もできないで終わっちゃったの。本当にムースの部屋ができるまでは長い道のりだった。今回はテキスト系としてやっと落ち着いたけど、でもいろんな人のHPを見てるとビジュアル系のHPってやっぱり見てていいよね。絵があったり、動画があったり。バナー1つ取ってもいい色使いしてるし、いろいろなものが描かれていても、すっきりと見えるんだよね。ムースの部屋のバナーもそうしたいの。でも作れない…。本を見ながらフォトショップと格闘するものの、本に書いてある通りのものしか作れないって。応用するってことが出来ないんだよね。それができるようになればいいんだけど。
現実逃避といっても木曜日の朝にはすべての試験が終わっちゃうから、今晩辺りからちょっとだけお勉強しようって思ってるんだ。そうじゃないと後悔することが目に見えてるから。でね、それが終わったらたぁーっぷりと時間があるので、バナー作りや詩、エッセーの創作に意欲を燃やそうかなって考えてるの。何日この気持ちを保てるかわからないけど、今はそんな感じなんだ。そうそう、今日作った小さいバナーは一応アップしてあるので、もしよかったら見てください。下のメニューバーのリンクってところをクリックしてください。そこにあります。もし、リンクってどこ?っていう方がいたらここ(ここって文字)をクリックしてください。ムースの部屋のトップへ飛びます。

今日の現実逃避中、いつも行くHPで面白いことが書いてあったの。日本の教育レベルが落ちていってるって。そしてこのままで行くと低水準の教育レベルになっていくだろうって。でね、最後に書いてあったひとことがムースの心に残ったの。このままの教育でいって、日本人が長文を読むことができない、書くことができないってなっていくと、このサイトの存亡の危機だって。それを読んでおかしくなっちゃった。ムースはこの日記をただダラダラと書いていってるじゃない。だから話が飛んで読みづらいっていうようなことをいわれたことがあるの。確かに他の日記サイトさんのように、簡潔に面白おかしく書いてないと思う。まさに駄文って言葉が似合ってると思うの。でもね、どこかのHPに面白いことが書いてあったんだ。
昔、っていっても明治とか大正時代のことなんだけど、小説家は読者に読解力を求めたんだって。誰が読んでもわかるっていう文章を書いたんじゃなくって、文学がわかる人に読んでもらいたいって気持ちでいろいろなものを書いたみたいなの。確かに昔の小説って面白おかしくは書いてないものもあるよね。「坊ちゃん」とか「我輩は猫である」を読んで他の夏目漱石を読んだら作風が違うって思うものもあるんじゃないかな?ムースが「彼岸過迄」を読んだ時は何て面白くない小説なんだろって思ったんだ。でもね、何となくもう1度読んでみようかなって気になれるの。逆にムースが最近読んだ唯川恵の本は何度も読もうとは思わなかったんだ。それがエッセーだったからかもしれないけど…。よくいうと、言葉がやさしいから読みやすいの。頭に入ってきやすいの。でも、悪くいうと、何度読んでも受ける印象は一緒だろうって思うんだ。難しいからいいとはいわないけど、読んでる自分の能力が問われるような読み物って、自分の能力が上がるたびに理解の仕方、受け取り方って変わってくるし、面白いと思うの。それが文学の醍醐味かなって。別にムースの書くものが文学だっていってるんじゃないの。いつも、いつも、簡単に書いてある短い読みものしか読んでないと、ものを読む力が落ちていっちゃうし、ちょっと長いものを読んだらすぐに飽きちゃうし、同時に書く力も落ちていっちゃうよってことがいいたくって。
ムースがよく行くオンライン小説を書いてる作家さんだってたくさん本を読んでると思うの。本をたくさん読むし、長文に慣れてるから長文を書けると思うんだ。唯川恵だってたくさん本を読んで、勉強しているから直木賞を取ったんだと思うの。もちろん、彼女だって難しく書いてっていわれればできるんだろうけど、そんなことしたら商売上がったりってことになっちゃうからやらないと思うんだけど。だからやさしい言葉を使って簡単に書いてると思うの。ものを書く人はたくさんいろいろなものを読んでる。でもものを書く人ってほんの一握りの人でしょ。多くの人は本も読まず、新聞も読まず。書き物はすべてパソコンでやるし、パソコンが勝手に変換してくれるから漢字も覚えなくっていいって感じになってると思うの。だから読むってことに慣れてないと思うんだ。でもそれだとネット上でもいろいろなサイトが存亡の危機に陥っちゃうので、たくさん本を読んでもらって、テキスト系サイトにどんとんと足を運んでくれたらうれしなぁーって思ったんだ。
唯川恵ってどんなこと書いてるの?って思う人もいるだろうから、彼女のエッセーを試しに読んでみてください。ここをクリックしたら読めます。じゃ、ムースは明日の試験のためにお勉強します。


2002年05月05日(日)



頼ること、依存すること

頼るってことと依存するってこと、同じ意味のようだけどムースの中ではちょっと違うんだ。例えば、勘に頼るっていう場合の頼るは辞書によると依存するってことと同義語のようなの。ムースは国語学者じゃないから、それがそうといわれればそうですかとしかいえないんだけど…。でも、ムースがここでいいたい頼るってことと依存するってことが違うっていうのは、人との関係で頼るってことと依存するってことの話。
子供の頃、親に「人に頼るのはやめなさい」とか「人に頼ってばかりいないで自分でやりなさい」とかいわれたことはないだろうか?ムースはものぐさな人なので、自分自身が興味を持たないものに関しては見向きもしないような感じだったんだ。でも、学校へいってるとどうしてもやらなければいけないものってあるよね。例えば、読書感想文。何度かこのことに触れてるけど、ムースは本当に本を読むってことが大嫌いだったんだ。さらにそのことについて何かを書きなさいっていうのはもっと苦手。旅行記は子供の頃からなぜかすらすらと書けたんだけど、その他の題材については本当に苦手だったの。だから読書感想文っていうのものは実は自分で書いたことがないんだ。どうしてたかというと、母が本のあとがきを読んで、本の内容を推測してムースに伝えるっていう感じだったの。もちろん、ムースは1文字も読んでないから何が書いてあるかわかんないから母だけが頼みの綱だった。
こんなことを何度か繰り返しているうちに自然と自分でやるってことをしなくなっちゃうんだよね。読書感想文っていうのは母の宿題って感じだった。だからだと思うんだけど、「人に頼ってばかりいないで自分でやりなさい」って怒られることもことも多かったんだ。その時のムースは、もう自分で考えるってことはしなくなっちゃったんだよね。いつの間にか母に依存してたの。最初は自分でやる力も持ってたのかもしれないけど、心地よい温室に長い間何も考えることなくいたら、いつの間にか自分では何1つできなくなってたし、自分で考えるってことを停止しちゃってたんだよね。その結果、国語のテストをやってもどうしてもいい点が取れなかったんだ。学校のテストじゃなくって模擬試験ね。でも、今思えば当たり前なんだよね。だって文章を読んだり、書いたりして、理解しようっていう練習を何もしてないんだから、テストをやったってできるわけないもんね。心地よい温室にいたと思ってたんだけど、徐々に温度が上がっていってて、知らず知らずのうちに自分が茹で上がっちゃってたんだよね。よくかえるを使ってこの話を例えると思うんだ。かえるはお湯の中には熱いってわかってるから飛び込まないけど、水の中に飛び込んでからその水を徐々に温めると、お湯になっても気がつかないでお湯から出てこないって。ムースもそんな状態だったのかな?もう茹で上がって、骨抜きになってたのかもしれないね。
人って不思議なもので、最初は心地よいって思ってたものも、その状態でしばらくいると、それが普通になって心地いい状態じゃなくなっていくんだよね。だからもっと心地よくしたいって思う。依存してる人だと、もっと心地よくしてっていうのかな。ムースもそんな感じだったのかな。で、心地よくならないってことは自分の欲求が満たされないから怒るよね。もちろん、怒られた方だってたまんないと思うんだ。一生懸命、その人のためにいろいろとやってあげてるのに、怒られるんだから。そんなときはそこから1歩でも外に出て見ると、今まで自分のいたところがどれだけいいところだったかわかるんだけど、何もわざわざ苦しい思いをしたくないから外にはでないよね。だからいつの間にか茹で上がってしまって、どうしようもない状態になっちゃうんじゃないかな。
つい2日前に書いた、ある掲示板を存続させようと思ってみんなが力を合わせたって話しだけど、あれって1人で全部やったわけじゃないよね。最初に呼びかけた人は1人だったかもしれないけど、他の人に頼らなければいけないところってたくさんあったと思う。そのときに、「子供の頃、人に頼るなって教えられたから自分1人でやります」な〜んていってたら上手くはいかなかったと思うの。人は万能じゃないし、必ず得手・不得手っていうものがあるからどこか頼らなければいけないと思うんだ。そういう時はどんどん頼っていいと思う。だって自分の考えを進めるために、不得手な部分を他の人に任せてるだけだもん。
ここが依存と頼るってことの大きな違いだと思うの。ムースのいう依存するっていうのは自分で考えることをやめてしまって、相手にすべてをやらせて、温室にいるにも関わらず、自分の思うようにならないから文句ばかりいっている状態。でも、人に頼るっていうのは決して自分で考えることはやめてないことだと思うんだ。それに自分でできる部分はやっていると思うんだ。自分でものごとを考えて、できるところは自分でやって、不得手な部分を他の人に任せているだけだと思うの。人に依存することはよくないけど、頼ることはしてもいいと思うんだ。親に「人に頼ってはいけません」って育てられたから誰にも頼らず1人で全部やるとはいわずに、どんどん頼ってもいいと思うの。でも、そこで自分で出来ることは自分でやって欲しいんだ。考えるってことはやめないで欲しいんだ。だって自分でできることをやめてしまったら、考えることをやめてしまったということはそれは依存してること以外の何ものでもないから。

この週末が明けたらすぐに試験だっていうのに、今日は30分くらい数学の勉強をやったら飽きてお昼ねしちゃった。でね、起きてから何をしたかというと、トップページにあるムースへのメールフォームがもうちょっとよくならないかなぁって考えてたの。でね、ネットの中をフラフラしてたら、な、な、なんとムースが使ってるメールフォームのプログラムがあったの。ちゃんというとCGIのスクリプトがあったんだ。でね、思わず解析しちゃった。どうやったらいいんだろうって感じで。これってPerlっていう言語で書かれてるんだけど、ムースはPerlがわからないからちょっと一苦労。でも、大体何をやってるんだか見当はつくんだ。いろいろとプログラムを見ながら考えたんだけど、今のままでいいやぁーって。もしムースがCGIを書けるようになったらちょっと変更するかもしれないけど。
もう試験前なのに一体何やってるんだろう…。最近は日記も短くなって来ちゃったし…。


2002年05月04日(土)



昨日の続き…

今日、いろいろな日記サイトのタイトルを見ていたら、「今日で学校が終わった」っていうのが目に入ったのね。どこの国の学校へ行ってる人だかわからないんだけど、今日で学校が終わって、夏休みに入るみたい。だから帰国しますって書いてあったの。そういえば、そろそろ海外の学校は夏休みを迎えるんだよね。日本はこれから本格的な授業が始まろうとしてるのにね。何だかすれ違いなんだね。でも、日本の大学って夏休みが終わるのは大体9月の半ばか終わりだもんね。海外のように3ヶ月っていうような長い長い夏休みじゃないと思うけど、でも2ヶ月ちょっと休みだし、春休みも約2ヶ月あるから、どっちかっていうと日本の大学の方が休みが多いのかも?
ムースの行ってる学校も今日ですべての授業が終わって、来週の期末試験が終われば3ヵ月半の夏休みです。っていっても、ムースの場合は夏も学校へ行くので、夏休みは5月の半ばから4週間と8月の第2週からの4週間の計8週間のお休みです。まぁ、飛び飛びにしても8週間も休みっていうのはうれしいな。何せお仕事をしてた時は、お正月休みしか連続休暇はなかったから。とはいっても、お正月休みは元旦と2日を除いては大体書初めの練習が入っているので、結構忙しいんだ。クリスマスだって、誕生日だって、いつも書初めの練習。たまに練習がないなぁーって思ってるとホッケーがあったり。冬ほど忙しい季節はないってくらい冬場のムースは大忙し。まぁ、活動の季節だから当たり前なんだけど…。だから冬休みは休みのようで休みじゃなかったの。
そんな訳なので長い休みはうれしいんだ。8月の休みについてはまだいろいろと検討中で、はっきりしたことは決まってないけど…。まぁ、まだ時間があるからゆーっくりと考えて決めるんだ。
予定では今日から試験のはずだったんだけど、先生の気が変わって来週の木曜日に試験をやるってことになったから、昨日は何もしなくても問題なかったの。だから1日中、フラッシュの画像を見てたんだけどね。

あっ、そういえば、昨日の日記に書いたフラッシュの画像は見れたのかな?ちょっと疑問に思っちゃった。っていうのは、昨日テストした時は見れてたんだけど、今日になって見てみたらどうも調子が良くないの。途中でFlashのバージョンを上げたことも原因の1つかなぁーなんて思ってるんだけど…。最初に紹介した「ぶきようだけど」の話なんだけど、最新のFlashを使ってる人にはムースと同じようなことが起こるのかもしれない。データの読み込みが終わって音楽が流れ始めるんだけど、画面はずーっと暗いままなの。本来だったらちゃんと流れてくれるんだけど…。でね、画面が流れるまでって思って読み込みが終わるのを待ってたんだけど、やっぱり暗いままだったんだ。もちろん、そうなった場合、どうやって見るかってことは今紹介しますよ。読み込みさえ終わっていれば、画面の真ん中ら辺へカーソルを持っていって右クリック。そうすると、フラッシュのメニューが出てくるのね。それが出てきたら、真ん中ら辺に再生っていうのがあるからそれをクリックすると、また最初に戻って、今度はちゃんと画像が出てきて見れるようになるの。ダイアルアップの人だったら、ウィンドウの右下を見れば通信をしてるかどうかわかると思うんだ。チカチカしてたらまだ通信中。ってことはファイルの読み込みが終わってないって事だから。ムースの家のパソコンで大体2分待つかな?それ以外の人だと読み込みがかなり早いと思うので、30秒から1分待って絵が出てこなかったら、右クリックでメニューを出してもう1度再生を試みてください。フラッシュのことはよくわからないので、もし間違ってたらごめんさない。何で読み込みがうまくいかないかはわからないんだけど、バージョンの違いは1つの要因であるかもね。2つ目の「できないだなんて思はないで」は問題なく見れたからいいんだけど…。ムースとしては「ぶきようだけど」を是非とも見てもらいたいけど、みんながみんな感動するわけじゃないんもんね。下らないって思う人もいるだろうし、つまんないって思う人もいるだろうし。だから興味がある人だけ見てください。
何でムースが1つ目のフラッシュが好きかっていうと、何だかとってもせつないから。本当は仲良くなりたいんだけど、自分が触れようとしたら枯れてしまった花。そして自分が何であるかってことに気がついて、それにがっかりして。自分が何かをすれば、いろいろなものを傷つけてしまうんじゃないかって思って、恐くなってしまったり。孤独になんてなりたくないけど、でも孤独な道を選んじゃったり。そんなせつない気持ちが何だか心にズシーンと来て。
で、極めつけは子猫のことかな。実家にいる猫も子猫の時、命のともしびが消えそうになったことがあるのね。運良く家まで戻って来れたから生き延びることができたんだけど、もう1匹いた兄弟の猫はそのまま行方知れずになっちゃたの。まだ生まれて1ヶ月か2ヶ月くらいの時のことだから、自分でえさをとってくるなんてこと知らないと思う。親猫を探しに行こうとして遠くまでいったか、親猫にくっついて遠くまでいったら帰ってこれなくなっちゃったか。猫の世界のことなので詳しいことはわからないけど、生き延びるのって大変みたい。折角この世に生を受けてきたのに、寒さに耐えられずに子猫のうちに明日の世界へ行ってしまった猫を何匹か見たけど、とっても悲しいよね。本当だったら、もっともっと生きていれるはずなのにね。
こんなことを思いながら見てたので昨日のWEB絵本を見た時、ウルウルしてたの。また感動できるようなものを見つけたらご紹介します。


2002年05月03日(金)



フラッシュ

ここ1、2日、ムースはFlashの画像にはまってます。日本で最大?のBBSへ行ってどういうのがあるか見て、真夜中に一生懸命ダウンロードして見てるんだけど、その1つを見てなんか考えさせられちゃた。
2001年の8月25日の夜、そのBBSが使えなくなりそうになったことがあったんだって。その時のムースはそのBBSへ行ったことがなかったのかな?だから何が起こったかなんて全く知らないけど…。Flashを見てる限りだと、掲示板利用者の1人が呼びかけてそのBBSを救うためにプログラマー達が集まったらしいの。でね、公開でプログラムのテストを繰り返してひと晩のうちにそのBBSを救ったっていう話なんだ。これだけだとなんだそんなことって思うかもしれないけど、ムースが考えさせられたっていうのは、それに参加人たちのことなんだ。
UnixっていうOSがあるのね。ウィンドウズとかマックとかそういうのをOS(オペレーションシステム)っていうんだけど、Unixはその仲間の1つなんだ。でね、そのUnix用のBBSに、このままだと今使ってるBBSが使えなくなっちゃうからっていって、いろんな人が協力して、知恵を絞って、たった7時間でプログラムのテストまで終えてそのBBSを救ったの。これってネット上のことでボランティアなのね。でもね、それを見ていた日本中のプログラマー達がどうにかしようとして、必死に修正をしたんだって。この現代の殺伐とした世の中でそんなことが起こったんだよ。ムースが思うに、プログラムに手を加えるのってそんなに簡単なものじゃないと思うの。ムースもプログラマーの端くれだから、そういうことは何度もやったことがあるんだけど、まずそのプログラムに何が書いてあるか解析するのに何日もかかると思うの。それから今度はどうすれば上手くいくかを考えて、修正していくの。そのあと、何度も何度もテストしてそれで初めてOKが出るのね。たまにテストしてる途中で、新しいことがわかって、根本から考え直さなきゃいけないこともあるの。それくらいプログラムの修正って大変なんだけど、それでご飯を食べてると思えば、しょうがないかなって思えるよね。でもね、そのBBSを救った話は、すべてがボランティアだから。誰かがお金を出してどうにかしてっていった話じゃないの。でも、ネットユーザーが集まって、がんばってプログラムを直してそのBBSを救ったんだ。
もし、ムースがそれをやらなければいけないってことになってもできないと思う。1つにはそれだけの技術がないってこともあるの。それに、生活のためにプログラムを書くけれども、ボランティアでそこまでのことができるかっていったら、それも疑問。夜中に行なわれたみたいなんだけど、疲れたぁーっていって寝ちゃうんだろうと思う。ムースがやらなくたって、誰かがやるだろうって感じで。これって1番良くない考え方だよね。誰かがやるからいいだろうっていって何もしないと、みんながそう思って何もしなくなっちゃうんだよね。微妙なところなんだけど、自分がやらなくたって誰かが…ってみんなが思っちゃってたから、世の中何も生まれなくなってきちゃうよね。今の日本ってそんな感じかな?
でも、このFlashの画像を見たときに、まだまだ日本も捨てたもんじゃないんだなって思ったの。だってプログラムに修正を加えることだって、出来るかどうか不確かなものだったと思う。だけど、みんなが挑戦した。これがすばらしいことだと思うんだ。欲をいえば、政治の世界にも、経済の世界にも、司法の世界にも、こういういい話がたくさんあるといいんだけど…。今はちょっと良くない話ばかりだよね。1人の力は大したことないと思うけど、みんなで力をあわせてやればどんな困難にも立ち向かっていけるんだってことを示した、そんなFlashの画像だったような気がしたんだ。
でね、ムースは考えたんだけど、将来はWEB系のプログラミングに進もうかなぁって思ったんだ。もし、ここで何も習えなかったら、お金の許す限り学校へ行っていろんなことを勉強して、コンピュータのことを教える人になろうかな。何となくそんなことを思っちゃった。
昨日、これからどのような授業を取ったらいいか先生の所に聞きに行ったんだけど、あまりいい返事はもらえなかったんだ。夏休みが明けたら、ムースの取れる授業はたった1つになる模様。その授業を取らないと何もできないから、秋からは単に時間の無駄遣いになっちゃうのかな?卒業も自動的に半年以上遅れるし…。だって今年の秋に取りたい授業を来年の秋に取るから。もしかしたら半年じゃなくって1年遅れるのかな。そう思ってたら、あまりいい気分になれなかったんだ。だから昨日の午後から、ずーっとブルー。でも、Flashの画像を見て、自分の出来ることを探さなきゃってなんとなく思った。考えてばかりいたってことは進まないもんね。何かして初めて、何かを得たりするんだもんね。何もしなければ、時は過ぎでも、あとは何1つ変わることないもんね。
今日はそんなことを考えたの。ってな訳で、試験前だっていうのに、1日中何もせず、ボーっと過ごしちゃった。

Flashの画像を漁ってるときにちょー泣ける画像もあったんだ。っていうか、こんな落ち込んでる気分のムースの目からは、マジに涙が溢れて来ちゃったの。だってとってもせつないんだもの。独り占めしたいのも山々なんだけど、そんなことをしてもバチが当たるだけだから見れるようにします。Flash、Flashってさっきっから書いてるけど、何が何だかわからない人はまずここ(ここって文字をクリックして)へ行ってダウンロードしてください。1分くらいでできるから大丈夫です。再起動も要りません。Flashがすでにインストールされてる人はダウンロードすることないからね。
で、今度は泣けるFlash。タイトルをクリックしてくれたら640x480の新しいウィンドウが開くようになっているはずです。あっ、そうだ。これってウィンドウズ用の画像のはずなので、マックの人は見れないかも?ここにマックがないから確認できないんだけど…。あと、音もあるので、スピーカーをONにしてください。ちなみに音なしで見てもつまんないと思います。1本目は「ぶきようだけど」っていうやつで、これは泣けるの。っていうかこれを見て、ムースは泣いたの。2本目は「できないだなんて思はないで」っていうのです。どちらもとってもきれいで、大人から子供まで楽しめると思うので、ぜひお試しください。ダウンロードにちょっと時間がかかるかもしれないけど、ダイアルアップじゃなければ待つことってほとんどないかも。あと、ウィンドウは開くんだけど、ちゃんと通信してくれないこともあったりするので、そういう時はまたあとでやり直してみてください。
これを見てくれた人が共感してくれることを願って…。


追記
「ぶきようだけど」を見た時、音楽は流れているのだけど画面は黒いのままっていう場合は、右クリックして再生し直して下さい。翌日、5月3日の日記にもそのことに触れているので参照してください。


2002年05月02日(木)



遠くの友達

ムースが大学へ行ってた頃、ビルマ(本当はミャンマーなんだけど、くせなのでビルマにします)からの留学生がいたの。大学3年生の時、彼と知り合ったんだ。まだ外国がどんなところか全然知らなかったころのお話。多分、ムースにとって初めてできた日本人以外の友達だと思う。ムースの友達の友達の友達だったのかな?ゼミが終わってお昼ご飯を食べに行くとき、彼と一緒に食べたのが初めて会った時だと思う。外国へ1度も行ったことがなかったけど、死ぬまでに1度は行ってみたいと思ってたころだったから、外国のことは興味津々。今思えば、とっても失礼な質問をたくさんしたかもしれないけど、彼は決して怒ることなく、いつも穏やかに答えてくれてた。今思うとおかしな話しだけど、外人がお箸を使ってご飯を食べることすら、どうしてそんなことができるの?って思ってたんだ。日本に住んでいれば、お箸の使い方くらい覚えるよね。そんなことすらわからなかったんだ。
ご飯を食べてる時、みんなで話すことといったら下らないことだったと思う。誰がどうした、彼がどうしたっていうような、そこら辺の大学生がするようなくだらないお話。たまに誰かが「何話してるかわかる?」って彼に聞いてたけど、ムースは1度たりとてそんなことを気にしたことはなかったんだ。だっていつもわかるっていってたから。だからムースは決してゆっくり話すこともなかったし、きれいな日本語を使うこともなかったんだ。普通の日本人がいつも使うような、普通の日本語。それでずーっと話してた。
彼とは3年生になってすぐに知り合って、前期は毎週のようにみんなでご飯を食べてたんだ。ムースはその頃はまだ真面目に学校へ行ってた頃だった。っていうか、将来のことを考え始めて、一生懸命勉強しようとしてた。図書館司書の授業も取ってたくらいだもん。真面目もいいところ。しかも朝から晩まで授業がぎっしり詰まってたんだ。学校ではよく彼と会ってたから、話す機会も自然と増えていったかな?
秋になってからは失恋のショックでムースは学校へ行かなくなっちゃったんだけど、でも気が向いた時、たまぁーに学校に顔を出しに行ってたんだ。本当にごくたまぁーに。彼とはいくつか同じ授業を取ってたから、たまに学校へ行っても会うことが多かったのかな。偏屈もののムースだから、午後の出席も取らない授業に顔を出してたんだけど、そんな授業に行ったって知ってる人なんかに会うことはほとんどないんだよね。だってみんなそんな授業はブッチしてバイトに遊びにへと消えて行っちゃうもんね。でも、彼とは会うことが多かったね。
時は過ぎ、気がつけば大学4年生になっていた。ムースも初めて海外旅行っていうものをしてたし、英語の必要性についても感じ始めていたんだ。前にも書いたことあるけど、このときからNHKのラジオ英会話と上級基礎英語(今は何?この翌年に遠山顕の英会話入門に変わったんだけど)を聞き始めたの。ラジオ英会話の内容はワーキングホリデーでカナダへ行くお話。バンクーバーとビクトリアへ行ってきたばかりのムースにはちょー身近な話題だった。
もう、ムースには友達らしい友達もいなかったかな。だってみんなは就職活動だってがんばってるのに、ムースはのほほ〜んとしてたもん。しかも海外旅行へ行く前に生まれて初めて染めた髪はそのまま染め続けてたし。就職なのに信じられないって目で見られるようになってたかな?まぁ、この頃からムースの新たな人生が始まったんだけど…。
そんなある日、ムースが学校へ行った時のこと。彼に会っていつものようないろんな話をしてたと思う。その時にカナダへワーキングホリデーで行きたいっていったんだ。ビザの申請書を見せながら。彼は英語の文面を読みながら、行った方がいいよって勧めてくれたと思うの。この頃になって初めて知ったんだけど、彼って3年生になる前の2年間、イギリスのロンドンにいたんだ。彼曰く、そこで日本語を勉強したらしいんだけど。だからムースと知り合った時は日本語がわかるようになってたらしい。最初の2年は全然日本語がわからなかったし、日本人の友達もできなかったっていってたから。もちろん、ロンドンに2年もいたから英語も話すことができた。だからムースは前以上に彼にいろんなことを聞くようになってたよね。特に外国のことを。高校3年生の時にカナダの大学へ行きたいっていったことを突然思い出したし、大学生の時に海外へ留学するんだったら資金援助をしてもらえるっていう約束を両親としたこともその時に思い出した。だけど時すでに遅し。両親はすでに最後の学費となる大学4年次の授業料を納めてたから、ムースにはもう資金援助の道は絶たれてたんだけど。でも、不思議と勉強したいって気になったかな。それも海外で。
でね、あるときに彼にいわれたことがあるの。「ムース、もし外国で働きたいと思うのなら、その国へ行って学校を出なきゃダメだよ」って。今でも忘れることのない言葉。嘘か誠かはわからない。でも、ムースは彼のいった通りだと思ってる。外国で働くかどうかなんて今のムースにはわからないけど、コンピュータのことを勉強してる限り、1度はアメリカで働いてみたいって思うのが本音かな。
大学を卒業する時には彼は結婚してて、奥さんを連れて奥さんの実家のあるロンドンへ行くっていってたんだ。ムースもヨーロッパってところへ行きたかったので、彼にそのことをいったら一緒に行こうということになったんだ。でね、彼に連れられてロンドンへ行って、いろんなところを案内してもらっちゃったんだ。1年間のNHKを聞いただけじゃまだまだ英語なんてわからなかったんだ。だから彼がムースの通訳となって、いろんなことをしてくれたの。だからとぉーっても楽しかったよ。
その後彼に会うことはなかなかなかったかな?ムースがスペインにいるとき、冬休みだからってロンドンへ行ったんだけど、彼の一家は日本に来ていて、奥さんのお母さんにしか会えなかったから。その半年後、ムースがイギリスに3ヶ月いるときも、ロンドンの奥さんの実家へお邪魔したんだけど、やっぱり彼は日本にいたのかな?スペインから帰ってきて1度新宿で会って飲んだけど、それが最後だったと思う。もうそれから何年も会ってないんだ。でもね、今日ふと彼はどうしてるのかなって思い出したから、ちょっとその思いを言葉にしてみたの。5月だっていうのに、今日は雪がチラチラと舞ったから、ちょっとセンチメンタルな気分になって昔のことを思い出したのかな?

ムースにはいろいろなところにお友達がいたけど、いつの間にか疎遠になっちゃって、今ではほとんど連絡もとってない。ムースってHNの由来はカナダのハリファックスっていうところへ行った時にハリファックス・ムースヘッズっていうジュニアのアイスホッケーチームの試合を見たからなんだけど、ハリファックスへ行ったのはムースの友達に会うためにいったんだ。彼女とも今では疎遠になっちゃったかな。電話しようと思いつつ、今だに電話すらしてないんだけど。
遠くにいるとついつい疎遠になっちゃう友達だけど、ふと思い出すことがあるの。あの人どうしてるんだろう。この人どうしてるんだろうって。ついこの間も、ムースが中国へ行った時に知り合った人のHPを見たからメールしたんだけど、何にも覚えてなかったみたい。ちょっと残念だったけど。
ムースの友達が昔こんなことをいったことがあるんだ。「お前は覚えてなくていいことを覚えてる。そんなことを覚えてるより勉強したことを覚えろ」って。受験生の頃の話だから何となくわかるけど…。でも、くだらないって思うことかもしれないけど、あの人とこういうことしたとかあの人とはこんなことを話したとかってあまり忘れたくないから。だっていろんな人に会って、いろんな話をして、いろんなことを知ったから、今があると思うから。だから距離が近かろうと遠かろうと、昔、一緒に遊んだり、旅行したり、いろんな話をした人たちとはできる限り連絡は取り合っていきたいと思うんだ。
いつまでも友達でいたいんだ。折角知り合ったのに、今では知らない人っていうのではあまりにも悲しいから…。


2002年05月01日(水)




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