冒険記録日誌
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2012年03月24日(土) グゲ王国の秘宝(桐生慧海/フェニックスランド)

 世の中には発売される計画がありながら、何らかの事情で本を出版できなかった著作物というのは多くあります。
 ゲームブックもこの例にもれず、創元推理文庫の「機竜魔の紋章」のように発売延期を繰り返しているうちに発売が立ち消えになったものもあれば、後書きで続編を予告しているゲームブックが最終巻というシリーズも沢山あります。近年では、他に奥谷道草(フーゴハル)氏がパズル誌で連載しているはみ出しゲームの単行本化の予定がなくなったという悲しいことがありました。

 この「グゲ王国の秘宝」もそんな出版されなかった幻の一冊です。
 偶然読んでいたミステリーの本に、この幻のゲームブックのことが少し語られていて存在を知りました。
 他の未出版のゲームブックとちょっと違うのは、この企画がゲームブックブーム当時の話しではなく、2001年という21世紀に入ってからの話しであること。ゲームブックとタイタップしたゲームソフトを同時発売、そしてビデオアニメ化を次の段階に計画していたという、クイーンズブレイドのようなメディアミックスで積極的な売り込みを狙っていたことでしょうか。
 作品そのものはすでに完成していたそうです。どんな作品だったかの詳細はわかりませんが、とにかく五千枚もの原稿にわたる大作だったことが強調されています。五千枚の原稿用紙というと、大雑把にソーサリー全4巻分くらいでしょうか。
 筆者の桐生氏は元々会社員の傍ら、副業でゲームシナリオライターの仕事をしていたそうですが、この作品を書くため、会社を退職した程の入れ込みようだったそうで、今となっては気の毒な話しですね。

 肝心な作品の内容ですが、ファンタジーの冒険ものだったようです。
 しかし、よくある剣と魔法が支配する西洋ものでなく、舞台は古代のアジアです。
 ハルマゲドンとか、ヒマラヤの奥地とか、仏教論理学とか、他のゲームブックには見られない単語がゴロゴロ出てきます。世界を破滅から救うため、大仏像の額にはめ込まれているという、悪を滅ぼす力をもったエメラルドを探す旅というストーリー。
 うーん、なんとなく「1999年のドラキュラ伯爵」(2009年10月09日の冒険記録日誌で紹介)を思い出す胡散臭さだなぁ。
 主人公は8歳で強制的に寺院に入れられたラマ(僧侶)で、20年の修行の末、密教にも通じ驚くべき知恵と法力を持っているということで、ゲーム的には魔法使いタイプなのかな。
 海外作品なみの重厚さを目指して書かれたそうですが、どんな内容だったんでしょうか。
 この「グゲ王国の秘宝」を紹介していた本の中には、芥川賞受賞者の萩尾敬のことに触れている部分もあり、そこで桐生氏が「自分の書いた五千枚など、この三枚半(萩尾敬の書いたエッセーのこと)と比べたら、子供の作文だ」というくだりがあるのですが、そこまで卑屈にならんでもいいのに。確かに江戸川乱歩賞を受賞した鳥井加南子さんのゲームブックを読むと、実力がある作家はゲームブックも良作を作れるんだなと感じますがね。
 ちなみにタイトルにあるグゲ王国は、十世紀ごろに実在した古代チベット王国の末裔が、西チベットで興した実在の国だそうです。
 情報の限りでは宗教臭いイメージがある作品で、無事出版されたとしても売れたのかどうか疑問ですが、資料とかよく調べて作られた世界観で、力作だったのは間違いなかったようです。遊んでみたいですねぇ。



























※ 上に書いたのはフィクションです。
 「グゲ王国の秘宝」は、「仮想儀礼」(篠田節子/新潮文庫)というミステリー小説の中に登場する劇中作として登場します。(上に書いた「芥川賞受賞者の萩尾敬」というのも登場人物の一人で実在しません)
 「仮想儀礼」は職を失った主人公が食べるために新宗教を起こして教祖様になってしまうという話しです。
 で、この主人公がそんな状況になってしまった原因が、ゲームブック。
 編集者に煽てられて仕事を辞めてゲームブック「グゲ王国の秘宝」を書いたものの、実はそんな出版計画はなく、騙されたと知る。でも、ゲームブックなんて特殊なものを他の出版社が買い取ってくれる見込みもなく(泣けるね……)、絶望していた時に911のテロ映像がテレビに流れ始め、半分冗談で思いついたのが新宗教を作ること。ただし、元々信仰心はない彼は、自分が作り上げた教団「聖泉真法会」の教義に「グゲ王国の秘宝」の設定をそのまま使っちゃうという展開なんです。

 こんな風にゲームブックを小道具に使う小説は貴重ですよね。他に自分が知っているのは、ドラえもんにゲームブックをネタにした漫画があったくらいかな。
 まあ、作中でゲームブックの詳細が語られるわけでもなく、「仮想儀礼」を読んでもゲームブックがなんなのか知らない人には、「ゲームブック=ゲームっぽいファンタジー小説」と同義語くらいにしか思われてないでしょう。
 実際私も購入時は「ライトノベルの一種という意味で、ゲームブックという単語が使われてるのだろうな〜」くらいの認識だったのですが、読んでみると「(略)メインストーリーは、ゲームブックとしていくつにも枝分かれしていく。」(上巻P13)と書かれていたので、「グゲ王国の秘宝」が本当のゲームブックであることには間違いないようです。

 この小説の主人公はこんな設定にもかかわらず基本的に善人です。「信者が30人いれば食っていける。500人でベンツに乗れる」を心の合言葉にしながらも、神はインチキでも精神の安定と引き換えに対価をもらう真っ当な商売をしよう、という考えで教団を設立します。
 出家させたり奇跡の品を売って信者から財産をむしり取る方法は避け、「オカルトに逃げるな」と礼拝にやってきた若者に説教したほか、熱心な信者を見て良心が咎めることもしばしばで好感がもてます。
 それなのに教団が発展するにつれ、新宗教を食い物にする後ろ暗い利権団体が接近してきたり、教祖の手を離れて勝手をする信者も登場し始め、マインドコントロールなどとマスコミにバッシングされ、終盤には死人も出て、最終的には絵にかいたような新宗教のバットエンドルート一直線でした。
 ゲームブック的にいうと、もしかするとギリシャ神話アドベンチャーみたいに悲劇の結末こそが最終パラグラフで、これこそが“真の道”の展開だったのかもしれませんが。
 個人的にもっとも泣けたシーンが、教祖の手を離れて狂信者となった女たちに、「みんな嘘だったんだ、正体はただのゲームブックだったんだ!」などと叫んだ主人公に対し、みんなこの告白を信じず、ゴミを見るかのようにゲームブックの原稿を見つめていたシーンです。ううっ、今思い出してもゲームブックがかわいそう……。
 とはいえ、主人公に救いの残された終わり方であり読後感はそんなに悪くありません。自分は信仰心とは無縁の人ですが、これを読むとカルト教団に頼る人達の立場とか、少しわかる気もするな。 
 重くなり過ぎないようコミカルさも出しながら(終盤はホラーに近いですが)もしかしてノンフィクション?と思ってしまう面白い作品。オススメ。


山口プリン |HomePage

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